ごきげんようチャンネル

"The United States as a country has interests, and those interests are not the interests we hear about on the campaign trail." Jeanne Zaino, Iona College
           
ローマ字とアルファベット 似て非なるものからの出発

多くの日本人が、日本語をローマ字でも書ける。これは、明治時代にひらかなとアルファベットを対応させる工夫が行われ、それを学校で教えたからである。結果として、ローマ字とアルファベットは、同じ文字を使っている。

 

そのため、次のような誤解が生まれやすくなった。

 

 

 

<英語のアルファベットを、ローマ字風つまり日本語風に読めば、英語になる>

 

 

 

さすがに最近は、本気でこう思っている人は少ないだろう。しかし、アルファベットを見ながら、ついローマ字読みしてしまう癖から抜け出せない人は、とても多い。

 

たとえば、elite は、日本語で「エリート」に当たる語だが、これを「エリート」と発音したら、ローマ字読みになってしまう。在米20年の日本人が、 normal の自分の発音が通じないことを嘆いていたが、これもおそらく、「ノーマル」とローマ字読みするからだろう。

 

こうして、われわれに欠けているのは何かが見えてくる。それは、<アルファベットをローマ字風に読む>のをやめて、<アルファベットを英語読みする>技法である。

 

 

英語学習法としては、フォニックスがこれに近い。ただ、フォニックスは英語で育った子どもがアルファベットのつづりに馴染むためにできた方法なので、そもそも英語の発音ができない人にとっては完全な方法ではない。

 

 

 

けっきょく、二つのことが必要であることになる。

 

 

 

英語を発音する身体要領の習得

 

アルファベットを英語読みするルールの習得

 

 

 

´△領省に役立つのが、発音記号である。カナを使った独自の発音記号を工夫することも考えられるが、内外の辞書で発音記号が採用されていることを考えると、やはり発音記号を活用するのが賢明である。

 

 

 

ローマ字とアルファベットが同じ文字であることからくる誤解は、英語の習得の障害になりやすい。しかし、アルファベットは、英語習得の強い味方でもある。上記の´△あれば、英語は自分でどんどん上達できるからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 09:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「毛沢東」は中国語か? 発音が決定的である理由

外国語をやりたければ、発音は重要だ。「そうだよね」という人は多い。

 

だが、じっさいに外国語の発音を身につけるのは難しいし、発音が重要である理由をきちんと説明するのも、案外むずかしい。

 

そのせいか、

 


「発音はだいたいでいい」

「発音は最後でいい」

 


という発想もけっこう広まっている。

 

こういう発想が根強く残るひとつの原因は、文字があるからである。

 


たとえば、中国語と日本語なら、漢字という共通の文字がある。短くてわかりやすい例として、人名で考えてみると、

 

 


「毛沢東を、『もうたくとう』と発音しても、それで中国語になる」

 

 


と言ったら、そのおかしさに、誰もが気づくだろう。

字は同じでも、中国語をやるというなら中国語の発音で読まなければ中国語にはならない。中国語の発音ができてはじめて、話し手も聞き手も中国語が体験できるのだ。



英語の場合もこれと同じである。

 

 

 

「McDonald を『マクドナルド』と発音しても、それで英語になる」

 

 

 

もしそう思っている人がいるとしたら、それは McDonald という文字をローマ字風に読めば英語になるという思い込みがあるからかもしれない。じっさい、日本人のあいだでは「マクドナルド」で通じる。これは立派な日本語である。

 

 

最近、kaki(柿)とか adzuki(小豆)が、フランス語や英語として認められるようになっているという。これも、アルファベットという文字が媒介になって、彼らの言葉として発音しているから、フランス語とか英語として理解できるのだ。

 

 

 

 

英語のつづりを見て、それを日本語風に読んだり自己流に読んでいたのでは、英語にはならない。英語の発音ができてはじめて、話し手も聞き手も英語が体験できるのだ。

日本語風や自己流で通じたとしたら、それは聞き取った相手が優れているからであって、自分の実力ではない。









 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 08:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
発音が、外国語の見えないバリアになっている

先日、人に聞いた話。

 

 

 

パリに行ったら、露店に柿があった。見ると、「kaki」と書いてある。

「カキは日本語ですよね」

 

そう売り子に言ったら、けげんな顔をして、

「kakiはフランス語だよ」

と答えた。
 

 



もう一つ、似た話を読んだ。

 

 

 

和菓子の老舗「虎屋」がパリとニューヨークに支店を出したときのこと。

 

