ごきげんようチャンネル



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名前が思考を誘導する 「銃規制」「放射線」「安保」

アメリカでは、銃の規制が長いあいだ問題になっている。

 

銃規制を強化すべきとする勢力は、自分たちの運動の目的が

 

 

"gun violence prevention"(銃暴力予防)

 

 

にあると規定している。問題は、銃による過剰な暴力であって、銃の保持そのものに反対するわけではないことを示唆しているわけである。

 

他方、銃規制の強化に反対する勢力は、問題を

 

 

"a debate over gun rights" (銃保持権論争)

 

 

 

と呼ぶ。銃の保持を「権利 rights」と呼ぶことで、銃規制の強化が当然視されないように工夫しているわけである。

 

 

いずれの勢力も、問題を "gun control " と直接的に呼ぶのを避けて、迷っている人たちの反発を回避しつつ、問題の本質を自分に有利なように定義している。

 

 

 

http://www.npr.org/blogs/itsallpolitics/2013/02/26/172882077/loaded-words-how-language-shapes-the-gun-debate

 

 

 

この記事は、こうした言葉使いの違いは枝葉末節のことではなく、まさしく問題を難しくしている一因だと指摘している。

 

 

 

 

 

 

1991年の国際プルトニウム会議で、イギリスのアリス・スチュアートは、長期の研究の結果、「低レベル放射線」というより「ピンポイント放射線」というほうがよいと考えるに至った、という報告をして注目された。

 

放射線は「針の先で突くようにして細胞の核を傷つける」のが大きな特徴である。だから「ピンポイント放射線」というのが適切だと。(市民意見広告運動編『核の力で平和はつくれない』合同出版、2012年8月、9頁)

 

もしマスコミが、「低レベル放射線」ではなく「ピンポイント放射線」と報道しつづけたとしたら、どうだろう。放射線の危険性についての人々の認識は、もっと鋭くなるのではないか。

 

 

 

 

 

 

言葉使いが人の思考を誘導している例といえば、日米「安保」とか「安全保障条約」もそうである。

 

普天間基地をかかえる宜野湾市の市長は、次のように書いている。

 

 

 

「沖縄で脅威の議論をすると、海兵隊や米軍そのものが脅威だということになります。その米軍がわれわれをどこかの直接的な脅威から守っていると信じる人は、沖縄には一体何人いるのか。」(伊波洋一『普天間基地はあなたの隣にある。だから一緒になくしたい。』かもがわ出版、2010年10月、89-90頁)

 

 

 

騒音や事故や犯罪など、日々の「脅威」だけでなく、米軍が沖縄に集中して存在するということは、沖縄が「敵」の最初の攻撃目標になることも意味する。

 

沖縄にとって米軍の存在は「安保」ではなく、「脅威」というほうが当たっている。

 

ならば、在日米軍が日本の「安保」のためだと表現する人は、沖縄を「日本」から除いて考えていることになる。日米「安保」という表現は、「沖縄排除」という側面を長期にわたりおおいかくす効果をもってきた。

 

 

 

 

 

 

最後に、先の記事にある言葉を引いておく。

 

 

"Words do more than just describe the world. 

 

They literally define it. They shape and frame it."

 

 

 

http://www.npr.org/blogs/itsallpolitics/2013/02/26/172882077/loaded-words-how-language-shapes-the-gun-debate

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 07:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
シリアへのミサイル攻撃は違法かつ危険 それに代わる手段はなにか
アメリカではシリアへの攻撃の是非がさかんに議論されている。

しかし、アメリカの大手マスコミでは、そもそも自国が危険にさらされていない事態への軍事攻撃は国際法で認められていない違法行為であることを前提にした議論がほとんどない。

今のオバマ政権のロジックによって攻撃をはじめた場合、先方からなんらかの反撃があれば、アメリカは再反撃に出るほかなくなる。それはオバマ政権もわかっているはずである。

