ごきげんようチャンネル



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オウムになるな(おわり) 中津燎子『なんで英語やるの?』から

■ 著者は、呉で駐留米軍の電話交換手をしていたとき、日系二世のJ. 城田氏に特訓を受けた。

 

この話が、じつにいい。

J・城田氏は次のように言ったという。
 

 


「あなたは私の英語のまねをするから出来ないのです。おうむのものまねには限度があるのです。あなた自身の英語を発見して下さい。

 

まねた英語はほんものではないから、ほんものの価値はあたえられません。ものまね英語を喋るより自分の国の言葉を堂々と喋るべきです。」38頁(太字は引用者)
 

 

 


これに、中津氏はこう反応する。
 

 

 


「半ばけんか腰で数回つづけるうちに、ふしぎな事に何だかわかって来た。要するに彼の発音をそのまままねようとするため、私は自分本来の声や、舌の動き方に関しては案外無神経だった。…

 


ああ、私にも私の声があったんだわ

 


とはじめて気づいて、自分を研究し始めた時から私はどんどん進んでいった。」38−39頁(太字は引用者)
 

 

 

 


ここには深い真実がある。

声はたんなる「発音」ではない。「私にも私の声がある」という確信が発音に芯を与え、伝える概念内容に信頼性を与える。


 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:01 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
オウムになるな(その2) 中津燎子『なんで英語やるの?』から

■町の英語教師になった著者が遭遇する仰天の日本人英語。

 

これをなんとかしようと格闘するうち、著者は彼らの「英語」と自分の知っている「英語」を混ぜ合わせて、「新しい言語」をつくっているような気がしてくる。  30頁

ここから、一読者として私は思った。

そもそも混ぜ合わせる以前に、日本人が英語だと思っているものは、日本人がつくった「新しい言語」つまり ”エーゴ” ではないだろうか。

ある大学生が「俺たちは結局、大学までかかってある種の音なし符号文字を習ったんだなあ」と言ったという。137頁

 

これも似たことを言っている。

英語の文献資料を使ってきた私も、自分の「英語」は50歳前まで「ある種の音なし符号文字」つまり ”エーゴ” だったと思わざるをえない。それを私が自覚したのは、自分の発音や冠詞の不安定さだった。

日本で生産され日本で消費される ”エーゴ”。それはアルファベットという「符号文字」を使った日本語の補助表現である。

「オーバースロー」「リストアップ」のような日本語感覚を満足させる自作カタカナ語のほか、

 

 


New Open(新装開店)

 

 


のような”エーゴ”の掲示文の簡潔さと洗練は、補助表現として完璧である。
 

"エーゴ"は、英語ではない。しかし、われわれは、日本語の補助表現として "エーゴ" を発達させてきた。

著者・中津氏は日本語の補助表現としての「エーゴ」を否定しようとしたようだが、それはドンキホーテに近いことである。

”エーゴ”には独自の論理と存在理由がある。それは「間違った英語」のようにみえるかもしれないが、ほんらい英語ではなく、日本語の一部として確立したのであり、日本語としてみれば、間違っているわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
オウムになるな(その1) 中津燎子『なんで英語やるの?』から

中津燎子『なんで英語やるの?』(文春文庫、2000年、初版1974年)

大宅ノンフィクション賞をとったベストセラー。

米軍が日本を占領した時代に英語で仕事をし、アメリカ在住後日本の東北地方にもどってきた筆者は、「うちの子どもに英語を教えて」という近所の人の要望がきっかけで、悪戦苦闘しながら有名な英語教師になっていく。

おもしろかったところをいくつか。



■日本人が  there are を「ゼアラア」と読むことの不思議とか27頁、squirrel(リス)の発音がえらく難しいとか43頁、「英語は腹式呼吸で発声し、発音する」22頁とか、「のどもよく開く」ことが必要だとか33頁、私も自分の経験から苦笑いしながら共感した。

 


■日本の英語状況を語ろうとすると、どうしても「ぼんやりした話」52頁になるという観察がおもしろい。

 

 


「英語ってのは、すばらしいようで、憎たらしいようで、怨みがあるようで、憧れてもいるようで、何か虹色の夢を含んでいるようで、しかし何とも手のつけようがなくてくやしい!という、非常にややっこしい感覚である。」50頁。



「普通の人たちは自分では英語アレルギーを持っているとは思ってないでしょうね。英語は学校でがっちりしごかれちゃって、すぐに点数や成績に結びつくし、成績がよければ人間の出来もいいということになっているから、むしろ素直に、あらいいわね、と反応してしまうんじゃないかしら。」51頁。

 

 

 

英語に対する日本人のこういう「ややっこしい感覚」、今はどうなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
なぜ英文を書く・話すはむずかしい? その歴史的事情