和菓子は小豆(あずき)の餡(あん)を材料に使う。ところが、欧米では豆類に高級なイメージがなく、これをお菓子に使うことに抵抗があった。

そこで、店ではこれを固有名詞風に adzuki と呼び、とにかく客に食べてもらった。bean(豆)の一種であることは、そのあと口頭で説明した。

すると和菓子は次第に受け入れられていったという。(川島蓉子『虎屋ブランド物語』東洋経済新報社、41頁)
 


柿がkakiと呼ばれて受け入れられたのと同様、小豆はそのままadzukiと呼ぶことで違和感がなくなった。

 

 

 

 

 

柳父章『翻訳語成立事情』は、近代日本で英語のrightやsocietyのような基本語が「権利」「社会」という耳慣れない漢字語に翻訳され、この新語が流布した心理を分析している。

それによると、「権利」「社会」は、当時の人には意味(中身)がよくわからなかった。そして、わからないがゆえに深遠な感じがして、人々に受け入れられたのだという。

これを柳父氏は「カセット効果」と呼んでいる。ここでカセットcassetteとは、テープではなくて「小さな宝石箱」の意である。

外見が見慣れず中身も見えないが、だからこそいいものが入っていると思える。この「わからなさ」のゆえに、近代の新語を日本人はすすんで受け入れたのだ、と。(柳父章『翻訳語成立事情』岩波新書、1982年、36、83、86、116、189頁)

聞き慣れない単語のほうが、かえって受け入れられる。kakiや adzuki にも、そういう心理が働いたのだろう。

 

 

 

 

この話で、隠れた役割を果たしているのが、発音の問題である。

 

例えば、bananaを日本語風に発音した「バナナ」は、もはや英語ではない。その証拠に、日本語風に「バナナ」というとき、英語のように a や the をつけようとする人は、滅多にいないだろう。パリのkaki、ニューヨークのadzukiは、もはやフランス語であり、英語である。それは、フランス語、英語として聞こえる発音で言っているからである。

 

 

発音が変わることで、言語が変わる。言語の違いとは、発音の違いが第一である。

 

 

「発音には、そうこだわらなくていい」
「発音は最後でいい」

 


という人は、おどろくほど多い。

たしかに発音が完璧でなければ話してはいけないというものではない。しかし、だからといって「最後でいい」「こだわらなくていい」ということになるだろうか。スポーツでも芸事でも学問でも、基本的なことについて、「最後でいい」「こだわらなくていい」という人がいるだろうか。

英語もどきの日本語の音を、英語と思いこんできたとすれば、迂闊な話である。発音が日本語であれば、それはもはや日本語の一部になっているのだ。

 

 

発音軽視は、日本の英語教育の徒労と失敗の、最初にして最大の原因かもしれないと、私は思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「なるほど」は "That explains it. " 使える一口英語集 その2

前回のつづき。

 

リラックスした感じの口語英語が多いので、場面と相手に注意して使ってください。

 

 

 

 

さっさとやれ   Move it.

 

なるほど    That explains it (a lot) .

 

熱すぎないようにして    Make it nice and hot.

 

おしまいだな    You've had it.

 

あとで苦労するぞ    You'll sweat for it.

 

苦労   sweat, blood, and tears

 

シラを切れ    Bluff it out.

 

天秤にかけている   You're playing both sides.

 

スキがある    You asked for it.

 

確信している    I know that...

 

今のは言わなかったことに    I'll take it back.

 

聞かなかったことにします   I didn't hear that.

 

安物買いの銭失い    You get what you pay for.

 

やめられない    I just can't hold it.

 

お呼びでない   I don't belong here.

 

痛いな    It hurts.

 

なんとかしろ   Manage it.

 

それは誤解だ    You got that wrong.

 

うまくやれ     Do it right.

 

バレてる     They know it.

 

その辺でやめておけ    Leave it at that.

 

無理するな   Don't fight it.    Easy does it.

 

天寿全う   He lived well.

 

気になる    It bothers me.

 

ただそれだけ    Just that.

 

ど忘れした   It slipped my mind.

 

キリがない   You name it.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「やっぱり」は "I knew it." 使える一口英語集 その1

英語の一口表現をたくさん覚えると、実際の場面でずいぶん役立つし、英語の本当の感覚もわかってくる。

 

日本語からは想像しにくい、英語らしい表現を特集してみる。

 

出典は、松本道弘『"it"がわかれば英語がわかる』(光文社、2007年)。

 

 

 

...

