ごきげんようチャンネル


あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


すぐれた歴史叙述は、具体的事実を一般理論で解析する

いまは下火になった感じもするが、あるべき歴史観については、これまでいろいろと細かい議論があった。

 

たしかに、あるべき歴史観を論じるのは、むずかしい。だが、どういう歴史叙述が望ましいかというと、ポイントは明確ではないかという気もする。

 

たとえば、次の文が述べていることは、どうだろう。

 

 

 

「マルクスの個別歴史的論究の見事さは、豊富な資料の集積と検討を前提として、事実的レベルで再構成された実相を、何よりも一般的な歴史的論理に即して把握しているところにある。」(滝村隆一『アジア的国家と革命』三一書房、1978年、69頁。太字は引用者)

 

 

 

この文は、マルクスが書いた「革命のスペイン」(マルクスエンゲルス全集第10巻所収)と題する歴史分析の内容を、滝村氏(政治理論)が紹介した文章のなかに出てくる。

 

この文によれば、歴史叙述がすべきことは、マルクスが実例を見せてくれたように、よく調べた個別具体的な事実を、一般理論的概念で把握して再構成することである。

 

考えてみれば、これは当然のことを言っているのだが、これができる人は滅多にいないことも事実である。

 

政治理論の専門家は、具体的な歴史事実を自分で調べる訓練に欠ける。逆に、歴史家の書いたものは事実の整理に終始し、使う概念も固有名詞的なものが多く、いきおい、世界史的な視野に欠ける。

 

だから政治理論の専門家は、歴史家が書いた本や論文によって世界史上の事実を広く知り、そのうえに一般理論を構築する必要がある。逆に歴史家は、信頼できる世界史の一般理論を真剣に求める必要がある。

 

もちろん、具体的な事実を整理することも、一般理論を構築することも、どちらも大仕事で、実行は簡単ではない。

 

だが、歴史をあつかう者がやるべきことは、はっきりしているのだ。

 

理論家でも歴史家でもよい。誰であれ、よく調べた個別具体的な事実を一般理論の概念で把握し、生き生きと再構成したならば、それこそが望ましい歴史叙述なのだ。

 

ならば断然、それを実行すべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
歴史とは、社会の価値・意志・意味の認識である

歴史認識の対象は、過去の「社会」だとしても、よりしぼっていえば、過去の社会のなにを認識の対象にしているか。

 

それは、その社会の価値・意志・意味なのではないか。

 

考古学だと、発掘して得られる物質的なものを直接の対象にしながら、消費や破壊によって消失した物質的なものや、その社会の組織や観念も復元することで、われわれは現代にとっての<価値・意志・意味>を探ろうとする。

 

文献史学だと、当時やその後の行政文書、日記、絵図などの史料も活用される。

 

<価値・意志・意味>は、<物質的、組織的、観念的>という社会の三つの側面が発揮する、当時および現在の人間にたいする反射である。それは<もの、ひと、こころ>の、当時のあり方であり、現代における認識上の復元である。

 

そして歴史認識の対象は、けっきょくある社会の<価値・意志・意味>だということにならないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
社会観の基本は物質的・非物質的条件と生活がどう作られているか

「史的唯物論の定式」(マルクス『経済学批判』序説と『ブリュメール18日』にまとまった記述がある)は、見事な記述なのだが、その理解はなかなかむずかしい。

 

このごろ私は、「定式」の概念を、こう編成しなおせばいいのではないかと思う。

 

すなわち、「定式」にいう「意識諸形態」とは、個々人の生活( 『ドイツ・イデオロギー』にいうLeben)のことであり、「土台」とは、個々人の生活の物質的な社会条件のことであり、「上部構造」とは、個々人の生活の非物質的な社会条件のことである、と。

 

物質的・非物質的の二大条件と、そのうえに営まれる生活。これが社会である。

 

そして社会について考えるとき忘れがちなのは、二大条件と生活がどう作られているか(創造)ということと、二大条件と生活が、社会においてどう働いているか(機能)ということは、局面が異なるということである。

 

二大条件と生活がどう作られているかという局面は、個々人からは直接見えにくい。

 

