ごきげんようチャンネル

"Life is too short to wake up with regrets." author unknown
           

「なるほど」は "That explains it. " 使える一口英語集 その2

前回のつづき。

 

リラックスした感じの口語英語が多いので、場面と相手に注意して使ってください。

 

 

 

 

さっさとやれ   Move it.

 

なるほど    That explains it (a lot) .

 

熱すぎないようにして    Make it nice and hot.

 

おしまいだな    You've had it.

 

あとで苦労するぞ    You'll sweat for it.

 

苦労   sweat, blood, and tears

 

シラを切れ    Bluff it out.

 

天秤にかけている   You're playing both sides.

 

スキがある    You asked for it.

 

確信している    I know that...

 

今のは言わなかったことに    I'll take it back.

 

聞かなかったことにします   I didn't hear that.

 

安物買いの銭失い    You get what you pay for.

 

やめられない    I just can't hold it.

 

お呼びでない   I don't belong here.

 

痛いな    It hurts.

 

なんとかしろ   Manage it.

 

それは誤解だ    You got that wrong.

 

うまくやれ     Do it right.

 

バレてる     They know it.

 

その辺でやめておけ    Leave it at that.

 

無理するな   Don't fight it.    Easy does it.

 

天寿全う   He lived well.

 

気になる    It bothers me.

 

ただそれだけ    Just that.

 

ど忘れした   It slipped my mind.

 

キリがない   You name it.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「やっぱり」は "I knew it." 使える一口英語集 その1

英語の一口表現をたくさん覚えると、実際の場面でずいぶん役立つし、英語の本当の感覚もわかってくる。

 

日本語からは想像しにくい、英語らしい表現を特集してみる。

 

出典は、松本道弘『"it"がわかれば英語がわかる』(光文社、2007年)。

 

 

 

...

 

 

 

ついに悟った   I saw the light.

 

どうってことない     Nothing to it.

 

そろそろだ     It's about time.

 

色気がある    She's got it.

 

もうしません   (It) won't happen again.

 

やっぱり    I knew it.

 

自業自得だ    You had it coming.

 

本音です    I meant it.

 

もういやだ    I can't take it.

 

受けて立とう    Bring it on.

 

今やってるところです    I'm on it.

 

逃げるな   Fight it out.

 

仲間だろ   We're in on it.

 

両立させる   have it both ways

 

割にあわない   It's not worth it.

 

あとで困るよ    You'll pay for it.

 

水に流す    put it behind        Let's bury it.

 

戦い抜く   battle it out

 

ムカつくなあ   I hate it when you say that.

 

言い過ぎ    That's too much.

 

最後まで聞け    (Just) hear me out.

 

思い切ってやれ    Risk it.

 

悪く思わないで    Don't take it personal.       Nothing personal.

 

一身上の都合により    for personal reasons

 

またの機会に    Some other time, perhaps.

 

うまい!     Well said.

 

おっしゃる通り   You can say that again.

 

わけがわからない    I just can't get it.

 

あなたらしくない    You're not yourself.      It's not like you.

 

仕方がない    No choice.

 

禁煙   Thank you for not smoking.

 

ホットでお願いします    I like it hot.

 

わかるだろ   You know it.

 

やってみろ   Go for it.       Take it.

 

お似合い    They deserve each other.

 

私なんて    I don't deserve it.

 

成り行きまかせ    let it go 

 

くどいぞ     Don't rub it in.

 

どうなった?    How did it go?

 

それがどうした?   What's it worth?

 

あいつはアカン    He's not worth it.

 

あいつなら大丈夫    He's worh the risk.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
柔道の嘉納治五郎は英語の専門家だった! 武道と外国語の深い関係 

嘉納治五郎(かのう・じごろう。1860 -1938)といえば、講道館柔道の創始者だが、じつは彼は英語教師でもあった。

樋口聡『身体教育の思想』(勁草書房、2005年、201-202頁)によると、嘉納は日本武道と西洋的教養(英語)つまり文武両道の人だった。

神戸の裕福な家に生まれ、私塾や官立外国語学校で英語を学んだあと、東京大学を卒業。日本美術の復興で有名なフェノロサの講義も受講。

1882(明治15)年、講道館創設と同じ年に、文館という英語学校を創設している。嘉納が柔術をはじめたのは18歳だったが、英語を学びはじめたのは12歳だった。

32歳で文部省官僚になり、教科書検定課長をつとめるかたわら熊本高等中学校、第一高等中学校、東京高等師範学校の校長も歴任。

文部省を退官したあと、67歳で英語協会発起人の会長に就任。

John Stuart MillのPrinciples of Political Economyのような原書を講義したというから、読解力は相当なものだったらしい。

なぜこんな話をするか? 