 

 

 

ついに悟った   I saw the light.

 

どうってことない     Nothing to it.

 

そろそろだ     It's about time.

 

色気がある    She's got it.

 

もうしません   (It) won't happen again.

 

やっぱり    I knew it.

 

自業自得だ    You had it coming.

 

本音です    I meant it.

 

もういやだ    I can't take it.

 

受けて立とう    Bring it on.

 

今やってるところです    I'm on it.

 

逃げるな   Fight it out.

 

仲間だろ   We're in on it.

 

両立させる   have it both ways

 

割にあわない   It's not worth it.

 

あとで困るよ    You'll pay for it.

 

水に流す    put it behind        Let's bury it.

 

戦い抜く   battle it out

 

ムカつくなあ   I hate it when you say that.

 

言い過ぎ    That's too much.

 

最後まで聞け    (Just) hear me out.

 

思い切ってやれ    Risk it.

 

悪く思わないで    Don't take it personal.       Nothing personal.

 

一身上の都合により    for personal reasons

 

またの機会に    Some other time, perhaps.

 

うまい!     Well said.

 

おっしゃる通り   You can say that again.

 

わけがわからない    I just can't get it.

 

あなたらしくない    You're not yourself.      It's not like you.

 

仕方がない    No choice.

 

禁煙   Thank you for not smoking.

 

ホットでお願いします    I like it hot.

 

わかるだろ   You know it.

 

やってみろ   Go for it.       Take it.

 

お似合い    They deserve each other.

 

私なんて    I don't deserve it.

 

成り行きまかせ    let it go 

 

くどいぞ     Don't rub it in.

 

どうなった?    How did it go?

 

それがどうした?   What's it worth?

 

あいつはアカン    He's not worth it.

 

あいつなら大丈夫    He's worh the risk.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
柔道の嘉納治五郎は英語の専門家だった! 武道と外国語の深い関係 

嘉納治五郎(かのう・じごろう。1860 -1938)といえば、講道館柔道の創始者だが、じつは彼は英語教師でもあった。

樋口聡『身体教育の思想』(勁草書房、2005年、201-202頁)によると、嘉納は日本武道と西洋的教養(英語)つまり文武両道の人だった。

神戸の裕福な家に生まれ、私塾や官立外国語学校で英語を学んだあと、東京大学を卒業。日本美術の復興で有名なフェノロサの講義も受講。

1882(明治15)年、講道館創設と同じ年に、文館という英語学校を創設している。嘉納が柔術をはじめたのは18歳だったが、英語を学びはじめたのは12歳だった。

32歳で文部省官僚になり、教科書検定課長をつとめるかたわら熊本高等中学校、第一高等中学校、東京高等師範学校の校長も歴任。

文部省を退官したあと、67歳で英語協会発起人の会長に就任。

John Stuart MillのPrinciples of Political Economyのような原書を講義したというから、読解力は相当なものだったらしい。

なぜこんな話をするか? 

 

身体運動と外国語という、無関係に思われがちな二つのことが、嘉納治五郎の身体で合体していたはずだからだ。

身体と言語の関係を思わせる有名人は、けっこういる。

多数の英文著作で禅を世界に広めた鈴木大拙は、言葉以前に、手の平を動かしながら考えていたという。

かつてNHKの「プロフェッショナル」に出演したカーデザイナー・奥山清行氏も外国語を流暢に話すが、これは奥山氏が大量のデッサンを重ねたことと関係があると思う。

 

また、外国からきたお相撲さんは、日本語がうまい人が多い。


そして今回紹介した、嘉納治五郎。

外国語がうまくなりたかったら、身体を動かすことが役立つ!

 

... のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「it は答えである」 英語の達人・松本道弘氏の眼力

日本が生んだ英語の達人・松本道弘(1940 -  )。

 

日本語と英語をつなぐココロを探求しつづけ、100冊以上の著書と啓蒙活動、ジャーナリスト活動を通じて、英語に関心をもつ人々に大きな影響を与えてきた。

 

その松本氏が、70歳を越えて快著を完成させた。

 

 

 

『難訳・和英口語辞典』(さくら舎、2017年4月)

 

 

 

はじめから読んでいくと、氏の到達点がとてつもない深みと広さをもっていることが感じられる。

 

はじめのほうにある、深い指摘。

 

赤ちゃんが生まれたとき、男の子なら、”It’s a boy.”   なぜ he ではなく、it なのか。高校生のころ、文法書をみても理解できず、氏は頭をひねったものだという。

 

こうした疑問が晴れてきたのは、「60歳を越えてから」であった。

 

 

 

「見えないものは it、見たいものも it 。itは、求めるべき解答なのだ。」7頁

 

 

 

赤ちゃんが男の子か女の子か。答えは男の子だった。それが答えだから、it 。

 

 

...

