ごきげんようチャンネル

"The United States as a country has interests, and those interests are not the interests we hear about on the campaign trail." Jeanne Zaino, Iona College
           
アメリカ大統領は、アメリカ国家ではない 当然だが忘れがちな視点

先ごろのトランプのアフガニスタン新政策に関する声明について、アルジャジーラが三人の識者を招いて討論会をやっていた。

 

 

 

http://www.aljazeera.com/programmes/insidestory/2017/08/trump-full-term-170821185240336.html

 

 

 

トランプのアドバイザーだった人と、トランプに非常に批判的な人。そして三人目は大学の研究者で、Jeanne Zaino という人だった。Iona College で政治学、国際学を担当しているという。

 

この人の発言は、目前の事実を追うだけでなく、視点がもっと遠くまで届いている感じがした。

 

たとえば最近、側近のバノン氏がホワイトハウスを去ったことについて、Zaino さんは、トランプの政治スタイルからいって、近くにいないほうが大統領に影響を与えることさえある。マスコミはこうした個々の人事のことをあまり大げさに扱わない方が良い、とクールにコメント。確かに、マスコミは目前の動きの意味を伝えようとするあまり、実際以上に事件性を持たせようとすることがある。

 

もうひとつ、彼女の発言で感心したのは、「大統領と合衆国は別物」という直球の指摘である。アメリカ合衆国は、「大統領」と呼ばれる人が表現したり約束したりするのとは別のレベルの存在である。

 

誰が大統領になろうと、合衆国には合衆国の、独自の利害、独自の制度、独自の経緯があり、個々の大統領がそれを無視することはできない。トランプもまた、選挙戦でなにを言おうが、それとは別に厳然と存在するアメリカ合衆国の利害・制度・経緯から自由ではありえない。

 

政治の真の問題は、アメリカ経済をどうするか、社会保障をどうするか、人種問題をどうするか、アフガニスタンへの派兵をどうするか、といったリアルな問題への対処が、現実にどうなっているかである。トランプの言動や、彼の政権内部について語っているだけでは、真の政治論にならない、と。

 

これは正論である。大統領をはじめとする人たちが、リアルな問題にひとつひとつ対処していく以外に、「合衆国」のあり方自体を変える方法はないのだから。

 

 

 

 

...

 

 

 

 

以下、Jeanne Zainoさんの発言から。

 

 

"What we see with, quite frankly, every presidency is ... Presidents come in,  they get into the office and the real governing powers at work in the United States take over.

 

And now we've seen a President Trump who has bombed in Syria, we've seen now a President Trump who is likely tonight to call for increased troop levels in Afghanistan,  and he will blame that on the war on terrorism when in fact the US has funded and been perceived helping those terrorists in the past in Afghanistan and elsewhere in that part of the world.

 

And so, you know ... I think that Presidents as individuals come in with ideas of isolationism or whatever it is, the United States as a country has interests, and those interests are not the interests we hear about when Presidents come out to speak, nor the interests, quite frankly, we hear about on the campaign trail."

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
価値の尺度は社会的必要時間 ロビンソン・クルーソーが証明してくれる おわり

マルクス『資本論』は言う。

 

 

 

「労働の有用な性格を無視するなら、労働に残るものといえば、それが人間労働の支出であるという事実だけである。裁縫労働と織布労働は、質的に異なる生産活動であるとはいえ、どちらも人間の脳髄・筋肉・神経・手などの生産的支出であり、この意味でともに人間の労働なのである。」(『資本論』』第一巻、第一章、筑摩書房版、68頁)

 

 

 

労働価値説は、個々の労働の質的な違いを捨象してしまえば、商品と呼べるものの価値の源泉は、なべて<人間の労働>であるという抽象的な認識である。孤島のロビンソン・クルーソーがたった一人であらゆる労働をこなしていく姿は、労働価値説のいう「労働」という概念を理解しやすくしてくれる。

 

