ごきげんようチャンネル

あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
        ヤコブの手紙 5:3    

わかる・きたえる・勝つ! スリーステップで成功する方法

先日、論文を書き終えた。タイトルは、「連関の論理」。

 

この世のあらゆるものの運動に秘められた基本ロジックを、マルクスの『資本論』から抽出したもの。

 

連関の論理は、われわれの人生にも応用できる。それによると、世界のあり方に沿った、自然な成功法(正攻法?)は、次のようなスリーステップになる。

 

 

 屬錣る」ステップ。何事にも、「わかる」作業が必要。なんのためにそれをするか。目的が「わかる」こともここに含まれる。最良の「わかり方」は、あこがれること。あこがれるということは、好感情とともに対象の個性をつかんだということであり、あこがれると、ひとはそれに向かって自動的に努力しはじめる。スポーツでいえば、ルールや技や戦術を知ったり、スターにしびれたり、歴史を知ったり、今期の戦略を考えたりするステップ。

 

◆屬たえる」ステップ。わかっただけではモノにならない。わかったうえで、繰り返しきたえる。なんのために? そう。,如屬錣った」ものにおいて、「勝つ」ためである。スポーツでいえば、ジムで鍛えたり、基礎練習したりするステップである。

 

「勝つ」ステップ。,皚△癲◆崗,帖廚海箸暴弧鵑気譴襦なんのために「勝つ」か。誰に「勝つ」か。「勝つ」にはどうすればいいか。これが,鉢△瞭睛討魴茲瓩襦勝てるかどうかは、,鉢△砲茲辰瞳茲泙襦スポーツでいえば試合で勝つこと、良い成績をつくることがこのステップにあたる。

 

 

不当に軽視されてきたのが、,痢屬錣る」ステップである。,ていねいに成功すればするほど、◆屬たえる」は苦痛でなくなる。 屬錣る」が深まるには、の「勝つ」体験が役立つ。

 

「きたえる」ことが苦痛だとすれば、なぜきたえているのか「わかっていない」からであり、「勝った」体験が不足しているからである。

 

このように、 屬錣る」、◆屬たえる」、「勝つ」が一体になったとき、間違いなく成功するのだが、なにより、まずやったほうがいいことがある。

 

それは、成功には、 ↓◆↓の三つのステップが必要であることをまず理解する、ということである。そして、いま自分は三つのステップのうちのどれをやっているのかを、明確に意識することである。

 

いま自分は、「わかろう」としているのか、わかったことを「きたえよう」としているのか、相手に「勝とう」としているのか。

 

これらが同時におこなわれ、重複することもあるが、成功には三つの異なるステップが必要であることが「わかっている」ことが、成功をもたらす秘訣である。

 

つらくなったら、「わかる」ステップにもどる。もし、自分のやっていることが不要であることが「わかった」なら、さっさとやめて、別のことで成功すればよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 07:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
一人で語ることの力 キング牧師の"I have a dream speech" 秘話  おわり
もうひとつは、"I have a dream. ..." の言葉の力の源泉は、 "I"  にあるのではないか、ということ。

「私」とか "I"  とか言うとき、人はたいてい自分の身体を指しているような気がしているが、正確には、 "I" とは<話し手>を概念化したときに言う言葉である。

たとえば、He said, "I'm tired." という文での "I" は、he が<話し手>であることを表している。この文を言った人自身のことではない。

 "I" とは誰でもよい、話し手たる<自分>を指す言葉である。

もちろん、聴衆も、"I have a dream." の "I"は、 キング牧師の身体を指すものと理解しただろう。

しかし、じつは、キング牧師は、自分の前にいる”自分”(キング牧師の、いわば鏡像)が話し手だから、キング牧師はその自分を "I" と言ったのである。(自分の前にいる”自分”が話し手でなかったら、he と言ってもよかった)

 "I" をめぐる事情は、聴衆の一人一人にとっても同じである。

聴衆は演説をしているわけではないが、キング牧師が"I have a dream." と言ったとき、その "I" は、聴衆自身を指す"I" でもあった。

ちょうど森の木々のように、キング牧師も25万人の聴衆も、自分自身の "I" を立ちあげて、それぞれが "I have a dream." と伸び上がるような気持ちになれたのではないか。