反省してみると、私が注目してきた学説は、作る局面を正面から問題にしたものである。

 

 

個々人の生活の物質的条件を作る局面を問題にしたのが、マルクスの経済学。

 

個々人の生活の非物質的条件の代表は政治・法律だが、そのうち国家という全社会的な非物質的枠組みを作る局面を問題にした、滝村隆一のような政治学。

 

個々人の生活は言語を通して行われるが、個々人が「対象を認識して表現する」プロセス、つまり言語を作る局面を問題にした、三浦つとむのような言語学。

 

 

「働く」局面を現象とすれば、「作る」局面は本質にあたる。二つの局面が相互に浸透しあって、社会が運行している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
土台=物質的条件と上部構造=非物質的条件のうえに、人間は意識諸形態=生活をつくる マルクス「ブリュメール18日」より

マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」に、土台と上部構造の関係についての記述がある。いわゆる「史的唯物論の公式」(経済学批判序説)とあわせて、参考にすべき部分である。

 

 

 

「正統王朝派とオルレアン派... これら二分派を分けていたのは、いわゆる原理ではなく、両者の物質的な生存条件、つまり二つの異なる所有様式だった。古くからの都市と田舎の対立、資本と土地所有との対抗関係だったのである。

 

同時にまた、古い思い出、個人的な反目、不安や期待、偏見や思い違い、共感や反感、信念や信条や原理などが、彼らをどちらかの王家に結びつけたことも否定できまい。

 

所有の、社会的生存条件の、さまざまな形態の上に、さまざまな、独特に形成された感情や、思い違いや、考え方や、人生観から成る一大上部構造がそびえている。

 

一階級全体が、これら [上部構造の構成要素] を、自らの物質的な基盤と、この基盤に対応する社会的境遇からつくりだし、形成するのだ。

 

これら [上部構造の構成要素] は伝統や教育を通じて個々人に流れこんでいくので、個々人は、これら [上部構造の構成要素] が自分の行動を決める本当の動機であり、その起点であると思い込むのである。...

 

私生活では、ある人が自分のことをどう考えどう言うかと、その人が実際どのような人で何をするのかが区別されるのだから、歴史的な闘争ではなおさらのこと、政党のうたい文句や思い込みを、それの実際の体質や実際の利害と区別し、それのイメージを、実態と区別しなくてはならない。...

 

イギリスのトーリー党が長いこと、王制や、教会や、古いイギリスの制度の美点に心酔していると思いこんでいたところ、いざ危なくなると、自分たちが心酔していたのは地代にすぎなかったことを白状せざるをえなかったのと同じである。」

 

 

(マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」、筑摩書房マルクスコレクションIII、38-39頁。太字は引用者)

 

 

 

 

ここでマルクスは、個々人の感情、意識を「上部構造」と呼んでいる。だが私はむしろ、経済学批判序説の用法にならって、政治的法律的に規定された全社会的な編成の具体的形態(国家や憲法など)のほうを「上部構造」と呼ぶことにしたい。個々人の感情、意識の表れは、上部構造というより「意識諸形態」ということになる。

 

すると、上記のマルクスの文が述べているのは、土台は人間の物質的生存条件であり、上部構造は人間の非物質的行動条件であって、個々人はこの二大条件のなかで生活 Leben する、つまり意識諸形態をつくるということである。

 

社会全体がもつ既存の物質的条件(土台)と非物質的条件(上部構造)を、個人や組織が無視したり修正することは、簡単にはできない。むしろ、土台と上部構造は、意識諸形態が展開するための二大条件となる。

 

社会の物質的条件と非物質的条件に規定されながら、当の物質的条件と非物質的条件の全体を変革しようとする活動、つまり社会が社会自身の条件を改変しようとする特殊な意識諸形態(政治家・政党の言動、マスコミの社説、民衆の暴動、デモなど)は、「政治」と呼ばれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

      湯島聖堂  東京

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 05:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
大西洋奴隷貿易 帝国主義の時代を招いた搾取の歴史

大規模な奴隷制に支えられた資本主義の歴史と、その影響が現在までつづいていることを、種々の画像と専門家のコメントで解説したビデオがある。

 

https://www.aljazeera.com/programmes/specialseries/

 

 

われわれの歴史観に深い影響を与える内容になっている。要点をメモしておきたい。

 

 

...