そして『資本論』は、次のように述べる。

 

 

 

「ところで、上着とリネンはたんに価値一般であるだけでなく、特定の大きさの価値でもある。かりに一着の上着が20エレのリネンの二倍の価値があるとすれば、この価値の大きさのちがいはどこから生じるのか。それは、リネンが上着の半分の労働しか含まないこと、すなわち上着を生産するための労働力は、リネンを生産する場合よりも二倍の時間をかけて支出されなければならないことから生じる。」(『資本論』同上訳書、70頁より要約)

 

 

 

個々の労働の質のちがいを度外視して、あらゆる労働を抽象的で均一な「労働」にまで還元してしまったとき、なお残る商品の価値の大小は、なにを根拠に生じるか。

 

それは、その商品を完成するのに必要な「時間」以外にありえない。

 

 

 

 

 

 

以上のように、マルクスの労働価値説は寓話でも仮説でもなく、ロビンソン・クルーソー物語さながらの推論を通じて得られる必然的な概念、すなわち人間世界の客観的真実なのである。

 

 

そして『資本論』は、ロビンソン・クルーソーの物語について、次のように述べている。

 

 

 

「彼がおこなう生産活動はそれぞれ異なっているとはいえ、同じロビンソンの異なる活動形態にすぎず、したがって同じ人間の労働の異なるやり方にすぎないことを彼は知っている。

 

彼は必要に迫られて、自分の時間を異なる活動のあいだに几帳面に分配する。わがロビンソンは、時計、簿記原本、ペンを難破船から救いだすと、ただちに良きイギリス人らしく自分自身について帳簿をつけはじめる。

 

彼の財産目録は、…さまざまな生産物の特定量のために彼が平均して費やす労働時間などの明細を含んでいる。

 

ロビンソンと、彼が自分で作り出した富たる種々の物との関係は、ここではきわめて単純で透明である。この関係のなかに、価値のすべての本質的な規定が含まれているのである。」(『資本論』第一巻、第一章、同上訳書117-118頁より要約)

 

 

 

労働価値説は、ロビンソン・クルーソーの物語のなかに単純化されたかたちで示されている。

 

 

...

 

 

 

ところで、『資本論』を読む人は、マルクスの叙述がもっぱら経済の話だと思っているかもしれない。しかし、マルクスの論理は、労働に限らず、「人間の脳髄・筋肉・神経・手などの生産的支出」(『資本論』第一巻、第一章、同上訳書、68頁)、つまり人間の労力支出全般についていえる。

 

たとえば言語は、労働と同じく、<人間の平均的能力の生産的支出>という面をもっている。

 

 

 

「人間の労働は、ふつうの人間なら誰でも特別の発達を経ることなく自分の肉体的な有機組織のなかに平均的にもっている単純な労働力の支出である。」(『資本論』第一巻、第一章、同上訳書、69頁)

 

 

 

これは「社会的平均的労働力」と呼ばれるものの説明であり、この労働力の発揮が「抽象的労働」であるが、同じことが言語についてもいえる。

 

 

 

<人間の言語には、ふつうの人間なら誰でも特別の発達を経ることなく、自分の肉体的な有機組織のなかに平均的にもっている単純な創造力の支出という面がある>

 

 

 

言語の場合、この「社会的平均的労働力」にあたるものは何か。この問題、じつに面白いのだが、ロビンソン・クルーソーのことから離れてしまうので、ここでは答えだけ言っておこう。

 

それは、自分を対象化した「自己」である。「自己」は、社会の誰もが、年齢相応に(すなわち平均的習得時間によって)獲得していき、かつ社会全体の平均として認められる「社会的平均的言語能力」として、個々人に分有されている。この自己が、三浦つとむのいう「自己分裂」を行うのであるが、この話は、別の機会に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
価値の尺度は社会的必要時間 ロビンソン・クルーソーが証明してくれる その1

 

 