漢文と英文は、ある意味でよく似ている。

 

格変化よりも語順に頼って概念を組み合わせる。

 

それもあって、明治の日本人は、江戸時代の漢文訓読法を英語に適用した。それは即効性のある外国語理解法だった。

 

それをつづけた結果、日本人にとって漢文と英文のちがいは、「読む」ことよりも、「書く」「話す」のほうに現れた。昔の文人は漢文が流暢に書けたが、今の我々は、そうとうに英文を読み慣れた人でも、英文を自由に書くことはむずかしい。

 

おそらくこれは、冠詞が関係している。実体概念がもつ抽象的な存在状態を表す a や -s や the は、概念を現実的にとらえる日本語の構造に組み入れにくい。もとより、冠詞は漢文にもなかった。

 

そのため、英文を漢文訓読的に処理しようとしても、日本語らしく訳すときは、冠詞を適当に無視する以外に方法がなかった。もちろん、冠詞を駆使せずに英文を書いたり話すことは、不可能である。

 

こうして、読めば読むほど書けるようになる漢文とちがって、われわれは、英語をいくら読んでも満足に書いたり話したりできるようにはならなかった。

 

漢文と英文がもつ類似と相違。

 

この歴史的事情は、いまも生きている。逐語的に訓読しながら、冠詞などは適当に無視して「訳す」という方法がいまも授業でおこなわれ、そこに潜む欠陥が、無意識のうちに日々再生産されている。

 

このアリ地獄から脱出する方法。

 

それは、冠詞のような、日本語とは大きく異なる概念を確実に理解できる方法を開発することである。

 

それにはまず、冠詞のような深い概念をきちんと解明する学問的成果が必要だが、<社会的概念による個人的認識の表現>という観点を欠いているいまの言語学に、それは期待できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
英文和訳ではイチローになれない

丸山真男・加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書、1998年)

 

 

物故した二人の知識人の対談録。全体の主旨は、次のようなことである。

 

 

 

 

「徳川時代の文化の大きな部分は、翻訳文化であった。

 

いわゆる『読み下し漢文』は、徂徠も指摘したように中国語文献の翻訳であり、その語彙や表現法を採り入れて消化した日本語を媒介とする文化— すなわち徳川時代の儒者の文化の全体が、その意味での翻訳文化である。

 

その経験が明治の西洋語文献からの大がかりな翻訳を助けたのであり、近代日本を作りだした、ということができる。」(加藤周一「あとがき」186頁)

 

 

 

 

私がいう、「日本に英語はない」という状況を産んだ歴史的起源は、少なくとも江戸時代までさかのぼることになる。

 

 

ここでは、本書のなかで次の部分だけをメモしておきたい。

 

 

 

 

「徂徠の時代は、江戸時代を通して最高の知識人たちが異文化の存在を意識した時代で、…翻訳問題に関していちばん鋭い表現が徂徠ということかな。…

 

異文化の異質性を自覚し、それを完璧に認識しようという欲求が出てきたときに、比較的にオリジナルな思想が出るのね。

 

ちょっと逆説的だけれど、そういう傾向がある。福沢しかり、徂徠しかりです。

 

『朋あり、遠方より来る…』のまま読みつづけていたんじゃ、同文同種論みたいなもので、同じ文明という意識になってしまう。徂徠はそこを越えた。だから徂徠がなければ宣長は出てこなかった。」(丸山真男、34-35頁)

 

 

 

 

ここでいう「逆説」のロジックは、興味深い。

 

たとえば、日本人が野球というものの異文化性を自覚しながら、日本人の身体で徹底的に追求したとき、アメリカにはいないタイプの、ユニークな選手として自立できる。

 

 

 

<模倣を通して独自性へ>という対立物への転化は、対象に対する明確な異質性の自覚から産まれる。

 

たとえば明治以降の英語教育は、英語というものを徹底的に異文化として客観視し、これをとことん研究する態度を失ったとき、堕落を余儀なくされた。

 

今でもときに奨励される「直訳」法は、上記の「朋あり、遠方より来る…」という「読み下し漢文」方式に似て、まるで英語が日本語が「同文同種」であるかのような、安易な認識を人々にうながす。直訳法は、<英語>と称して、じつは珍妙な日本語に堕しているのだが、学校で行われると、まるで正統なことのように感じられ、人々はその堕落に気づかない。

 

 

最近の「コミュニケーション重視の英語」なるものも、堕落につながる側面を持っている。それは、「言語は道具に過ぎない」「とにかく話してみよう」といった安易な態度を奨励し、けっきょく人間としての品位を落とす結果さえ産んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
近代の日本語研究は欧米人が先導した

