ごきげんようチャンネル


あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


tell は授与動詞、say は他動動詞
電話のインタビュー(英語)で、インタビューされたほうが、



"I thank you let me tell you my story."



といった言葉を最後にいうことがある。


「私のほうこそ、話を聞いてくれてありがとう」


といった意味になるが、この言葉は、ときにまぎらわしいtell とsay の違いがわかりやすい例である。

気づいていない人もいると思うが、tell は、give やsend などとおなじ「授与動詞」である。


give が、



He gave me the book.



などと使えるのと同様、tell も、



He told me the story.



となる。

tell は、内容のある話を「誰かに授与する」というのが原意である。(他に、promise, read, show, grant, award, hand, teach, throw, write も授与動詞)


他方、say は、なにかを「言う」という単純な他動の動詞で、



He said that to me.



などとなる。

say は、「話を誰かに授与する」というより、ある言葉を口にした、というニュアンスである。














| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「食べられません」は" Do not eat. " 英語の掲示文 うまい表現あれこれ
看板や掲示板などは、言語の缶詰。
 
英語で、「なるほど、そういうのか!」と思うような例をいくつか。


 




 
「新店舗オープン!」  New shop opening!   … よくみかける ”New Open” は、完全な和製英語。

 
「新装近日開店!」  Completely remodeled.  Reopening soon!


「新着商品」    New Arrivals         …  よくみかける "New Arrival" は、微妙に舌足らずの間違い表現。

 
「お一人様三個まで」  Up to 3 items per person … up to は、上限を表す便利な言い方。

 
「二つで1000円」  2 for 1000yen … 2 と1000yen が同等であることを表す for。 

 
「キャベツお替わり自由」  Free refills on cabbage  …「お替わり」は refill。on は、浸透・変更が不可能な対象に。

 
「ちかん注意」  Beware of molester

 
「係の者がご案内します」   Please wait to be seated

 
「空席あります」    Seating available

 
「水はセルフサービスです」   Please help yourself to water … 直接的な到達を表す toが効果的につかわれている。

 
「月曜定休」    Closed on Mondays  … △close Monday のような掲示を日本で見かけることがあるが、間違い。

 
「他店より高いときはお申し出ください」  We will match any price … match やany が効果的。

 
「防犯カメラ作動中」   Security camera in operation

 
「黄色い線の内側におさがりください」  Stand behind the yellow line … 「さがる」は stand。お見事。

 
「二列にお並びください」  Please wait in two lines

 
「始発(終点)駅」  Train originates (terminates)  at this station … 「始発」をstart と書いてあるのを見たことがあるが、どの駅でも、電車が発車するのは当たり前。

 
「閉店しました」    Out of business




 
最後に、そのものズバリの名表現を。


 
「ビール冷えてます」   Chilled beer
 
「これは食べられません」  Do not eat






 
(以上、『六カ国語 看板・掲示板日常文例集』新星出版社を参考にした)







 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 09:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
<単語を覚える=訳語を覚える>という思い込みについて
最近、複数の高校生と英語の「勉強」について話す機会があって、ひとつ気がついたことがある。

私が話した高校生は、<英語の単語を覚える>というのは、<日本語の訳語を覚える>ことだと思っているらしいのだ。

どれくらいの高校生がそう思っているのか私にはわからないが、大人の知人に聞いてみたら、「ほとんどの子がそう思っているのでは?」という返事だった。

私は心底、驚いた。

ひょっとしたらそうではないか…くらいには感じていたが、実際にそういう例をみると、驚きでもあり、情けなくもあり、誰かがそう思わせたことに対して腹も立った。

<訳語を覚えたら英語の単語を覚えたことになる>だって?!

高校の教師が本当にそう思っているとは思えないが、多くの生徒がそう思って教材の単語帳をにらみつけていることは、どうやら事実らしい。

<日本人は英語ができない>という言葉が多少とも当たっているとするなら、その原因のひとつが、<英語の単語を覚えるということは訳語を覚えることだ>という思い込みにあることは間違いなさそうである。

ああ、なんという愚かな…

どうしてそれが愚かなの?と思う人もいるだろうが、いまはあまりの驚きと怒りで、説明する気にもなれない。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 22:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
"Relight the joy. "   スターバックスのクリスマス・コピーを解説しましょう
毎年、クリスマスが近づくとスターバックスの店頭に心あたたまるコピー(広告用のキャッチフレーズ)が掲示される。

今年のコピーは、"Relight the joy. "  だが、意味がよくわからない人もいるようだ。

以下、解説してみよう。

◯ まず、"relight" と原形動詞ではじまる、これは命令文。re- は repeat などでおなじみの接頭辞で、ここでは「もう一度」。発音は「リ」ではなく「リー」に近いくらい、しっかり言うのがコツ。