労働価値説では、商品の価値はそれを生産するのに必要な社会的・平均的労働時間によって規定されるとする。

 

そう聞くと、「まあそんなところかな」と、漠然と認める人もいるだろうし、根拠がよくわからないと感じる人もいるだろう。

 

ところで、ロビンソン・クルーソー物語の社会科学的解釈といえば、かつては大塚久雄氏の「悔い改めた中産的生産者・ロビンソン・クルーソー」論が有名だった(大塚久雄『社会科学の方法 — ヴェーバーとマルクス』岩波新書、1966年)。

 

増田義郎氏の完訳と解説によって、いまや大塚説は大幅に訂正された(ダニエル・デフォー(増田義郎訳・解説)『完訳 ロビンソン・クルーソー』中央公論新社、2007年)。

 

そして、増田訳のロビンソン・クルーソー物語を読む中で、労働価値説は人間世界についてのリアルな認識なのだと、私は思うようになった。

 

...

 

 

たった一人で孤島に遭難したロビンソン・クルーソーは、労働なしにはなにひとつ得られない。

 

自分が乗っていた船が近くに座礁していたので、ロビンソンはペン、インク、紙、望遠鏡、聖書などをそこから島に運びこむ。

 

これらは他人の労働の産物で、出来合いのものであるが、これとて、船から島へと運ぶというロビンソン自身の労働(労働の対象物を移動させる交通労働)なしには利用できない。

 

彼の30年近い孤島生活を支えたのは、狩猟と耕作という労働であった。労働が<自分自身を生産する=生き延びる>ための基本であることは、ロビンソンの生活が証明している。

 

 

また、ロビンソンはたった一人であったために、分業というものの威力も実感する。

 

 

 

「手伝う人や道具があれば簡単にできることも、それをひとりでやるとなると、どんなにたいへんな労働となり、莫大な時間を必要とするか」(増田訳前掲書、116頁)

 

 

 

遭難から一ヶ月ほど経って、サバイバルの要領がわかってきたロビンソン・クルーソーは、次のように日記に書く。

 

 

 

「11月4日 今朝、仕事をする時間、銃を持って出かける時間、睡眠の時間、娯楽の時間などを決めた。雨が降らない日には、2、3時間銃を持って歩き、それから11時ごろまで働いて、生きる糧を食べ、ひどく暑い気候なので12時から2時までは昼寝をする。そしてまた夕方働く。」(増田訳前掲書、74頁)

 

 

 

一日は24時間しかないので、どの労働にどれくらいの時間をあてるかが、彼の生活を決めるもっとも基本的な要素となった。じっさい、ロビンソンは、どの労働にどれくらいの労働時間がかかるかをしきりに気にしている。

 

 

 

「今日と翌日の労働時間は、全面的にテーブル制作に当てる。まだへたくそな職人だから、それもしようがない。しかし、時を経て、必要に迫られて、私は完全な職人になった。だれでもそうなると思う。」(同上74頁)

 

 

 

普通の社会では他人と分業しているから、必要時間こそ労働の価値の尺度であることが見えにくいが、ロビンソンのように孤独な場合、それが見えやすい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
武士は、土台と上部構造と意識形態を統合する地方支配層であった おわり

歴史は、人と土地との関係ではなく、むしろ人同士がとり結ぶ社会関係を出発点に考えるのが良い。

 

マルクスの「資本制に先行する諸形態」を読んで印象に残るのは、人と土地との関係(土地所有)よりも、人と人の関係つまり社会編成のあり方、とくに労働のあり方が論理的に先行すると、マルクスがしばしば述べていることである。

 

人と土地の関係を出発点にする風土論や生態史観のような発想では、社会の成立事情を見誤る。これは歴史をみるとき、根本的に重要な視点である。

 

本書にも、このことを考えさせる叙述がある。

 

 

 

「開発所領・名字の地など本貫の地では武士の支配権は絶対的なものであったろう。しかし新補の地ではそうはいかない。中央の権門が荘園領主であり、権門の支配が確立した地域社会では、武士は新参者にすぎなかった。... 