もちろん、オバマキャンペーンのときの”Yes, we can.” のように、we をつかって、"We have a dream." と言ってもよかったかもしれない。

しかし、we は "I+you" である。人種差別問題のように、一人一人の良心= "I" に訴えるときの力は、"I have a dream." のほうが強かっただろう。

孤独な "I" がもつ力は、youよりも、weよりも、強いことがある。








(おわり)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
一人で語ることの力 キング牧師の"I have a dream speech" 秘話  その1
キング牧師の"I have a dream speech" について、ふたつのことをメモしておきたい。



ひとつは、奇跡の瞬間というのは、準備されながらも即興であるとき、あるいは、即興でありながらも準備されていたとき、生まれるものらしいということ。

1963年8月28日、ワシントン大行進での歴史的演説については、キング牧師のスピーチライターが証言を残している。

それによると、前日、ホテルでキング牧師、スピーチライターを含む7人が集まって演説の内容について相談した。



http://www.forbes.com/sites/carminegallo/2013/08/27/public-speaking-how-mlk-improvised-second-half-of-dream-speech/



出来上がった原稿は、事前に報道陣に配布された。

ところが、演説がはじまってしばらくしたとき、近くにいた、友人で歌手のマヘリア・ジャクソンが、「例の、夢の話をしてよ。 Tell'em about the "dream."」と言った。

「例の、夢の話」とは、二ヶ月前にキング牧師がデトロイトで演説したとき、"I have a dream." のリフレインを用いたことを指していたらしい。

ただし、マヘリア・ジャクソンが二ヶ月前のデトロイトでのキング演説も聞いていたかどうかは確認できない。

そのデトロイトでの演説は全文が残っているが、ワシントン大行進での演説に言葉使いまでよく似ている。"I have a dream." にはじまる名文句は、ある意味で準備(予行演習?)されていたのである。



http://mlk-kpp01.stanford.edu/index.php/encyclopedia/documentsentry/doc_speech_at_the_great_march_on_detroit/



ワシントン大行進の日、マヘリア・ジャクソンは、キング牧師の演説が、格調は高いが原稿を読み上げるだけで活気がないことに気がついて、


「例の、夢の話をしてよ。」


と言ったのだろう。

マヘリア・ジャクソンの言葉は、周囲の数人にしか聞こえなかったが、キング牧師は、原稿をかたわらに押しやると、目をあげ、組織や運動の代表者としてではなく、個人として語りはじめた。

それが "I have a dream." にはじまる、もっとも有名な部分となった。

そこで語られた、食卓での歓談のイメージや天地の変動のイメージはまさしく聖書的で、いかにも牧師が教会で語る言葉であった。

その説教調こそ、キング牧師の個人的資質がもっともよく表現される表現様式であった。









(つづく)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 06:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人間への鼓舞力こそ、世界遺産の本質  富士山の世界遺産登録について
富士山が世界遺産に登録されたというニュースがあったが、それについてのユネスコの説明を見て、ひとつ気がついたことがあった。

富士山の価値は、「芸術を鼓舞する力 source of artistic inspiration」にある、という語句があるのだ。

この説明は、自然美とか信仰の対象とはちがう角度から、富士山の高い価値を認めている。



具体的には、富士山を描いた北斎の浮世絵が幕末あたりから海外に持ち出され、それが近代西洋絵画にインスピレーションを与えたことを指しているようだが、<芸術を鼓舞する力>という語句は、さらに深いものを示唆していると思う。