 

身体運動と外国語という、無関係に思われがちな二つのことが、嘉納治五郎の身体で合体していたはずだからだ。

身体と言語の関係を思わせる有名人は、けっこういる。

多数の英文著作で禅を世界に広めた鈴木大拙は、言葉以前に、手の平を動かしながら考えていたという。

かつてNHKの「プロフェッショナル」に出演したカーデザイナー・奥山清行氏も外国語を流暢に話すが、これは奥山氏が大量のデッサンを重ねたことと関係があると思う。

 

また、外国からきたお相撲さんは、日本語がうまい人が多い。


そして今回紹介した、嘉納治五郎。

外国語がうまくなりたかったら、身体を動かすことが役立つ!

 

... のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「it は答えである」 英語の達人・松本道弘氏の眼力

日本が生んだ英語の達人・松本道弘(1940 -  )。

 

日本語と英語をつなぐココロを探求しつづけ、100冊以上の著書と啓蒙活動、ジャーナリスト活動を通じて、英語に関心をもつ人々に大きな影響を与えてきた。

 

その松本氏が、70歳を越えて快著を完成させた。

 

 

 

『難訳・和英口語辞典』(さくら舎、2017年4月)

 

 

 

はじめから読んでいくと、氏の到達点がとてつもない深みと広さをもっていることが感じられる。

 

はじめのほうにある、深い指摘。

 

赤ちゃんが生まれたとき、男の子なら、”It’s a boy.”   なぜ he ではなく、it なのか。高校生のころ、文法書をみても理解できず、氏は頭をひねったものだという。

 

こうした疑問が晴れてきたのは、「60歳を越えてから」であった。

 

 

 

「見えないものは it、見たいものも it 。itは、求めるべき解答なのだ。」7頁

 

 

 

赤ちゃんが男の子か女の子か。答えは男の子だった。それが答えだから、it 。

 

 

...

 

 

氏にそう言われただけで、われわれが英語について抱く疑問がいくつも氷解していく。

 

たとえば、"It is clear that... " のような it は「形式主語」で、とくに意味はないといった説明が流布しているが、「とくに意味はない」ことを、人間は口にするだろうか。これは説明に困った末のごまかしなのだ。

 

じつは話し手にとって、求めた末の「答え」だから、it なのだ。その内容は、that 以下で聞き手に説明する手はずになっている。この形が慣用化したのだ。「答えは clear。なにが clearかというと...」というのが、この英文のココロである。

 

"What's this? "  という問いに対する答えに、”This is a pen.” はどことなくぎこちなく、"It's a pen." のほうが自然に聞こえるのはなぜか。"What's this? " という問いにたいして、自分が探しだした「答え」なのだから、"it" なのだ。 「私の答えは、 a pen だ」ということ。

 

マイケル・ジャクソンが最後に企画していた世界ツアーのタイトル。そのココロも、it にこめられていた。

 

”This is IT. ”  「これこそ、求めていた答えだ」

 

 

 

...

 

 

 

英語をここまで深く理解した日本人がいて、日本語で説明してくれている。普通の人にはとうてい到達できない深みだ。

 

われわれは、浅薄な学校英文法にしがみつくのはやめて、英語のココロの探求に生涯をかけた松本氏の成果を、積極的にひきついでいきたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
小中高の数学も、改革の可能性はない

十年余り前に、こんな本が出ていた。

 

 

上野健爾・岡部恒治編『こんな入試になぜできない - 大学入試「数学」の虚像と実像』(日本評論社、2005年4月)

 

 

最近見つけたので、のぞきこんだら驚いた。小中高の数学、そして大学入試の数学の状況は、英語科の状況に酷似しているようなのだ。

 

本書の「まえがき」に、こうある。

 

 

 

「我が国の制度上の重大な欠陥は、問題点を明らかにしてその改善をはかろうにも、改革のための制度が不備であり、その実現のためには大きな障害が横たわっていることである。

 