 

そのような地域にあっては、寺社を主眼においた独自の視点を用意しなければならない。東国であっても、寺僧は絶えず京都や鎌倉とを環流していた。地域は武家の独占する所ではなかった。...

 

地域の武力装置としての武家と極楽往生・現世利益の装置としての寺社が、バランスをとって支配装置を構成していたに違いない。...浄土系寺院・顕密寺院などの寺家、そして武家が加わり、総体として地域社会と向き合っていた。

 

寺家は京都や鎌倉の本寺との関係があり、経典が地方へともたらされ、僧が送りこまれる。武家は幕府御家人として、もしくは京都の公家との関係を結び武芸を持って在地支配に参画する。

 

それぞれが中央とのパイプを持ち、総体として地域社会に対峙していた。比喩的に『地域社会の権門体制』ということもできるのではないだろうか。」204-205頁

 

 

 

 

「国取り」や「国替え」が盛んだったのは江戸初期までだが、どこでも武士団は多かれ少なかれ、外からやってきた、あるいは地域の外とつながった在地の支配集団という性格を維持していたのではないだろうか。

 

それが、明治政府によってより中央集権的に改変され、支配集団としての国家権力が、直接住民に対峙する体制となった。

 

私はかつて国立大学の教員だった。キャンパスはたしかに地域の中にあり、地域の大学をうたってもいるのだが、どこか国家の天下り組織という印象があった。今でも各地の役所は、首長をはじめ職員のほとんどが地元民であるにもかかわらず、「お上」というイメージが消えない。警察署や郵便局も同様である。

 

これを望ましくないことと考える人も多い。ただ、人が国家という包括的な支配体制をつくっている以上、この種の「外からの地域支配」という性格をゼロにすることは難しいだろう。

 

武士は、武力を独占する集団を形成し、その「外部性」を力の資源として、それぞれの地域を政治的に支配した。武士団は、耕地や山林の開発を管理し、地域のインフラを整備し、寺社と提携して意識形態を束ね、地域の安全を確保し、地域のプライドを代表する上部構造でもあった。

 

 

 

...

 

 

 

 

本書のエッセンスは、次の文に表れているように思う。

 

 

 

「武士と軍事は切っても切れない関係にあることは間違いない。しかし、武士という存在を軍事のみで考えようとしたことはなかったであろうか。地方の農村に生まれた武士が巨大な領主に成長していく姿を、軍事的サクセス・ストーリーとして理解しようとしてはいなかっただろうか。この推測が的を射ているならば、その背後には近代国家が理想とした兵士の姿を思い浮かべることもできるように感じる。」(198頁。太字は引用者)

 

 

 

近代以降の「日本史」イメージにおける「武士」には、狡知と武力で世界に成り上がっていこうとした明治国家の理想が、無意識のうちに読み込まれていたのかもしれない。しかも、近代世界にあっては、「武士」という限定された社会集団を再興するのではなく、社会の雑多な構成員を巻き込んだ国民軍を編成しなければならなかったから、歴史上の「武士」のイメージは、常に「忠君」と結び付いていなければ危険であった。

 

中世初期の「武士」は、戦国時代のように戦闘を主とするというより、勃興する生産力を束ね、「安穏」を願う社会の意識形態を先導する地域的権力集団であった。そうとらえる方が、歴史の見通しは良くなるような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 09:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
武士は、土台と上部構造と意識形態を統合する地方支配層であった その2

浄土信仰を全国に広めたのは、各地の武士だったのかもしれない。

 

浄土信仰は平安後期から鎌倉にかけて盛んになったが、その受容者は農民など平民層だったというイメージもある。

 

しかし、本書を読んでいると、むしろ、最初の受容者は武士層だったのではないかという気がしてくる。

 