"light" は火をつけることで、ろうそくに火をつけるのも "light"  だし、電球のように内部からポッと光るのも、やはり "light " である。

◯ 次の the joy だが、joy は、声をあげたくなるほどのうれしさのことである。

theは、①世界で唯一、②その場面では唯一、③その単体のなかで唯一、という三つの<場>での唯一性をいう。 

この短いコピーでは、the joy とは、どの<場>で唯一の「うれしさ」ことなのかはあいまいである。だからこそ、"Relight the joy. "という文には、次のような豊かなイメージが埋め込まれることになる。


① 「世界で唯一の、あのjoy の光をふたたび灯そう」

たとえば、教会のロウソクの光を思い出して、救世主降誕という、キリスト教徒としてのよろこびを新たにする人がいるかもしれない。


② 「去年のクリスマスという場面での、あのうれしかった思いを心に呼びもどそう」

家庭でのクリスマス・ツリーの灯り。家族や親戚や友人が集まって過ごした去年のクリスマスのうれしさ。一年が経つうちに忘れかけていた懐かしい人たちの思い出を、また心に灯してみませんか。


③ 「あなたの心のなかで特定できる、あのよろこびにもう一度光を灯してみよう」

あなたの心という単体のもののなかで唯一の、あのよろこび。それは夫や妻や恋人にはじめて会ったときのよろこびかもしれないし、本当に好きなものを見つけて、飛び上がるほどうれしかった記憶かもしれない。




スターバックスでの日本語バージョンは、「ぬくもりを、もちよろう」となっている。これは "Relight the joy." を②の意味で解釈したもので、なかなかうまい訳である。

日本の幼児の歌に、「いつのことだか、思い出してごらん。あんなこと、こんなこと、あったでしょう」というのがあるが、"Relight the joy." というのは、それのクリスマス・バージョンみたいなものである。

訳してみるなら、


「クリスマス。あんなこと、こんなこと、思い出してみようよ」


といったところであろう。

だがしかし、これはスターバックスという飲料店のキャッチコピーであることも忘れてはいけない。

すなわち、"Relight the joy. " とは、

「以前に飲んだ、あの味を思い出して relight the joy 、もう一度飲んでみませんか?」

という誘いにもなっているという、なかなかおいしい話である。

そういえば、スターバックスの背の高いコーヒーカップは、なんだか relight するロウソクのような形だ、とまでいえば、言い過ぎになるのかもしれない。 









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
we から they へと瞬間トランスする英語の面白さ オバマのイスラエル・ジョーク
NPR を聞いていたら、緊迫する中東情勢のなか、イスラエルのネタニエフ首相がオバマ大統領に会いたいと申し入れたらしい。

するとオバマ大統領側は " For variety of reasons President Obama is not available." と断ったという。

このニュースのなかで、イスラエルとの関係について記者がオバマ大統領に質問したところ、オバマ大統領から "a very elegant answer" が返ってきたことを紹介していた。


"You know, we both are so busy with their jobs."


このジョークは、they が誰を指すかによって、違う解釈がありそうだ。

ひとつは、they とはイランとかシリアのことだという解釈。普通にいけば、この解釈が順当かもしれない。

もうひとつは、they  とはアメリカにとってのイスラエル、イスラエルにとってのアメリカのことだという解釈。

アメリカはイスラエルのことで忙しく、イスラエルはアメリカのことで忙しいので、お互いに会って話す時間がない、という皮肉である。

ジョークとしてはこのほうが面白いし、おそらくオバマ大統領の意図もこっちだったのだろう。

面白さの理由は、we と they がもたらす視点の移動の妙である。

we とは、この場合、アメリカとイスラエル。

そして both と their jobs という言葉から、じつはアメリカではイスラエルのことをwe ではなく they と呼んで内部で議論し、イスラエルではアメリカのことをwe ではなく they と呼んで内部で議論して、やたらに忙しい so busy という構図が浮かんでくる。

their jobs と、 job が複数形なのは、アメリカから見たイスラエルという案件 job と、イスラエルからみたアメリカという案件 job が同時に交差しているからで、shake hands などと似た「相互複数」である。

このジョークは、はじめ we であったはずのふたつの国が、互いを they と呼んでいる構図へと瞬時に入れ替わるところが面白さを支えている。

現実の中東情勢は複雑深刻で、英語の解説などやっている場合ではないのだが、ちょっと代名詞のことが面白かったのでメモした。








(おわり)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
hopefully な話 「世俗」から「正統」が生まれるとき
"Hopefully I survive to 105." (ひょっとしたら105歳まで生きられるかも)