本書に指摘されているセンター試験の問題点ひとつをとっても、その改善のための制度は備えられていない

 

大学入試はマスコミを通して、様々なかたちで『評価』が行なわれているが、建設的な評価にならないのは、改善のための制度が確立していないからである。」(iii頁。太字は引用者による)

 

 

 

これは、問題のありかをズバリ突いている。そもそも、改革するための「制度」がない。だから、教員個人や個々の学校がいかに努力しても、なかなか全体の改革につながらない。

 

日本では、教育改革の道筋が、教育制度に埋め込まれていない。だから、あるものの存在が大きくなる。「学習指導要領」である。

 

本書には、

 

 

「制限が多く、数学の授業時間数の少ない学習指導要領が諸悪の根源。」287頁

 

 

という指摘がある(京都大学・上野健爾氏)。

 

 

...

 

 

最近、愛知県の教員養成系の大学で週に一回教えている人から聞いたことだが、そこの教員も学生も、ある傾向があるようだという。

 

 

<学習指導要領の内容を、生徒にいかに楽しく、要領よく教えるか。それが教員の仕事だ>

 

 

これが彼らの暗黙の、しかし堅固な了解になっているらしい、というのである。

 

ひとつの問題についても、いろいろな見方がある。社会科学系の学問をやってきたその人は、そういう視点からの講義を心がけているという。ところが、その大学の学生には、そういう講義は歓迎されない。

 

教員も学生も、

 

 

<目標は、上の誰かが決めてくれる。われわれの仕事は、その目標をいかに要領よく達成するかを工夫し、実践することだ>

 

 

という態度で固まっている。だから、「いろいろな見方」のような面倒なことはいいから、早く答えを言ってくれ、という雰囲気なのだという。

 

実際、そういう兵隊発想の人でないと、教員試験に合格しにくく、学校でも歓迎されないのかもしれない。もしそうなら、この教員養成系大学は、まさしく教員養成にふさわしい教育をやっていることになる。

 

教員志望者たちが、「お上の兵隊」という発想に染まっているとすれば、戦前の師範学校と変わらない。

 

 

...

 

 

 

本書の編者あとがきに、こうある。

 

 

「[文科省には] これまでの間違った教育行政に対する反省も、学習指導要領で被害を受けた世代に対する思いやりも、何ひとつ見られない。」(292頁。太字は引用者)

 

「教育は未来の大人を育てる大切な制度であるという観点がわすれさられ、教育を単なる個人の問題としてしか捉えることのできない、日本社会の貧困さ」(291頁。太字は引用者)

 

 

英語についても、VRとか、会話ロボットとか、アクティブラーニングだとか、とかく新手段、新手法が話題になる。だが、いま流布している英文法の内容とか言語観の欠陥を、根本的に改革しようという気運はあまり感じられない。

 

そしてなにより、数学にせよ英語にせよ、教育内容を改善するための制度が貧困であることが、教育に希望をなくさせる根因になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 07:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「リストアップ」は、立派な日本語です

三省堂編集所編・アラン・ウェインライト監修『これで通じる!和製英語の徹底チェック』(三省堂、2004年2月)

この本に並んだ、ニセモノ英語200個を見ていると、ニセモノ造りには、三つほどパターンがあるようだ。

 


”集讐畩蠏

そこまで言わないのが英語、というタイプ。

「キャッチボール」 →  Let's play catch.  20頁。
「リストアップ」 → I listed the candidates. 133頁。

とくに「リストアップ」は、「巧妙につくられた和製英語」(133頁)だと、著者を唸らせた名作。英語ではlist だけでいいのだが、日本語では、「リスト」といえば名詞という語感が強いためか、「アップ」をつけて、動詞っぽくしたのかもしれない。

「アップ」の逆の「ダウン」にもニセモノが多い。「ダウン」をつけると、なんとなく動詞っぽい感じがするからか。

「スピードダウン」 → They obviously slowed down. 135頁。
「イメージダウン」 → It damaged her image. 155頁。

 

 


表現不足型

,箸狼佞法◆屬修海泙巴擦すると、英語としては困る」というタイプ。

「ハーフコート」 → This half-length coat is brand-new.  45頁。
「ショートカット」 → Her short haircut is very cute. 44頁。
「スーパー」 → They went to a supermarket.  31頁。

 

 


F伴発展型

英語の表現から相当かけ離れているタイプ。

「オーバースロー」→  overhand pitch  (over-throw は”悪送球”) 21頁。
「カンニング」 →  He cheated in an exam. 156頁。
「ビーチパラソル」 → That beach umbrella looks fine. 69頁。
「オーダーメイド」 → This is made-to-order shirt.  13頁。

このほか、aやtheのような冠詞や‐sがないなど、文法的に英語ではないものも「独自の発展」型に入りそうだ。

used book (古本屋の看板。一冊しか本がない?)