 

 

氏にそう言われただけで、われわれが英語について抱く疑問がいくつも氷解していく。

 

たとえば、"It is clear that... " のような it は「形式主語」で、とくに意味はないといった説明が流布しているが、「とくに意味はない」ことを、人間は口にするだろうか。これは説明に困った末のごまかしなのだ。

 

じつは話し手にとって、求めた末の「答え」だから、it なのだ。その内容は、that 以下で聞き手に説明する手はずになっている。この形が慣用化したのだ。「答えは clear。なにが clearかというと...」というのが、この英文のココロである。

 

"What's this? "  という問いに対する答えに、”This is a pen.” はどことなくぎこちなく、"It's a pen." のほうが自然に聞こえるのはなぜか。"What's this? " という問いにたいして、自分が探しだした「答え」なのだから、"it" なのだ。 「私の答えは、 a pen だ」ということ。

 

マイケル・ジャクソンが最後に企画していた世界ツアーのタイトル。そのココロも、it にこめられていた。

 

”This is IT. ”  「これこそ、求めていた答えだ」

 

 

 

...

 

 

 

英語をここまで深く理解した日本人がいて、日本語で説明してくれている。普通の人にはとうてい到達できない深みだ。

 

われわれは、浅薄な学校英文法にしがみつくのはやめて、英語のココロの探求に生涯をかけた松本氏の成果を、積極的にひきついでいきたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
小中高の数学も、改革の可能性はない

十年余り前に、こんな本が出ていた。

 

 

上野健爾・岡部恒治編『こんな入試になぜできない - 大学入試「数学」の虚像と実像』(日本評論社、2005年4月)

 

 

最近見つけたので、のぞきこんだら驚いた。小中高の数学、そして大学入試の数学の状況は、英語科の状況に酷似しているようなのだ。

 

本書の「まえがき」に、こうある。

 

 

 

「我が国の制度上の重大な欠陥は、問題点を明らかにしてその改善をはかろうにも、改革のための制度が不備であり、その実現のためには大きな障害が横たわっていることである。

 

本書に指摘されているセンター試験の問題点ひとつをとっても、その改善のための制度は備えられていない

 

大学入試はマスコミを通して、様々なかたちで『評価』が行なわれているが、建設的な評価にならないのは、改善のための制度が確立していないからである。」(iii頁。太字は引用者による)

 

 

 

これは、問題のありかをズバリ突いている。そもそも、改革するための「制度」がない。だから、教員個人や個々の学校がいかに努力しても、なかなか全体の改革につながらない。

 

日本では、教育改革の道筋が、教育制度に埋め込まれていない。だから、あるものの存在が大きくなる。「学習指導要領」である。

 

本書には、

 

 

「制限が多く、数学の授業時間数の少ない学習指導要領が諸悪の根源。」287頁

 

 

という指摘がある(京都大学・上野健爾氏)。

 

 

...

 

 

最近、愛知県の教員養成系の大学で週に一回教えている人から聞いたことだが、そこの教員も学生も、ある傾向があるようだという。

 

 

<学習指導要領の内容を、生徒にいかに楽しく、要領よく教えるか。それが教員の仕事だ>

 

 

これが彼らの暗黙の、しかし堅固な了解になっているらしい、というのである。

 

ひとつの問題についても、いろいろな見方がある。社会科学系の学問をやってきたその人は、そういう視点からの講義を心がけているという。ところが、その大学の学生には、そういう講義は歓迎されない。

 

教員も学生も、

 

 

<目標は、上の誰かが決めてくれる。われわれの仕事は、その目標をいかに要領よく達成するかを工夫し、実践することだ>

 

 

という態度で固まっている。だから、「いろいろな見方」のような面倒なことはいいから、早く答えを言ってくれ、という雰囲気なのだという。

 

実際、そういう兵隊発想の人でないと、教員試験に合格しにくく、学校でも歓迎されないのかもしれない。もしそうなら、この教員養成系大学は、まさしく教員養成にふさわしい教育をやっていることになる。

 

教員志望者たちが、「お上の兵隊」という発想に染まっているとすれば、戦前の師範学校と変わらない。

 

 

...