 

 

大西洋奴隷貿易は、それまでの歴史のなかで最大の利益を西洋にもたらした[弘文堂『歴史学事典 644頁によると、大西洋奴隷貿易で運ばれた総数は、1100万人ともいわれる]。

 

19世紀には、毎年10万人の奴隷が大西洋を渡った。

 

19世紀のリオデジャネイロは黒人奴隷輸入港として知られていた。当時の南米・中米は、まるで黒人の国のようだった。奴隷貿易廃止から130年経ったいまでも、ブラジルの黒人は最下層民とされている。

 

当時、中米・南米では、あまりに黒人奴隷が多かったため、白人たちは、彼らが反乱を起こすのではないかと恐れていた。

 

じっさい、フランス革命の影響をうけ、1791年にはじまり12年つづいたハイチ独立革命(ハイチ人口の90%が、外から運ばれてきた奴隷)は、白人を震撼させた。

 

そこで、より近代化された流れ作業による労働方式=いっそう「合理的」な搾取方式が、キューバの砂糖、ブラジルのコーヒー、北アメリカの綿花労働に適用されていった。ハイチの革命は、いっそう過酷な奴隷労働を南北アメリカに拡散するという意味ももったことになる。

 

こうして、南北アメリカにおける砂糖、コーヒー、綿のための奴隷労働が、ヨーロッパの近代化の背景に設定された。

 

ブラジルの森林は伐採され、奴隷労働のためのコーヒー園へと変わり、自然破壊が進行した。奴隷1000人を抱える農園もあった。

 

1800年代のイギリスは、綿などの原料が安く大量に手に入ればそれでよく、それが奴隷労働による必要があるとは考えなかった。だからイギリスはヨーロッパの奴隷貿易の禁止を唱え、みずからを人道的と思っていた。

 

19世紀の前半、実際には、それまで以上の規模で南北アメリカにアフリカ人奴隷が運ばれた。奴隷の出身地は、アフリカの西海岸だけでなく、中部のルワンダ、東部のザンジバルなどに及んだ。ザンジバルでは、現地のイスラム王が東アフリカの奴隷貿易を促進した。

 

アメリカ合衆国では、ミシシッピ川沿いに綿花プランテーションが発達。北部から供給された100万人の黒人奴隷が南部へと買われていった。こうして、アメリカ合衆国はブラジルにつづいて奴隷大国となった。

 

アメリカ合衆国の綿花農園主は、出身地のちがう十代から二十代の男女半々を奴隷として購入し、奴隷を農園で「繁殖 breed 」させた。19世紀後半、奴隷制廃止宣言のころのアメリカの奴隷人口は、400万人。

 

トーマス・ジェファーソンが奴隷輸入の廃止を唱えたひとつの理由は、輸入を廃止すると奴隷の値段が上がり、彼のもっている奴隷が高く売れるからだった。

 

アメリカ合衆国南部では、白人奴隷主による黒人女性に対する強姦が珍しくなかったが、奴隷にはそもそも正当防衛の権利が認めれられていなかった。

 

19世紀後半、大西洋奴隷貿易が国際的に禁止されると、西洋の資本家は争ってアフリカ各地の植民地に進出し、現地の商人と結んで綿花などのプランテーションを開発した。そこでは、アフリカの現地人が、南北アメリカでの奴隷労働に酷似した強制労働にかりだされた。海を渡る奴隷は禁止されたものの、奴隷貿易で得たノウハウは、その後もアフリカ大陸で「活用」されたのである。

 

大西洋奴隷貿易は廃止されたが、奴隷労働は場所と形式を変えて生き残った。

 

じっさい、下の地図にあるように、アフリカの各地が西欧諸国によって急速に植民地化されたのは、大西洋奴隷貿易が廃止されたあとの19世紀後半のことであった。

 

 

 

 

 

1900年ごろを目処に、世界は列強が植民地支配をめぐって対決しあう帝国主義の時代に入るが、その背景には、大西洋奴隷貿易の廃止もあって、19世紀後半に世界の諸地域を列強が植民地として分割しあった事実があったことがわかる。

 

 

 

...