もしそうなれば、米軍を中東での地上戦にひきずりこむことを目標にしているアルカイダに近い勢力の、思うツボということになる。

また、いくつかの組織、個人、そしてシリア政府が、ミサイルが飛んできそうなところに、あえて人を集める<人間の盾>を実行しているという情報もある。




アメリカの「大国病」は慢性的レベルだが、この軍事大国の思い上がりを冷静に批判する人々もいる。

たとえば、アムステルダムの研究員のある論説は、アメリカは軍事攻撃の代わりに、どうしたらいいかを明快に述べている。



http://www.aljazeera.com/indepth/opinion/2013/09/201391142319670421.html



要点を摘記すると、


◯ アメリカは国連の第二次調査団派遣を支持する。今回は、化学兵器を使用した者を特定することを任務とする。

◯ アメリカは国際刑事裁判所に早期に加盟し、その強化に協力し、化学兵器使用の責任者の処罰を推進する。

◯ アメリカはロシア、イランのシリア政権援助をやめさせるための外交交渉をおこなう。他方で、サウジなどのアラブ諸国に対しては、これら諸国への軍事援助の中止の可能性を示して、シリアの反政府派への支援をやめさせる。


いずれも、軍事攻撃ではなく外交的手段によって内戦の終熄をねらう方策である。




この論説でおもしろいと思ったのは、アメリカの軍事産業を転換させるアイディアが書いてあることだ。

それは、農務省の予算が農産物の生産調整に使われているのと同じように、ペンタゴンの軍事予算を、軍事産業の民生転換のために使え、というものである。

たとえば、トマホークミサイルを生産している工場を、ソーラーパネルの生産に転換する。そのためにペンタゴンの予算を支出せよ、というのである。これなら、雇用を失うことなく軍産複合体を縮小できる、と。














| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
オバマ政権のシリア攻撃は正当か <体制>が政治家の頭を支配している好例
地中海のアメリカ軍艦船が、シリアをミサイル攻撃する可能性が高まっている。

オバマ大統領は、「残虐な化学兵器を使用した勢力が、なんの処罰もうけないのは正義に反する」という理由をあげているが、これは一種の思い上がりをふくんでいる。

アメリカには、<世界に悪い奴がいたら、罰するのはアメリカだ>という先入観があるのだが、そんな国際法は存在しないし、そもそもアメリカの威信が著しく低い中東では、アメリカの軍事介入はそれほど期待されていない。




米軍は、冷戦が終わってヒマになるのではないかと誰もが思ったが、事実はその逆で、ここ30年で何度も実戦にかりだされた。

いったいなぜ、アメリカは他国に軍事介入したがるのか。

その理由について、世界の紛争の多発、ハイテク兵器による攻撃の容易化、ワシントンの一部の大統領周辺が大統領をうまく誘導している、といった事情をあげた記事があったが、こうした見方は、もっと根本的な原因を見落としている。


http://www.npr.org/blogs/parallels/2013/08/31/217220184/why-are-presidents-calling-on-the-military-so-often


もっと根本的な原因とは、日本の全税収に匹敵するほどの大金を投じて、あいかわらず米軍を世界に展開しつづけている、アメリカの軍事体制自身である。

その軍事費は、アメリカ各地に広がる軍事産業をうるおし、アメリカの雇用と経済に深く根付いていることもあり、アメリカ政府はこの馬鹿げた支出を止めることができない。

また、歴史的にみれば、そもそもアメリカという国は独立戦争によって樹立された国家であるから、軍事力の絶対不行使という発想は自己矛盾になってしまうという事情もある。

そうした歴史・政治・経済・軍事体制に立脚した政府である以上、「正義」をおしたてることさえできれば、軍事力を実際に行使したい、行使すべきだという欲求と圧力は、つねに存在する。