過去世からの因縁で現世があるとすれば、来世はどうなるのか。来世について、極楽浄土という華麗なイメージを提供した阿弥陀信仰は、当時の人々の世界観の欠落あるいは貧困な部分を埋めるものとして受容されたのかもしれない。

 

そして、この浄土の観念を理解し、それを支える土台(建築物)たる阿弥陀堂を、自らの本拠地の西に配置し、その守護者として自ら任じ、民衆の観念を束ねたのは、各地の武士層であった。101、113頁。

 

「武士」という呼称は、由緒ある貴族と比較すると、武力の担い手であるという特徴があったことからきたものだろう。しかし、「武士」の内実は、列島の各地で人の能力が高まり、その能力を先導した地方支配の集団であったのではないか。

 

室町以降の一向一揆は、守護大名のような有力武士に対する対抗であるが、その前提は、地方武士が広めた浄土信仰に、広範な人々が集結していたことだろう。

 

農耕地の開拓、農耕・漁労のような生産労働力の安定化、道づくりや漂泊民による物産・芸能・文化の流通、武器・戦法の発達による社会の緊張の高まりといった要因が、社会をより豊かにし、かつ不安定にした。豊かになり、不安定だからこそ、人々は観念上の安穏を求めた。仏教は、文字による抽象思考を普及させる原動力にもなった。

 

こうして高まりゆく人々の能力を主導した集団が、「武士」であった。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 07:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
武士は、土台と上部構造と意識形態を統合する地方支配層であった その1

斎藤慎一『中世武士の城』(吉川弘文館、2006年)。

 

面白く読んだ。

 

いくつか印象に残った点をメモする。

 

 

仏像が好きな人は少なくない。だが、仏像には多種あるので、互いの違いや関係がわかる人は案外と少ないかもしれない。

 

覚えておくと面白いのは、かつては東西南北に特定の仏が配分される傾向があったということだ。中世以降のことだと思うが、次のような原則があるという解説を何かの本で読んだことがある。

 

 

 

東  薬師如来   

南  観音菩薩   

西  阿弥陀如来  

北  弥勒菩薩   

 

 

 

釈迦如来は、生身の人間というイメージもあるので、真ん中(現世)。

 

多くの仏が四方を守ってくれるというのは、薬師に十二神将、帝釈天に四天王がいるのと同種の発想だろう。

 

この本には、武士の本拠地には、こうした仏による四方守護の発想があったらしいことが書かれている。

 

例えば江戸の場合、江戸城を中心に、

 

 

 

東 寛永寺の薬師如来

南 浅草寺の観音菩薩

西 増上寺の阿弥陀如来

 

 

 

となっている。194頁。これだと北を守護する寺がないし(日光がそれかも)、正確に東西南北でもないが、江戸を代表する寺の相互関係は、だいたい上記の伝統に合致していることがわかる。

 

中世武士の各地の本拠地も、おおむねこのような方角に、それぞれの仏を安置した寺を建立する傾向があったらしい。

 

現在、個々の寺の本尊はばらばらになっているが、かつてはこうした配分によっていたことを覚えておくと、お寺同士のかつての関係や、武士の本拠地の位置を推測する材料になるかもしれない。

 

また、各地の寺には大量の経典が所蔵され、それが支配地の安穏のための重要な財産とみなされることがあった。貴重品であったため、戦いで奪取の対象にされることもあったらしい。

 

なお、祖先の霊は、西方に位置する神社や墓地や山が居場所・礼拝所とされた。

 

もちろん、以上は一般的な傾向にすぎず、じっさいには各地の実状に応じてさまざまなバリエーションがあった。

 

武士は、地域を守護する神仏という意識形態を支える土台(建築物)の建築者であり、パトロンであり、地域デザイナーでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「離脱」という勤勉の檻 マックス・ウエーバー

マックス・ウェーバー(1864-1920)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904-1905、岩波文庫)を読んだとき、妙に印象に残る部分があった。