 

 

 

戦争や売買による奴隷は、どの時代にも(現代にも!)存在するが、大西洋奴隷貿易は、歴史上もっとも大規模なものだった。

 

その傷跡は差別と格差となって各地に執拗に残り、人類の負の遺産となっている。

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ループ状交流路がもつ歴史的パワーについて

東海地方では、「東海環状自動車道」という巨大インフラの建設が進行している。東半分はほぼできており、現在は西半分の工事が進んでいる(全長160キロ)。

 

東名・名神・中央、東海北陸、東名阪、新名神と結合するので、東海環状自動車道が完成すれば、名古屋圏は何本もの高速道路網が横断し、かつループ状に囲まれることになる。

 

行政発表の資料によると、こうした高速道の整備は、

 

 

・主要都市間の移動所要時間の短縮→出荷、観光、通勤の便の向上

 

・インターチェンジをもつことによる、自治体知名度の向上→集客・人口誘引力の向上

 

・工場生産物・農産物の出荷効率の向上

 

・緊急医療、災害時の援助ルートの確保

 

 

といった効果がある。全体として、高速道は「持続的なまちづくり」に貢献するという。

 

上記は道路がもつ一般的な効果だが、高速道がループ状につがなることによる特殊な効果として、

 

 

・郊外から都心部への進入・都心部からの離脱のルートが分散されるため、交通集中が緩和される

 

・通過する車両が都心部に入らないので、交通集中が緩和される

 

・災害や事故による一部区間の不通のさい、迂回路が確保できる

 

 

といったものがあるという。

 

 

...

 

 

古い話になるが、日本列島の歴史のなかで近畿地方が中心地になった背景のひとつに、大阪・京都・奈良の平地がループ状につながるという自然条件があったのではないかと、私は思っている。

 

この地域には大和川・木津川・淀川などによる輸送の便があり、西には大阪湾、東には琵琶湖があって、外部との水運のつながりも確保できる。

 

このように、ぐるりとループをなす流通ルートがあると、左右どちら周りでも移動できるため流通量が増える、三角貿易的な売り買いを重ねながら効率的に利益を得て帰還できる、といった効果が期待できる。それだけに、一帯を政治的に統一しようとする動機も強まったであろう。

 

古代の都が、どれも近畿地方で建設されたのは、地域内外の多様な物産や人間が、ループに沿って円滑に交流できたからかもしれない。

 

古代の地中海文明や、大西洋の奴隷貿易も、海の交通により、多角的なループ状の結合が可能だったことが、有利な条件になったのではないだろうか。

 

...

 

 

上記の東海環状自動車道の例では、中心に名古屋という人口集中地があり、そこへの交通集中を緩和することが、ループ状道路建設の大きな目的に入っている。そこは古代とのちがいになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
強いから弱くなれる 弱い人が強い人をつくる

一見、菩薩にみえない人たちがいる。

 

赤ん坊、子ども、病人。

 

こういう人たちは、他者の手助けを求めている。弱い人を助ける人は、強い菩薩になれる。

 

強い菩薩を生むのは、弱者たちだ。

 

 

非暴力のガンジーは「弱い人」のようにもみえる。だが、弱いからこそ、多くの独立運動家を生み、キング牧師を励ました。

 

ガンジーは強いから弱くなれた。弱くなれたから、多くの菩薩を生んだ。

 

スーパー菩薩は、強いから弱くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 08:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「古墳時代」の人類史的意味

『古墳時代の考古学』という10巻シリーズが、2010年代に発行されている(同成社刊)。

 

「刊行の趣旨」と題する編集代表者の文に感心したので、メモしておきたい。

 

 

「社会の膨大なエネルギーが墳墓記念物の造営に投入されたという点で、日本史上でも異彩を放つ古墳時代。上古の日本に高大な墳墓を造って死者を弔う事例が存在したことは、江戸時代以前から人びとの知るところであったが、その存在を以て一つの時代を画そうとという試みは、いまだ日本の近代考古学揺籃期の空気が漂う19世紀末に、八木奘三郎によって提唱された。八木自身が慎重にも『便宜上』という語を付して呼称した『古墳時代』は、以来幾多の発見と研究の積み重ねを経て、また、とりわけ皇国史観の強要から解放された第二次世界大戦後の実証的、理論的研究の進展によって、今日では明確な歴史的意義と内容を有する時代として区分されるに至っている。」