この hopefully は、 it is hoped that... とか I hope that... よりもきびきびしていて、私は好きである。

ところが、このような文修飾 floating の hopefully は英語圏の有識者が何十年ものあいだ問題視してきた用法で、最近の調査でも「望ましくない」と答えた知識人が8割にのぼるという。

hopefully のどこがそんなに問題なのか。

hope しているのが誰なのかわからない、あいまいだということらしい。だがそれなら sadly, thankfully, mircifully, frankly なども同じであり、これらはまったく問題視されていない。

カリフォルニア大のある教授によると、hopefully だけがこれほど問題視されるのは、おそらく世間向けのちょっとした商品に hopefully は安易に使うなと注意書きしてあったのがはじまりで、これが権威ある「規則」であるかのように巷間に流布したらしい。

それは、「自分はたんなる英語話者ではなくて英語識者だ」と自負したり、他人の言語知識をジャッジするための「リトマス試験紙」として便利だったからである。


The prejudice against "hopefully" will no doubt survive, zombie-style, among the scribbling classes for quite some time. But it's the last of its breed. People will always have their crotchets, those scraps of grammatical lore they learned at the end of Sister Petra's ruler. But there's no one around now who could anoint a brand-new litmus test for grammatical purity. 


http://www.npr.org/2012/05/30/153709651/the-word-hopefully-is-here-to-stay-hopefully




これで思い出したのが、will と shall の使い分けの話である。「単純未来」とか「意思未来」とか、昔の文法書に載っていた、あの煩わしい「規則」である。

小西友七氏がどこかで詳しく書いていたが、事のはじまりは、アメリカで発行された小さな世俗的パンフが will とshall の規則なるものを書いたことであった。これがいつのまにか権威ある話として流布したのであった。

hopefully と同様、「英語識者」ぶるのに便利だったために、世俗的な出所から正統ぶった「規則」が流布したのである。

意外な出所、意外な心理から、言語の「正統」は生まれる。

ちなみに、上記の教授によると、I hope とhopefully は意味も違うから、ますますhopefully の存在意義は明確である。

"I hope I survive to 105."

はたんなる願望で、その可能性があるかどうかはわからない。

"Hopefully I survive to 105." 

は、その可能性があるという意味を含んで言う。











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 07:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ロイター Reuters のビデオ報道はなかなか便利
インターネットで配信されている国際放送では、アメリカとイギリスのものが群を抜いて種類が多い。

日本のNHKも英語ニュースを配信しているが、情報量が少ない。

なんといっても母語がそのまま国際語となる英語圏の放送局は抜群の発信力をもっている。

元英国首相のサッチャーが、世界に覇権をとったのは英米の英語国であり、これは英語の優秀性の証明だといった発言をして物議をかもしたことがある。

サッチャー発言は言語と政治を直結させた偏見だが、国際情報の多くが英語で流されるということは、英語に流暢な人や企業や国がグローバル情報の発信者になるということである。

日本の報道機関もこうした英語情報に頼る傾向があるから、われわれの情報・見方が知らず知らずのうちに英米寄りに偏っていることは自覚する必要がある。

ところで、簡便にニュースビデオを見るならCNNのものが便利だが、ある意味、おすすめなのはイギリスの共同組織 Reuters のサイト。

http://www.reuters.com/video

このサイトはビデオのナレーションをtranscript にして読めるようにしている。

英語ニュースを聞いてわかるようになるには、まずはナレーションの英語を文字で読んで問題なくわかることが前提である。

そういう意味で、transcript つきのビデオニュースは利用価値があるし、なんといってもロイターのような国際放送には最新のライブ感がある。















| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 08:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人格的空間を尊重する言語・英語
「喫煙は健康に悪い」を英語でいうとき、

Smoking is bad to your health.

よりも

Smoking is bad for your health.

のほうが良い。

なぜか?という質問に対する答えは、

「そこに your があるから」

である。

you は人格=自由意思をもっているから、そもそも喫煙をするかどうか、喫煙したとして、一日に何本吸うか、どういうたばこを、いつ吸うか。その人に任された選択の余地がある。you の行動次第で、smoking is bad の程度は変わるのである。

この文にはyour があるから、直接的な到達の関係をいうto よりも自由意思の余地を認めるfor のほうがふさわしい。

ところで、これに似た内容を「有害な」という意味の形容詞 detrimental を使って、

Smoking is detrimental to health.