それは、禁欲的勤勉は信仰のほかに「離脱」によっても生まれるというヴェーバーの指摘である。31頁。

 

 

 


「なぜなら、生地を離れるだけでも労働強化のこの上ない有力な手段になりうることは明らかだからだ。

ポーランドの少女は、生地ではどんなに怠惰でも、ザクセンの見知らぬ土地で働きはじめると、別人のように過度の搾取に耐える。イタリアの出稼ぎ労働でも同じ現象が見られる。

まったく違った環境で労働するという事実だけでも、伝統主義を破壊するに十分であり、教育的な効果を生むものだ。

アメリカの経済的発達がこうした作用に基づくことがいかに大きかったは、指摘するまでもなかろう。

古代のバビロン捕囚がユダヤ人にとってこれとまったく同じ意味をもったことは特筆大書されてしかるべきである。」(35頁より要約)

 

 

 


移住や出稼ぎは、人を孤立させ、禁欲的にし、勤勉にする。完全に別空間に移動してしまうと、自分の関心空間が変わる。思考や行動の規範も変わる。


「アメリカは移民の国」というが、移民という状況じたいが高い経済的効果をもつことはあまり認識されていないかもしれない。日本の高度成長が出稼ぎ労働に支えられていたことは、よく知られている。
 
近年急増した不定期労働、非正規労働も、人を孤立させ、禁欲的にし、ある意味で勤勉にする。人身売買が、別名「人間の移送 human trafficking」と呼ばれるのは、元の環境からの「離脱」によって、買われた人間に「勤勉」を余儀なくさせるからである。ついでにいえば、幼児を学校に入れるのも、大人が留学すると外国語が上達するのも、「離脱」の効果といえるだろう。
 
生地を「離脱」することは一見自由を手に入れたようにみえるが、それは新たな監獄に自分を追い込むことでもある。

 

貿易と戦争は、物品(労働の対象化)の平和的あるいは暴力的な、二つの空間移動(交通)である。そして人間もまた、労働が結晶した「価値を生む物品」であり、その移送、孤立、離脱は、人間の生産力を増大させる、第三の空間移動である。

 

ヴェーバーの名著は、経済には「離脱」という「自由な監獄」の要因があることも教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人々が誇りを喪失していることに耐えられないエリートが、革命を起こす

加々美光行『アジアと出会うこと』(河合文化教育研究所、1997年)

 

むかし読んだ講演録だが、いまも忘れられない。

 

革命とはどういうものか。その仕組みを理解することは、歴史を理解するうえで不可欠だ。

 

中国研究で知られる加々美氏は、この講演のなかで「心の貧しさ」(人間としての誇りを失うことに耐えられなくなること)こそ、革命の原点だと指摘している。

加々美氏は、中国の田舎を旅して、みんな貧しいので貧しさを恥と思わず、実に親切で心豊かな村を発見した。

しかし、と氏は考える。やがて彼らは、都会には腹いっぱい食べている人がいることを知るだろう。自分が貧しいことに、彼らは気づく。

自分たちはいやしめられているー

彼らがそう思ったとき、「心の病というものが発生する」。22頁。

心を病んだ人たちは、それを癒そうとして都会に出る。一部は成功するかもしれない。しかし、心を病んだ人が絶えることはない。アジアとは、戦後半世紀以上もそういうことがつづいてきた世界である。

 

これでいいのだろうか。人間としての誇りをとりもどしたい。そのために、誰かが立ちあがる。貧しいだけで立ち上がるのではない。貧しいこと、権利がないこと、無知であることを、屈辱と感じた。だから人は立ち上がるのだ。
 

加々美氏は、革命というものの原点を、次のように語っている。
 

 


「実はアジアにおける革命というものは、たとえば中華人民共和国のあの革命、毛沢東が行った中国革命と言われるものや、非暴力主義で独立運動に一生をささげたマハトマ・ガンジーの運動。