 

 

「古墳時代」という名称と認識は、ここ100年ほどの曲折を経て、次第に確立したことがわかる。

 

日本史の時代名は、政治の中心となった地名を冠することが多いが、「古墳時代」は、無数の「墳墓記念物」をもって時代名としている。それは、「旧石器」「縄文」「弥生」のように、器物の様式による時代名とも異なる、雄大なイメージを喚起する名称だ。

 

それは、今日のわれわれから見て、そうとう異質な生産力と観念が支配した時代であった。

 

われわれがそうした時代との結びつきを見出すとすれば、「ご先祖の話」といった直系的な感覚よりもむしろ、世界史・人類史という地球横断的な思考経路を経由したほうが、生産的なような気もする。

 

大型の墳墓をさかんに造営した時代。これは、人類史のあちこちに存在した。

 

大型造営物に社会のエネルギーを集める人間の行為の価値・意志・意味の多様性と変化という角度から、人類の歴史を考えてみるのも面白いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
それが必要のようにみえるのは、それがそこにあるから

商品、貨幣、国家、軍隊といったものは、必要なようにみえる。ないと困るし、なくならないようにもみえる。

 

そうかもしれない。

 

だが、商品、貨幣、国家、軍隊が必要なようにみえるのは、げんに商品、貨幣、国家、軍隊がそこにあるからかもしれない。

 

げんにあるものについては、人間はその存在理由を納得しようとする。

 

断捨離(だんしゃり)という言葉が定着している。だが、断捨離したすっきりライフは、なかなか実現しない。そのひとつの原因は、すでにあるものがなくなることへの不安だろう。

 

原因と結果を混同することを、「転倒した認識」という。

 

商品、貨幣、国家、軍隊が存在するのは、それを必要とする原因があるからだと、われわれは思う。

 

だが、そうではないのかもしれない。

 

げんに商品、貨幣、国家、軍隊があるから(つまり商品、貨幣、国家、軍隊の存在が原因で)、われわれはそれが必要だと思ってしまい、それが必要だと思うから、商品、貨幣、国家、軍隊という原因が、結果として生まれつづける。

 

転倒した認識、すなわちいったん確立した思考の堂々めぐりを打ち破るのは、むずかしい。だが、仏教にせよ、マルクスの商品論にせよ、画期的な思想は、思考の堂々めぐりに気づくところからはじまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 07:10 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
権力は心の構造に基盤がある(長文)

一般に政治学では、権力 power の定義がはじめのほうで論じられる。政治は権力現象の一種なので、あらかじめ権力の本質をとらえておく必要があるからだ。

 

滝村隆一氏(1944-2016)の政治学も、権力の定義がはじめに出てくるのだが、その内容がやや難解になっている。このことは、滝村氏の理論が理解されない一因になっていると思われる。

 

滝村氏による権力の定義として、まとまりの良い部分を引いてみよう。ややこしい言い方になっているが、まずはそのまま引用する。

 

 

「諸個人によって<観念的に対象化された意志>が、ちょうど反転するように観念的に客観的な存在として、諸個人の<独自の意志>を規制し拘束したとき、この<観念的に対象化された意志>を<規範>という。そして<権力>とは、何よりもこの、諸個人の<独自の意志>を規制し拘束する、<規範としての意志>の<観念的支配力>を、とりあげたものである。」(滝村隆一『国家論大綱 第二巻』勁草書房、2014年、435頁。以下、滝村『国家論大綱』と記す)

 

 

人間社会には、物質的財貨を生む力(生産力)もあれば、人間の相互関係を生む力もあり、両者は車の両輪のような関係にある。これらをあわせて「社会的諸力」と呼ぶと、権力とは、「社会的諸力」を、人間どうしの支配/服従という側面からみたときの概念である。友人関係でも、家族でも、クラスでも、会社でも、たいていの社会関係において権力は日々発動している。