こうした体制的背景がある以上、軍事行動への欲求と圧力は、誰が大統領になろうが、消えることはない。

じっさい、体制と「正義」がありながら、もしもアメリカ大統領が軍事行動に踏み切らなかったら、「弱腰」という評価を受けることになる。



もしアメリカのシリア攻撃が実行されたら、かつてレーガンやクリントンがおこなったレバノンやリビアへの攻撃がそうだったように、シリア(およびその友好国やテロ集団)は、アメリカ人の乗った飛行機の爆破・ハイジャックや、アメリカ人誘拐などで反撃してくる可能性が高い。

アメリカへの反撃は、小規模な行動でも可能である。



http://www.npr.org/blogs/parallels/2013/08/27/216194529/limited-u-s-strikes-followed-by-major-attacks-on-u-s






もしもオバマ大統領がシリアへの攻撃を命令すれば、彼の政権の大きな汚点となるばかりか、事態をいっそう紛糾させることは間違いない。










(おわり)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 20:55 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
オバマ大統領をオスプレイに乗せよう!
昨年、日本に配備されたオスプレイの飛行状況について、防衛省が調査したところ、合意違反はなかった、というニュースをさっきNHKがやっていた。

アメリカ側は、



「オスプレイは安全が確認されており、オバマ大統領が搭乗することも考慮している」



と言っているそうだ。

それなら、ぜひともオバマ氏に乗ってもらおう。

最近のアメリカ政府のように、課税問題だとか無人攻撃機の問題だとか、次々に発生する問題に後追い的な対応をしている政権は、本質的な変革に手をつける余裕を失う。

そんなとき、オバマ氏が誇る「世界一の軍事力」の象徴たるオスプレイに乗り、アメリカの力を満喫するのは、彼にとってうれしいことかもしれない。

そして、どうせ乗るならエアフォースワンはもうやめて、全部オスプレイにしたらどうだろう。

オスプレイとはどういうものか、大統領も世間も、そうすればいっそうよくわかるだろう。











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世界の戦争は<内戦>へと移行している おわり

テロや中東情勢にみられるように、国家どうしの対外戦争だけでなく、「内戦」すなわち国家と社会のあいだの暴力の問題がいっそう重要になっている。



 

対外戦争が下火になるにつれ、それを上回る複雑さと狡猾さをもった「古くて新しい戦争」すなわち内戦への対処が、人類の課題としてあらためて浮上してきた。

 

いまもつづくシリアの内戦は、その例であるように思われる。

 

 

 


(おわり)





| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世界の戦争は<内戦>へと移行している その3

戦前の「内戦」の例として、日本の植民地となった台湾をみてみたい。



 

日清戦争によって台湾を獲得した日本は18955月、台湾統治を開始しようとするが、台湾現地住民の武装抵抗に直面する。



 

これに対して日本は1年間で5万人の軍人と26000人の軍夫を投入し、17000人の台湾軍民を殺害した。



 

その後も1902年まで中国系住民の抵抗がつづき、さらに1915年まで先住民族を中心にゲリラ的武装抵抗がつづいた。

 

人口300万人の島での20年間にわたる「内戦」で、少なくとも3万人が殺戮されたのである。

 

この制圧戦に動員された日本兵は、日本各地から抽出され、交代で派遣されたものであり、さながら台湾は全国日本人将兵のための住民殺傷演習の地となった。



 

日本軍が台湾住民に発砲と放火を長期にわたってくりかえしたのは、住民が異民族であったことや、帝国の内部ゆえに国際的な監視がなかったという事情があった。

 

以上の台湾制圧戦の事実を述べた論考は、次のように要約している。



 

「初の植民地台湾の獲得は、初の大規模な征服戦争を伴い、この征服戦争で初めて日本軍はゲリラ戦的戦闘を経験した。

 

日本軍は日清戦争よりはるかに長い期間、攻撃手段に一切の規制のないゲリラ的鎮圧作戦を経験しつづけていたのである。」



 

(荒川章二「日本近代史における戦争と植民地」『岩波講座アジア・太平洋戦争1 なぜ、いまアジア・太平洋戦争か』岩波書店、2005年、185頁)



 


この台湾「内戦」の歴史的意味は、今日まであまり認識されていない。



 