この人たちがなぜそのような独立運動や革命運動をやったのかというと、それは実は人々の貧しさ、心の貧しさ、そのことに耐えられなかった。人々のこの心の貧しさを何としても克服させなければならないと考えたからです

たとえばアメリカにおいても同じです。キング牧師やですね、あるいはマルコム・Xのような人々、暴力主義で訴えた人もいますし、非暴力主義で訴えた人々もいます。

まともな人間として扱ってもらうためのそのような公民権運動をやったのは、すべて黒人の心の貧しさ、そのような人間としての誇りを失っている黒人に、人間を取り戻させたいと考えたからに他ならないんです。」25-26頁。
 

 

 

社会の底辺にいる本当に貧しい人たちは、自分の貧しさに気づいていないことも多い。あるとき、自分の貧しさに気づいたとしても、底辺にいる人たちが自力で社会を変えることはできない。リーダーが必要である。

 

革命のリーダーになるのは、本当に貧しい人たち自身ではない。貧しい人たちが屈辱を受けていること、それに気づかない彼ら、それに気づいても自分では改善できない彼ら。その姿に耐えられなくなったエリートが、リーダーになる。

 

リーダー自身は、極貧の人ではない。他者の貧しさに耐えられず、そのために自分の「心が貧し」くなった人が、リーダーになる。

 

リーダーは、君たちは貧しいのだと指摘し、貧しい人々を「心の貧しい人々」に変える。自分たちの貧しさに気づいた人々は、リーダーの下に立ち上がる。

 

こうして、あちこちで革命運動が起こる。歴史には、社会制度化した革命もあれば、社会の一部にとどまる革命もある。

 

そして革命の波が、ひとつの社会全体のうねりになったとき、社会の規範は不可逆的に変化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 06:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人間への鼓舞力こそ、世界遺産の価値 富士山の世界遺産登録について

富士山は、世界遺産に登録されている。それについてのユネスコの説明を読んで、気がついたことがあった。

 

富士山の価値は、「芸術を鼓舞する力  source of artistic inspiration」にある、という語句があるのだ。

 

この説明は、自然美とか信仰の対象とはちがう角度から、富士山の高い価値を認めている。

 

 

 

<芸術を鼓舞する力>という評価は、富士山を描いた北斎の浮世絵が幕末に海外に持ち出され、それが近代西洋絵画にインスピレーションを与えたことを指しているようだが、考えてみると、さらに深いものを示唆していると思う。

 

北斎は、この世(生の世界)をのぞきこんでいるあの世(死の世界)として富士山をとらえた。北斎の富嶽百景は、生と死が同居するこの世界を、浮世絵に描いたものである。

 

北斎の浮世絵の力は、富士山がもつ<死と生の同居>の象徴性によって、この世の本質を伝えたことにある。

 

富士山は動かせないが、浮世絵は海を渡った。北斎を鼓舞したのは、一個の山岳たる富士山であり、西洋絵画を鼓舞したのは、一片の絵画たる北斎であった。

 

富士山の世界遺産登録の功労者は、北斎だったともいえるだろう。

 

 

 

 

北斎にかぎらず、富士山の姿は、どこかわれわれを鼓舞するところがある。

 

世界遺産の本質は、人間を鼓舞する力である。

 

たんなる自然美や、特定の宗教的遺産として富士山をとらえるのではなく、<人間を鼓舞する力の源泉>として富士山を見たユネスコの眼力に、感銘をうけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◯ 資料:ユネスコによる富士山 世界遺産 登録理由の説明文

 

 

 

 

Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration

 

The beauty of the solitary, often snow-capped, stratovolcano, known around the world as Mount Fuji, rising above villages and tree-fringed sea and lakes has long inspired artists and poets and been the object of pilgrimages. Its representation in Japanese art goes back to the 11th century but 19th century wood block prints have made Fujisan become an internationally recognized icon of Japan and have had a deep impact on the development of Western art. The inscribed property consists of 25 sites which reflect the essence of Fujisan’s sacred landscape. In the 12th century, Fujisan became the centre of training for ascetic Buddhism, which included Shinto elements. On the upper 1,500-metre tier of the 3,776m mountain, pilgrim routes and crater shrines have been inscribed alongside sites around the base of the mountain including Sengen-jinja shrines, Oshi lodging houses, and natural volcanic features such as lava tree moulds, lakes, springs and waterfalls, which are revered as sacred.