北斎は、あの世(死の世界)がこの世(生の世界)をのぞきこんでいる異形の怪物として富士山をとらえ、死と生が同居する世界を浮世絵に描いた。

北斎の浮世絵の力は、富士山がもつ<死と生の同居>の象徴性によって、この世の本質を伝えたことにある。

それが<芸術を鼓舞する力>となって、西洋にも伝わったのだ。

富士山の世界遺産登録の第一の功労者は、北斎だったともいえるだろう。




北斎にかぎらず、富士山の姿は、どこかわれわれを鼓舞するところがある。

文化の本質とは、人間を鼓舞する力のことだ。

富士山をたんなる自然美や、なにか特定の宗教的遺産としてとらえるのではなく、<人間を鼓舞する力の源泉>として把握したユネスコの説明に、感銘をうけた。







◯ 資料:ユネスコによる富士山 世界遺産 登録理由の説明



http://whc.unesco.org/en/newproperties/

The beauty of the solitary, often snow-capped, stratovolcano, known around the world as Mount Fuji, rising above villages and tree-fringed sea and lakes has long inspired artists and poets and been the object of pilgrimages. Its representation in Japanese art goes back to the 11th century but 19th century wood block prints have made Fujisan become an internationally recognized icon of Japan and have had a deep impact on the development of Western art. The inscribed property consists of 25 sites which reflect the essence of Fujisan’s sacred landscape. In the 12th century, Fujisan became the centre of training for ascetic Buddhism, which included Shinto elements. On the upper 1,500-metre tier of the 3,776m mountain, pilgrim routes and crater shrines have been inscribed alongside sites around the base of the mountain including Sengen-jinja shrines, Oshi lodging houses, and natural volcanic features such as lava tree moulds, lakes, springs and waterfalls, which are revered as sacred.





| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「人は見ようとして見、知ろうとして知らないと、見えない、知らない」 アイガモ農法が教える知恵 おわり
◯ 物理柵と心理柵。

海苔網などは、動物園の柵と同様、物理柵。

これとちがって、電気柵は心理柵。

田に電気柵を張り、野犬のエサを置いておくと、彼らは強い電気ショッックを体験する。これだけで、彼らは二度と近づいてこない。

これはアイガモにとっても同様で、電気柵があれば、田の外に出ることはない。

電気柵は、野性動物にとっても、人間界との「棲み分け」という積極的な役割を果たしている。

電気柵には電気を流しておくだけなので、年に二、三回の充電で済む。

それ以来、四半世紀、野犬の被害はいっさいなくなったという。




… 本能でアイガモを襲う野生動物に対して、物ではなく、「心理」で対抗する高度な知恵。

省エネな仕掛けで、人間界と動物界の本来の棲み分けをとりもどすという、真の知恵。










放送で古野さんは、「今思えば、はじめに野犬にやられてよかった」と述べた。

野犬がいない地域でも、アイガモ農法をつづけていると、いずれ必ず野性動物に襲われる。そのときに備えて、農民たちに電気柵の経験を語っている。

それができるのは、かつて自分が野犬と闘ったことがあるからだ。


自分が苦しんだからこそわかる、万物斉同(荘子)の精神だ。










(おわり)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 08:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「人は見ようとして見、知ろうとして知らないと、見えない、知らない」 アイガモ農法が教える知恵 その2
◯ ヒナをオーダーしたが、なにも新しい対策が浮かばない。

そのとき、偶然、義理の姉の家でサトイモをイノシシから守るための電気柵を目にした。

けっきょく、これが野犬対策の決め手になったのだが、ここで面白いのは、以前からイノシシ対策に電気柵を使っていた人は、古野さんが野犬問題で悩んでいることを知っていたし、古野さんもイノシシ対策の電気柵を以前から知っていたということである。

にもかかわらず、誰も電気柵が応用できることに気づかなかったのである。

次の部分は、いかにも農民の実感がこもった、いい文章である。




「春の田に立ち、目を閉じ目を澄ますと、風の音、ヒバリの鳴き声、ミツバチの羽音、トラクターの音… いろいろな音が聞こえてきます。

しかし、日常は意識を集中している音しか、私たちには聞こえていません。…集中している物しか認識していません。

私たちは聞いていても聞こえないし、見ていても見えていないわけです。

知っていても知らないのです。」(テキスト、55頁)












(つづく)













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 08:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「人は見ようとして見、知ろうとして知らないと、見えない、知らない」 アイガモ農法が教える知恵 その1
アイガモ農法の古野隆雄さんの話(NHKラジオ「こころをよむ」シリーズ)の第四回を聞いた。

今回は野犬との闘いの話。

アイガモを田に放つと、必ず野犬やイタチなどが襲ってくる。

野犬はアイガモを食べるのではなく、オオカミに似た襲撃本能によってアイガモをかみ殺す。

夕方、アイガモを小屋にもどせばよいともいえるが、アイガモ農法を実行する以上、野犬はいずれどうにかしなければならない。

その苦闘の話が、じつに興味深い。




◯ 約三年間奮闘した末、田に海苔網をめぐらす方法を最後の切り札として実行したが、やはり野犬にやられた。

これ以上アイガモを犠牲にできない。

あきらめようとしたとき、小学一年生の長男が、「またヒナ飼うとやろ」と言った。

ここで父親たる古野さんは、再度奮起した。



<ここで断念したら、息子の人生に良くない影響を与える。>



古野さんは、もう一度、アイガモのヒナをオーダーした。



… これはいい話だ。


年長の者があきらめると、それは世代を越えて悪い影響がある。

逆に、ベストを尽くしても、さらに尽くす姿を年長者が見せること。これが世界全体を勇気づける。










(つづく)