 



 

 

 

 

このように、和製英語は<英語の表現を借用した日本語>である。

上記の三タイプは、英語としてみれば間違っている場合だが、たとえ文法的に英語に合致している場合でも、日本語(カタカナ)で表記し、日本語として発音したなら、それはやはり日本語だというべきである。いわば、英語まがいの日本語である。

 

これを「日本語風の英語だ」などと思っていると、「そのまま話せば英語として通用する」と勘違いしてしまう可能性がある。

 

もう一度言う。カタカナエーゴは、立派な日本語である。

 




 

 

 

 

 




 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「奇形のチョウ」を追いかけた人 受験英語の神様・伊藤和夫の言語観 おわり

 

 

われわれは人類の知恵を高めなければならない.

地球がこの小惑星のような不毛の塊にならないために.

 

 

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 

 

 

 

伊藤氏は、今後の英語教育について次のような「希望」をもっているという。

 

 

\度の面では、「教師個人をこえた合理的なカリキュラムを学校が持つことによって、生徒の信頼をつなぎとめ、学校としての個性を打ち出」すこと。228頁。

 

∧法の面では、「お仕着せでなく我々に適したという意味で『日本的』な英語教育の芽が生まれること」。229頁。

 

 

 

どちらも実に正当な見解であり、賛同できる。

 

,砲いて、伊藤氏は駿台予備校英語科を主導し、△砲いて、伊藤氏は「日本的」な<読みの英文法>を創造した。

 

しかし、すでに見たように、伊藤氏にも限界があった。

 

 

 

「われわれの英語教育はもう少し構造的・理論的な対象分析と、対象の構造に根ざし、具体的で効果の保証された方法を…持つべきである。」12頁。

 

 

 

 

この課題を、われわれは伊藤和夫から引き継いだのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 15:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「奇形のチョウ」を追いかけた人 受験英語の神様・伊藤和夫の言語観 その10

 

 

 

歌、ダンス、演劇、スポーツは、日常次元よりも

高い次元を体験させる. 

 

同様に、外国語が母語よりも高い次元の体験

になれば、それには意味がある.

 

 

 

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 

 

 

 

 

伊藤氏は、英語学習の目的は「将来学生の必要に応じてどのような英語でもその上に築きうる基盤の構築にある」と書いている。12頁。

 

それなら、中高までの英語は短文の積み重ねで自分の考えを表現したり、比較的平易な英文なら辞書を引きながらかなり読めるというレベルで良いはずである。

 

 

 

私が思うに、けっきょく、いちばん悪いのは大学ではないか。

 

入試を「もっともらしい仮面」94頁とし、レベルが高すぎたり愚劣だったりする問題を出す大学は、猛省すべきである。

 

英語を入試科目からはずす大学がもっと出て来てもよいし、入試問題の英語はもっと平易化してもかまわないと私は思う。

 

そして大学は、学生の専門分野にとって必要な、より高度な英語をきちんと教える体制をみずから整えるべきである。

 

自分の学生を育てる体制をもつことなく、もっともらしい入試問題を出して中高の英語教育に無理を押しつける大学は、無反省で無責任と言われても仕方がない。

 

伊藤氏がかつて中高生向けに書いた参考書は、今の中高生には<うっとおしい>ばかりであろう。だが、伊藤氏ほどの精緻な(煩瑣な?)議論は、なかなかできるものではない。これからは、伊藤英文法は中高生ではなく、大学生や教師が必要に応じて参考にすればよいと思う。

 

これまで伊藤氏が接した多数の予備校生と読者のなかで、伊藤英文法はなにかの栄養分となっていることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「奇形のチョウ」を追いかけた人 受験英語の神様・伊藤和夫の言語観 その9

靴下には目に見える形式があるが、内容である足は、目に見えない.