 




(つづく)






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世界の戦争は<内戦>へと移行している その2

一国内での、国家による社会に対する暴力を「(上からの)内戦」と呼ぶとすれば、その特徴は、



 

国家の暴力のほうが力において社会の側を上回る。

 

しかし社会は成員数で国家を上回る。

 

そして暴力を正当化する大義は互いに十分である。



 

このため内戦は長期化しやすい。



 

内政不干渉の原則のもと、国際的な監視や規制が弱いので、内戦は残虐化する傾向がある。

 

とりわけ社会のなかの少数民族に対しては残虐な行為がおこなわれやすい。

 

結果として、内戦は犠牲者が多数になる。

 





 

(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世界の戦争は<内戦>へと移行している その1

はじめに、数字をメモしておこう。すべて死者の数である。

 

ソ連 6200万人

中国 3600万人

ナチスドイツ 2100万人

ポルポト政権四年間のカンボジア 200万人(全人口600万人)

インドネシア 73万人



 

これは国際戦争の死者ではなく、内戦や投獄や強制移住、民族紛争など、ひとつの国のなかでの「国家による社会への暴力」による死者の数である。

 

アフリカや南北アメリカにもおびただしい類例がある。

 



「国家間の戦争の犠牲者数よりも自国政府による人民の殺害の数のほうがはるかに多い」



 

というのもうなずける。(吉川元「国際安全保障論を刊行して」『書斎の窓』200812日号、13頁)



 

さらに、戦前日本の治安法規による弾圧死は戦争ではないが、「自国政府による人民の殺害」である。

 

対外戦争のための徴兵・従軍による戦死者、襲撃・空襲・食糧不足などによる非戦闘員の強制死も、間接的ながら「自国政府による人民の殺害」とみなせる。

 

また、植民地になったあとの朝鮮半島や台湾での日本官憲による制圧死は「大日本帝国」内部のものであるから、対外戦争による死者とはいいにくいところがある。



 

こうしたケースも入れれば、人類の歴史において「国家による社会への暴力」に起因する死者は、さらに多数となる。

 




(つづく)




 


| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 13:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「主権回復の日」式典に賛成する マキアヴェッリの教訓 おわり
『君主論』は、


「人民は優しくてなずけるか、さもなければ抹殺してしまうかだ」22頁。


という言葉で有名である。

米軍基地も原発も、直接の被害を受けた人々を散り散りにし、貧しくして、実際上「抹殺」するという支配の手法をつかっている。




政府は4月28日、「主権回復の日」の記念式典を行うそうだ。

たしかに、サンフランシスコ平和条約によって日本はある意味の主権を回復したのだから、それを記念したいならそれもよい。

ただし、それなら、サンフランシスコ平和条約で「日本」から切り離され、土地を奪われて散り散りにされ、貧しくされた沖縄の代表を式典に呼び、発言してもらうのが正当なやり方だろう。

そういう記念式典なら、私は賛成する。











(おわり)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「主権回復の日」式典に賛成する マキアヴェッリの教訓 その2
沖縄の米軍基地問題や原発問題は、上記の②と③ の性格を兼ねているといえるだろう。

③ のように、マキアヴェッリが推薦しない大規模軍の駐留は、米軍が日本列島を拠点にしてグローバルな海外戦を想定している限り、彼らにとっては避けがたい。

また、日本を原発で支配しようとすることは、軍事基地をおくことに似ている。

その基地や原発を「点々と場所を変えて」設置しようとすると、人民が「君主の敵」になってしまう。

ここで「君主」とは誰か。「点々と場所を変えて」とはどういうことか。

言わなくてもわかるだろう。


そして、悲しくも鋭いのは、マキアヴェッリの② の指摘である。

沖縄でも3・11でも、直接の損害を受けた人々は全体からみれば少数であり、しかも損害を受けた人々は


「散り散りになり、貧しくなるゆえ、君主に危害を及ぼす恐れはない。」21頁。










(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 08:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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