日本語研究の歴史を見ると、その方法は外国人が先導した面がある。(以下、朴孝庚「明治前期の文末表現について 西洋人の著作を中心に」『立教大学大学院日本文学論叢』第9号、2009年8月、から)


第一の波は、1600年ごろ、キリシタン宣教師による日本語研究である。『日葡辞書』1603年、『日本大文典』1604年、『日本小文典』1620年。209頁


第二の波は、19世紀の半ばから後半、フランス、オランダ、イギリス、アメリカの人々による日本語研究である。欧州で日本語の文法論が出版されるほか、来日した欧米人によって日本語文典(会話例集)や文法論が出版された。210頁


主なものを挙げると、



1857年 クルチウス『日本文法試論』(ライデン刊)
1863年 オールコック Familiar dialogues in Japanese
     ブラウン Colloquial Japanese
1867年 ヘボン『和英語林集成』(上海刊)
1873年 サトウ Kuaiwa hen 
1888年 チェンバレン A Handbook of Colloquial Japanese




西洋人によるこうした著作を追うようにして、日本人による本格的な日本語研究が出版される。



1881年 井上哲次郎『哲学字彙』
1882年 大槻文彦『言海』初稿(初版1889年)
1886年 末松謙澄『日本文章論』
1897年 大槻文彦『広日本文典』
1901年 松下大三郎『日本俗語文典』
 

 

むろん、江戸時代にも日本人による日本語研究はあったが、こうした経緯を見ると、「西洋人の日本語研究は、近代的な日本語研究が本格的に始まる過程で大きな影響を与えた」と言える。210頁

日本人は、自国語の研究を外国人、それも中国人やロシア人ではなく、英米人に先導してもらったのである。

これは面白い現象だ。外国人による研究を権威・見本として受け入れる心理がある場合、それが自国語研究を先導することもありうる。たとえば英語の研究を、英語を母語としない者が先導することもありうる(じっさい、デンマーク人の英語学者、イエスペルセン1860-1943 の例もある)。


近代日本語研究のこのような経緯は、弊害ももたらしたであろう。外国人による日本語の会話用例集や語彙集を参考にして、日本人による日本語研究が近代化したことは、日本の言語研究が西洋言語学の欠陥(たとえば、表現体を媒介とした概念と認識の癒着に無自覚であること)までも輸入する素地をつくったはずである。



後ろからは漢文訓読の伝統、横からは西洋流の言語研究の作法。

 

このふたつがもたらした影響は、その後も長く日本の言語研究と言語教育を規定したと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ブラックホールとしての英文和訳 「ヘボンの呪縛」について

気になっていた一枚の漫画がある。

 



「ヘボンさん!みつけましたよ!みつけました!」

「何をです?」

「『でしょう』『ましょう』の”ショウ”というのが動詞の未来形なんだ!!」

熱心に日本語を研究していたブラウン博士がそう叫ぶと、

「茶ノ間、江ノ島の”ノ”は所有のof だろうね。」

とヘボン博士が応じる。

 

 


そういう漫画だ。(杉田愛子『ヘボン博士の愛した日本』いのちのことば社、1999年、67頁)

 


本当にこんな風に二人が日本語を理解していったのかどうか、私は知らない。しかし、”ショウ”が動詞の未来形で、”ノ”がof だという推測は、いかにもありそうなことだ。

じっさい、ヘボン博士たちが未知の言語・日本語を理解しようとすれば、こんな風に「これは自分の言語のどれにあたるか?」と考えるしか方法はなかっただろう。しかし、ほんとうにショウは未来形でノはof だろうか?

 

この漫画のヘボン博士たちは、日本語のなかに、自分が理解できる概念つまり英語の要素を探し求め、それで日本語を理解したつもりになっている。

実は、明治以降の日本人も、英語について同じことをしたのだ。

英語の単語に決まった日本語をあてはめ、辞書や単語帳で普及させる。英語学習者はそれを覚え、あとは「主語」とか「目的語」とか、意味のつながりを暗示する文法用語を頼りに、「は」「を」などの助詞をつけて意味のつながりを推測し、全体を日本語に変換する。

これが「訳読法」とか「英文和訳」といわれる英語学習法である。

この方法をよく観察すると、出発点こそ英語だが、あとはもっぱら日本語の操作に終始していることに気づく。「英文和訳」とは、できるだけ英語に向き合わずに、英語の意味を日本語で理解する方法なのだ

ブラウン博士とヘボン博士の漫画は、そういう日本の英語学習史を、英語の側から照らし出している。

これを「ヘボンの呪縛」と呼ぶとすれば、日本ではつねに「ヘボンの呪縛」がつきまとってきた。

ヘボンの呪縛にとらわれると、英語をやっているようにみえて、われわれは永久に日本語の世界に閉じ込められる。まるでブラックホールのように。

じつは、この呪縛を解く方法がある。

その方法を普及させる仕組みが、まだない。

 

 

 

 

 

 

 

 







 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
新装開店に”NEW OPEN” は日本語です

「新装開店」の意味で ”NEW OPEN” と書いてある掲示を、ときどき見かける。

 

 

<新装+開店> → <ニューで+オープン> → <new open>

 

 

としたくなる気持ちはわかる。

 

ただ、英語としてみると、"new open" は「新しい開く」のような言い方をしていることになり、片言っぽい。

 

  "We newly open."  などとするか、宣伝文句なら

 

 

 

NEW SHOP OPENING!