 

 

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 

 

伊藤和夫は、活動の後期になって、

 

 

「線の全体を俯瞰するよりも線の流れに沿った文法」53頁

 

 

へと移行していった。

 

それは<直接英文の中に入る>という意味では進化であったが、反面でそれは、母語を離れる訓練を経ていない生徒を相手に、英文の「線の流れに沿」って、いきなり直読直解させようとする試みとなった。

 

そのため伊藤氏は、ますます<うっとうしい>説明へと傾斜していった。

 

 

 

 

では、われわれはどうしたらいいのか。

 

伊藤氏は、「読む」とは「英文を『内容』から考えると同時に『形』からも考えるという二重の作業」であると述べている。170頁。

 

この観察に含まれた含蓄は、言語においては形式じたいが内容(意味)をもつということである。

 

形式のもつ意味。これこそが文法のエッセンスであろう。

 

しかし、近代言語学が常に見落としてきたのは、形式が意味をもてる理由である。

 

たとえば、セーターの形が意味をもてるのは、人体が中に入るからである。同様に、言語の形式が意味をもてるのは、話者の認識という内容が入っているからである。

 

ところが、セーターだけ見ても人体は目に見えないのと同様、音声や文字を見ても話者の認識は目に見えない。

 

だから、言語を研究し習得するには、表現の背後にある認識を見るための<手段>を開発しなければならない。

 

言語にかぎらず、およそ科学では、現象の背後にある法則を認識する手段を開発し、改善していく必要がある。

 

たとえば数学において、線状的な代数的表現は、ひとつのすぐれた手段であった。そしてそれは、より視覚的な座標的表現(手段)を得て、代数的関係の認識は、より発展した。そして今度は、座標的表現を、代数的表現が精密な演算で支える。数学は、そういう表現どうしの相互浸透的な関係によって発展してきた。

 

伊藤氏は、「言葉について考えるためには『言葉の言葉』が必要なのです」190頁と書いている。

 

これには大賛成である。

 

「言葉の言葉」、つまり文という代数的な表現の内容=認識を明るみに出す手段が必要である。たとえば、英文法の全体や特定部分をグラフのように俯瞰する体験したあと、具体的な例で実感すれば、生徒の視界は少し明るくなるはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 15:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「奇形のチョウ」を追いかけた人 受験英語の神様・伊藤和夫の言語観 その8

伊藤和夫『新英文解釈体系』(1964年)から.

 

伊藤流「体系」の、平面的で形式的な特徴がうかがえる.

 

 

 

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 

 

 

ところで、伊藤氏のように英語改革に熱心になった人には、共通する<体験コース>がある。

 

彼らは英語が好きだし、興味がある。どうして自分が英語が読めるようになったのか、よくわからないにしても、とにかく読める。いわゆる”秀才”である。

 

伊藤氏の場合、18歳のころフランス文学やロシア文学の英訳を読みふけった。すると気がついたら英語が読めるようになっていた。

 

 

 

 

「何が私の中に起こったか、当事者の私にも具体的にはわからない」164頁。

 

 

 

 

そういう「一部少数の最優秀の学生」11頁が、何かのきっかけで英語を教えてみる。すると、英語嫌い、英語音痴の生徒がいかに多いかに驚く。

 

最初は<自分がわかったのだから、ちゃんと教えればみんなできるようになるだろう>などと思って、やってみる。やがて、事はそれほど簡単ではないことに気づく。

 

「なんとかしたい」ー 現状を変えようとする情熱と善意を抱いた中高の英語教師、大学の研究者や予備校の講師が、さまざまな手法を考え、実践することになる。

 

以上が、おそらく多くの日本人英語教師やネイティブ英語教師に共通する体験だろう。

 

伊藤英文法もそうした工夫のひとつであったが、努力の人・伊藤和夫は、英語教師としては珍しく沢山の著述をつづけたし、その内容は英文法を網羅し、直読直解を実現しようとする迫力があったうえに、「私はこのことしか教えられないという思い切り」もあったので、切り立った存在となった。175−176頁。そしてなにより、生徒の熱気が感じられる予備校という日々の実践の場が、伊藤氏にはあった。

 

 

しかも、伊藤和夫のような<半学者的>な存在は、<ウラの世界>である予備校の権威づけに都合がよかった。伊藤氏もそれを承知していて、<受験英語の神様>の称号を甘んじて受けていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 15:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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