ともいえる。この場合、前置詞はto がよい。 

この文は、

「喫煙は健康に有害である」

という客観的で冷厳な事実を述べている。つまり喫煙者の自由意思を問題にしていないから、物理的・生理的な因果関係をズバリと述べるto がふさわしいのである。

また、英語では所有格になれるのは原則として人格をもつ人間だけである。所有すなわち物の処分権の取得は、人格=自由な意思をもつ人間だけに可能な行為だからである。

「駅の入り口 the entrance to the station」を the station's entrance などと所有格で言うこともあるが、それは駅を擬人化しているか、簡潔な表現を意図した場合である。

人格をもつ存在=人間については、つねに自由意思の余地を認める表現をする。forや所有格はその例である。

このように、人間の人格的空間を尊重する感覚が英語の中核部分にある。

英語は<人間>を中心とする言語なのである。












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今年のセンター試験の「英語」を分析する おわり
最後に、センター試験の英語について、個々の出題内容というより全体についての私の感想を書いておく。

まず思ったのは、「問題の量が多すぎるのではないか?」ということである。

TOEFLなどの影響によるのか、量がむやみに多い。

たとえば第二問は、いくつかの文中に空欄があって適語をひとつずつ選んでいく問題で、おおむね単純な単語力テストである。これを独立の問題にする必要がなぜあるのか、よくわからない。

ほかに文章題が四つもあり、それぞれ問題文は相当長く、見ただけでうんざりする人は多いであろう。

<細かい文法の知識よりも、大量の英語が処理できるかどうか>

という発想なのかもしれないが、高校卒業段階の人を対象に、なぜそういう発想をしてうんざりさせる必要があるのかよくわからない。

じっさい、大学生や院生に英語を読ませてみると、「読めたつもり」になっているだけの人が多い。センター試験がそういういい加減な学習を促進している面はないか。

量を増やしたほうが学力が正確に測れるとか、テストなのだから楽しい必要はないということかもしれないが、日本でいちばん寒い季節に、こういううんざりする印刷物を相手に何万人もが国民的労力を消費している、いや、真面目にエネルギーを燃やしている。

出題するほうも受験するほうも、ご苦労様なことである。

量のほかに質の問題もある。

出題の内容は若者向けのテーマを苦心して選んである。それはわかるのだが、かりにこれを日本語にしてみれば、わざわざテストするほどの内容ではないようにも思える。

知的レベルが高いのか低いのか、よくわからない。

なお、ところどころに英語としてぎこちない表現がある。修正を重ねた結果だろうが、これも国民的催し物としての質を落とす一因になっている。


そもそも大学入試センター試験は、

<日本の大学が共同して、生徒が大学入学にふさわしい学力をもっているかどうか測る>

という主旨で実施されている。

しかし、もともと<入学にふさわしい>かどうかは、理念も設備もスタッフも多様なそれぞれの大学が決めることである。

じっさい、誰を入学させるかは最終的に各大学が決めているのだが、センター試験はその前の関門になっている。

つまりセンター試験は、各大学がユニークな学生を募るプロセスの邪魔になっている側面がある。

日本や世界の現状を考えると、センター試験で中高にご苦労様な勉学を押しつけ、うんざりの問題を解かせるより、各大学が志のある若者を集めてユニークな学生を育てる体制を整えるほうが急務である。

センター試験は廃止し、各大学がしっかりしたほうが、いい若者が出てくる。

そう思う人がもっと増えれば、日本はもっと良くなる。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 06:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今年のセンター試験の「英語」を分析する その6
なお、母音の発音の法則とアクセントの位置の法則は、単語の末尾(家でいえば敷地や一階部分)の広さ(?)と関連づけて感じ取ることがコツである。たとえば、

hat
hate

の発音の違いは、語尾につづり-e があるかないかによる。

母音を短く読ませるか長く読ませるか。その違いを e の有無で巧みに表現しているのだが、これを別のイメージにしてみると、

hat の t は、小さいが強固な敷地である。だからその上に建つ家([ae])も小さくきっちりしている。

hate の敷地 -te は、t よりも広く、ゆったりしている。だからその上に建つ家([ei])も大きくゆったりしている。

このように、英単語は語尾のほうからパワーがやってきて、それを前のほうから押し返すというバランスで成り立っている。(言語における作用反作用の法則?)

<語尾の仕込み具合>から逆算して単語の発音やアクセントが決まっていくのである。

たとえば、

athlete(今回出題)

は「アスリート」でおなじみだが、ath と lete のふたつの部分に分かれる。

一階部分は、広めの敷地 te に支えられて leが長音化し、[li:t]となる。なかなかゆったりした一階部分である。

その上に建つ二階部分 ath は、<短母音+子音字二個>(小さいきっちり床 th の上にきっちり部屋 a)の原理により[aeθ]となる。

広い敷地にゆったりした一階の-lete。その上に ath という二階が載っている建築物である。(語末のほうが一階であることに注意)

そして、<とくに理由がないかぎり語頭が強いほうが聞きとりやすい>という原理により、 ath に第一アクセントがくる。

ははあ、さてはこの建物、二階のほうがキラッと輝く灯台型なのだ。

このように、つづりを後ろのほうから観察し、法則を考えながらゆっくりと単語のイメージを自分に定着させる。

遠回りのようだが、英語の感覚を着実に覚えていくひとつのコツである。








(つづく)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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