 

権力は商品のように一個の物として目に見えるものではなく、その本質は支配/服従という「観念的事象」、すなわち人間の心のあり方にある。(滝村『国家論大綱 第一巻上』56頁)

 

といっても、ここから話が少々むずかしくなってくる。ありていに言って、これまで社会科学は、人間の心の仕組みについて明確な理解をもたなかった。社会科学者ばかりでなく、たいていの人は、権力とは心の仕組みの問題だと言われても、ピンとこないであろう。

 

そこでまず、人間の心の仕組みを一枚の図に描いてみよう。もちろん、これは私(三浦)の私見である。

 

 

 

                

      対象 ←   <行動>   ←  自分

 

             規範        ↗

                ↘

              ↑   <意志>

                                               ↗

              自己

 

 

 

 

この図において、心は自己と自分に分裂している。自己は、客として、ドライバーとして、住民として...など、機会に応じていろいろな種類が立ち上がる。自己は、いろいろな規範を参照し、規範による命令を受けながら意志を形成し、その結果、身体をもつ自分が対象に向かって行動する。

 

先に引用した滝村隆一氏の権力の定義は、上の心の図の規範の部分に、<組織が制定した意志>が来る場合のことを述べていると考えられる。

 

 

 

     対象 ←   <行動>   ←  自分

 

         組織が制定した意志  ↗

                

             ↑    <意志>

                                             ↗

              自己

 

 

 

個人の自己は、おのおの独自の意志をもっているが、自己は自分の属する組織が制定した意志をつねに参照しなければならない。組織が制定した意志=組織的規範による命令を受けて、自己の意志は拘束され、この拘束された意志にもとづいて、身体をもつ自分は対象に向かって行動する。個人はいろいろな組織に属しているから、「今度の土曜は、会社を休んで子どもと出かけるべきか?」などと、父親としての自己と社員としての自己が葛藤する場合もある。このとき、<組織が制定した意志>という特殊な規範による自己の意志への支配力(図の  )が、権力である。

 

権力者とは、この<組織が制定した意志>という特殊な規範の裁可・決定権をもっている人物のことである。

 

そして権力のなかには、国家に属するすべての自己を拘束するとりわけ強力な権力=<権力のなかの権力>がある。<権力のなかの権力>には、社会の成員全員の物質的生活に関わる経済的権力(たとえば電力会社)と、社会の成員全員の観念的生活に関わる政治的権力(たとえば国家権力)がある。政治的権力には、神的・宗教的なもの、情報的・思想的なもの、法的・現実的なものといった区別がある。(滝村『国家論大綱 第一巻上』2003年、64頁参照)

 

...

 

社会関係とは人間がつくる関係であるから、当然、その本質には人間の心が関わる。

 

したがって、社会関係の分析にあたっては、人の心の構造を理解しなければならない。心の理解が欠けていれば、権力の分析といっても、目に見える具体的な行動やその結果を観察し、その社会的「機能」を論じるぐらいしか方法はなくなる。いきおい、分析は場当たり的になる。

 

滝村隆一氏は、しごく真っ当な権力観を述べているのだが、滝村氏自身をふくめて、これまでの社会科学は、上のような人間の心の構造を明瞭に提示しなかった。そのため、われわれは権力の本質についての理解を共有しにくかったのである。

 

 

 

 

 

注:権力とは、心理的服従であるという有力な見方がある(たとえば丸山眞男)。しかし、<組織が制定した意志>=規範による拘束は、心理的服従とイコールではない。心理は、同じものに対しても人によって異なりうるし、同意や承認を拒む余地があり、服従しなくても罰せられるとは限らない私的なものである。それに対して規範は、たとえば社内規定や法律のように、いったん発せられれば制定した当人も従わねばならない客観性をもち、それにしたがって行動しなければ処罰の可能性がある社会的なものである。権力とは、たんなる心理的服従ではなく、<組織が制定した意志>=規範という社会的客観的な存在がもつ、成員全員の意志を現実に拘束する一般的な力をいう。この点につき、滝村『国家論大綱 第一巻上』238ー239頁参照。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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