 

 

 

とするとおさまりが良い。

 

open ではなく、opening にすることで、「すでに開店準備がはじまっています」「まさに開業したばかりです」のような臨場感が出るので、おすすめである。

 

 

 

ときどき見かける"Grand Open" というのも、英語として表現するなら、

 

 

Grand Opening!

 

 

にしたほうが良い。

 

 

もっとも、日本語の感覚では、こんな英語っぽい言い方よりも、 NEW OPEN や GRAND OPEN のほうがぴったりくるのも事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Rohan Perth

 

スコットランドのアウトドア衣料品チェーンの広告.  "NEW Store Opening" とある.

storeは、shopよりも品揃えが豊富で大きい店というイメージがある.

 

http://rohantime.com/24165/rohan-perth-new-store-opening/

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 08:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
英語の世界への三つのドア 発声・冠詞・前置詞

日本人が英語を習得するとき、三つの壁がある。

 

 

一つめは発声である。小学校で習うローマ字が英語のアルファベットと同じ文字であり、ワープロでもローマ字変換を使う。そのため、意識して練習しないと、われわれは英語の綴りをついついローマ字読みしてしまう。 "e" や "o" を「エ」「オ」と読んだり、"r" を日本語の「らりるれろ」で代用したりするのは、英語ではないものを英語だと勘違いする、第一の「壁」である。

 

 

二つめは冠詞である。日本語には、冠詞にあたるものがないため、「英文和訳」では訳す必要がないことが多い。だから、「英文和訳」に頼っていると、いつまでたっても冠詞についての理解が深まらず、苦手となる。

 

 

三つめは前置詞である。冠詞とは逆に、日本語には助詞(てにをは)という前置詞類似のものがある。だから、「英文和訳」に頼っていると、前置詞に日本語の「てにをは」を適宜あてはめて満足してしまう。そのため、英語の前置詞が本来どういう概念による認識なのか、なかなか習得できない。

 

 

 

他に語順感覚の習得や、表現チャンスの不足といった問題があるが、初めに壁になるのは、この三つである。この三つが壁だということは、これを崩せば、それが新しい世界の入り口になるということである。

 

三つの壁を崩すには、冠詞、前置詞を含む英語の概念を理解し(このとき日本語で説明してOK)、その英語の概念で対象を認識して、英語の発声で表現する練習をすればよい。「英文和訳」ではなく、「英語の概念による自分の認識を、英語の発声で表現」すればよいのである。そうすれば、自分が発した英語の意味(英語の概念・認識・発声の三者の関係)を、日本語を介さず直接経験できる。

 

壁が発見できたなら、そここそチャンスととらえて意識的に攻略すれば、壁がそのままドアになり、英語の世界に入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「冠詞、前置詞、等閑にすべからず」(内村鑑三)

明治初期の有名なキリスト教徒には下級武士の出身者が多いが、これは忠誠をつくす主君や将軍が明治維新でいなくなったため、かわりにキリスト教の「神」へと、忠誠の対象をスイッチしたのですよ...。 故司馬遼太郎氏が、テレビでサラリとそう述べたのを見たことがある。

 

なるほど、明治時代に旧武士階級がキリスト教徒になったのは、そういうつながりだったのかもしれない。

その代表例が内村鑑三(1861-1930. 高崎藩士の長男として生まれる)であるが、次の文を読むと、英語でさえも「敵国」になっている。いかにも武士の発想である。

 

 

 


「曉得(ぎょうとく)せんとする外國語に對(たい)しては、専領せんとする敵國に對する観念を抱かざるべからず、

 

即ち之(これ)を討平せざれば休まずとの覚悟是(こ)れなり。敵地に入て克服を全(まっと)うせざる部分を遺(のこ)すことは患(わずらい)を後日に遺すことなり。

 

冠詞なり、前置詞なり、小は則ち小なりと雖(いえど)も、之を等閑に附して全部の透徹は決して望むべからず。

 

 

(内村鑑三(亀井俊介解説)『外國語之研究 復刻版』南雲堂、1984年(原本1899年)、62頁)

 

 

 

 


内村鑑三の力強い英文の背景には、烈々たるサムライの戦闘精神があったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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