 

 

 

本書の編者あとがきに、こうある。

 

 

「[文科省には] これまでの間違った教育行政に対する反省も、学習指導要領で被害を受けた世代に対する思いやりも、何ひとつ見られない。」(292頁。太字は引用者)

 

「教育は未来の大人を育てる大切な制度であるという観点がわすれさられ、教育を単なる個人の問題としてしか捉えることのできない、日本社会の貧困さ」(291頁。太字は引用者)

 

 

英語についても、VRとか、会話ロボットとか、アクティブラーニングだとか、とかく新手段、新手法が話題になる。だが、いま流布している英文法の内容とか言語観の欠陥を、根本的に改革しようという気運はあまり感じられない。

 

そしてなにより、数学にせよ英語にせよ、教育内容を改善するための制度が貧困であることが、教育に希望をなくさせる根因になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 07:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「リストアップ」は、立派な日本語です

三省堂編集所編・アラン・ウェインライト監修『これで通じる!和製英語の徹底チェック』(三省堂、2004年2月)

この本に並んだ、ニセモノ英語200個を見ていると、ニセモノ造りには、三つほどパターンがあるようだ。

 


”集讐畩蠏

そこまで言わないのが英語、というタイプ。

「キャッチボール」 →  Let's play catch.  20頁。
「リストアップ」 → I listed the candidates. 133頁。

とくに「リストアップ」は、「巧妙につくられた和製英語」(133頁)だと、著者を唸らせた名作。英語ではlist だけでいいのだが、日本語では、「リスト」といえば名詞という語感が強いためか、「アップ」をつけて、動詞っぽくしたのかもしれない。

「アップ」の逆の「ダウン」にもニセモノが多い。「ダウン」をつけると、なんとなく動詞っぽい感じがするからか。

「スピードダウン」 → They obviously slowed down. 135頁。
「イメージダウン」 → It damaged her image. 155頁。

 

 


表現不足型

,箸狼佞法◆屬修海泙巴擦すると、英語としては困る」というタイプ。

「ハーフコート」 → This half-length coat is brand-new.  45頁。
「ショートカット」 → Her short haircut is very cute. 44頁。
「スーパー」 → They went to a supermarket.  31頁。

 

 


F伴発展型

英語の表現から相当かけ離れているタイプ。

「オーバースロー」→  overhand pitch  (over-throw は”悪送球”) 21頁。
「カンニング」 →  He cheated in an exam. 156頁。
「ビーチパラソル」 → That beach umbrella looks fine. 69頁。
「オーダーメイド」 → This is made-to-order shirt.  13頁。

このほか、aやtheのような冠詞や‐sがないなど、文法的に英語ではないものも「独自の発展」型に入りそうだ。

used book (古本屋の看板。一冊しか本がない?)

 



 

 

 

 

このように、和製英語は<英語の表現を借用した日本語>である。

上記の三タイプは、英語としてみれば間違っている場合だが、たとえ文法的に英語に合致している場合でも、日本語(カタカナ)で表記し、日本語として発音したなら、それはやはり日本語だというべきである。いわば、英語まがいの日本語である。

 

これを「日本語風の英語だ」などと思っていると、「そのまま話せば英語として通用する」と勘違いしてしまう可能性がある。

 

もう一度言う。カタカナエーゴは、立派な日本語である。

 




 

 

 

 

 




 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「奇形のチョウ」を追いかけた人 受験英語の神様・伊藤和夫の言語観 おわり

 

 

われわれは人類の知恵を高めなければならない.

地球がこの小惑星のような不毛の塊にならないために.

 

 

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 

 

 

 

伊藤氏は、今後の英語教育について次のような「希望」をもっているという。

 

 

\度の面では、「教師個人をこえた合理的なカリキュラムを学校が持つことによって、生徒の信頼をつなぎとめ、学校としての個性を打ち出」すこと。228頁。

 

∧法の面では、「お仕着せでなく我々に適したという意味で『日本的』な英語教育の芽が生まれること」。229頁。

 

 

 

どちらも実に正当な見解であり、賛同できる。

 

,砲いて、伊藤氏は駿台予備校英語科を主導し、△砲いて、伊藤氏は「日本的」な<読みの英文法>を創造した。

 

しかし、すでに見たように、伊藤氏にも限界があった。

 

 

 

「われわれの英語教育はもう少し構造的・理論的な対象分析と、対象の構造に根ざし、具体的で効果の保証された方法を…持つべきである。」12頁。

 

 

 

 

この課題を、われわれは伊藤和夫から引き継いだのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 15:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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