 

http://whc.unesco.org/en/newproperties/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 05:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
土台の中核は、人の再生産である 史的唯物論の概説本を読み直す

金子ハルオ『経済学 上 資本主義の基本的理論』(新日本新書、初版1968年)

 

ずいぶん前に出た本だが、マルクス経済学や史的唯物論の一般向け概説書として、かつてはよく読まれた(手持ちの1986年4月版で、50刷)。

 

この本には、今日見てもなかなか柔軟な説明をほどこした部分があって、おもしろい。

 

たとえば、「労働力の価値」については、次のように説明している。

 

資本主義の社会では、労働力の価値は「労働者とその家族(その社会の標準的な労働者一家)が生活するのに必要な生活手段の価値に等しい」。そして、その「生活手段」の費用には三種ある。74-75頁。

 

 

]働者自身の維持費...日々の労働による生命エネルギーの消耗を回復するために必要な費用

家族の生活費...次世代の労働者を補充するために必要な費用

O働者の育成費...労働者の技能育成と熟練のための費用

 

 

そして、この費用には物質的要素だけでなく精神的要素が含まれていることを、次のように説明している。

 

 

 

労働力という商品も、価値と使用価値をもっています。...労働者の生活は、社会的にみると、洋服を着たり食事をしたりする物質的・肉体的生活であるだけではなく、本を読んだりテレビを見たりする精神的・文化的生活でもあるのですから、労働力の価値は、他面からみれば、ほかの商品の価値のばあいとはちがって、物質的要素のほかに精神的要素を含んでいます。」(74-75頁。太字は引用者)

 

 

 

別の箇所で、この本は「生産関係の総体」を「土台」と呼んでおり、この土台(生産関係)と生産力の矛盾が、「人間社会の発展の原動力」だと述べている。27, 29頁

 

これだと、生産力すなわち技術や機械の力を含む人間の労働力は、「土台」ではないことになる。生産力じたいは上部構造でも意識諸形態でもないのだから、もし生産力が「土台」に含まれないとすれば、生産力は社会のどこにも居場所がないことになる。

 

ところが、上記の引用部分では、生産力の中核たる労働力は「商品」すなわち生産関係の産物であると明記している。そして、「労働力の価値は...精神的要素を含んで」いるともいう。ということは、労働力を売る人とその家族の全生活、それを中核とする生産力は、立派に「土台」に入るはずである。

 

この本にみられるように、土台とは「歴史的な...社会の経済構造」27頁 である、といった説明が、過去にはよくあった。「土台」とは「経済構造」だと言ってしまうと、雇用関係、産業構造、地域経済の結合状態、経済指標を変動させる仕組みのようなものがイメージされがちで、「生産力」のような抽象的な概念や、家族関係や娯楽などの精神的活動を含む人の生活全体を考慮に入れにくいところがある。

 

社会は、意志(組織)や意味(意識)の生産・交通・消費としてみることもできる。土台とは、とりわけ社会全体を物質的富(人を含む)の生産・交通・消費のあり方からみる思想のことである。

 

土台という思想は、社会をみるひとつの角度にすぎない。しかしそれは、<意識をもち組織をつくる物質・生物としての人>という面から見ているだけに、もっともベーシックな社会観であるといえる。

 

本書のような、1960年代末に出た概説本にも、「土台」とは社会全体を見渡すひとつの思想なのだということが垣間見えると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 06:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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