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
あらゆることを意識的に<囲いこむ>ことで、パフォーマンスは飛躍的に高まる
さっきラジオで、アイガモ農法で有名な古野隆雄さんがじつに面白い話をしていた。

テーマは、「農業と人生を面白くする」。


テキスト

http://sp.nhk-book.co.jp/text/detail/index.php?webCode=69108582013&utm_source=nhk&utm_medium=www.nhk.or.jp&utm_campaign=text2013



古野氏によると、水禽類を水田に放つのは三千年ほど前に中国ではじまった方法。

したがって、二千年ほど前に日本に稲作が伝わったとき、水禽類がいっしょに伝わった可能性がある。

ならばアイガモ農法は、日本の稲作のはじまりを、ある意味で復活させたことになる。





面白かったのは、アジアでは、昔から「水田の遊牧民」というのがいたし、今もいる、という話だ。

一団のカモをつれて、広大な水田地帯を旅していく「遊牧民」。

カモは水田の雑草をとり、害虫をとり、糞が肥料になるから、他人の水田での「遊牧」が許されているらしい。

途中、カモが産んだ卵を売ったりもする。

そしてカモが肥えて目的地に着くと、カモを売り払って帰っていく。

「水田の遊牧民」は、賤民の一種というところもあるようだが、こういう生業様式があるというのは、じつに興味深い。






古野氏が強調していたのは、「囲い込み」ということを、たんに実行するだけでなく、概念として実体化する(ひとつのまとまった思想ーとくに固有名詞ーにして、使用対象性と価値対象性を与える)ことの重要性である。

そもそも水田は、水を畦(あぜ)で囲い込むことで成り立つ。

同様に、カモは「水田の遊牧民」のように放牧?するのではなく、柵などで囲い込んで畜産化することで、カモがもつ良い効果が集中的に利用できる。

これがアイガモ農法である。

「囲い込み」を明確に概念としてとりあげ、これを農民に説明することで、アイガモ農法の核心がうまく伝わるようになったという。


(実際のところ、現代の日本では、他人の水田に迷惑をかけないためにも、アイガモは囲い込む以外に利用方法はない。)






意識的に自分や他者を「囲い込む」ことによって、もてる力を集中的に発揮すること。

これはあらゆることに応用できるコツだ。


スポーツや勉学、学校、会社、法律、規則などは、人間の行動を「囲い込む」ことで無用のあつれきをなくし、人間の力を集中的に発揮する様式である。

作家をホテルに「缶詰め」にする、クラブで合宿する、などは、「囲い込み」力の典型的な利用法である。

姿勢、マナーのようなものも、自分を囲い込むことで行動をスムーズにすすめるコツの一種である。

「締め切り」をもうけると人は結果を出せるというが(心理学でいう「締め切り効果」)、これは時間的に人を「囲い込む」手法である。

なにごとも「すぐやる」人は能力の高い人だが、これも「すぐ」という時間的な囲い込みによって、自分のパフォーマンスを高めているということである。

「人生、これ一筋」などというが、これも自分の人生を丸ごと「囲い込む」ことによるパフォーマンス力の向上様式であろう。



そして、今気づいたのだが、そもそも対象に固有の名前をつけて実体化し、それを操作して思考することは、人間のパフォーマンスを高める「囲い込み」の典型である。

対象の<囲い込み>=実体化によって、言語は非常に高度なパフォーマンスを獲得しているのだ。












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
事態の善と悪をきちんと見分けるだけでも、事態はきっと改善する オバマ大統領の人種問題についての談話から
アメリカのフロリダ州で、10代の黒人少年が道を歩いているところをヒスパニック系の男性に怪しまれ、けっきょく少年(武器をもっていなかった)は、射殺された。

 
この事件について、無罪判決がでたところ、全国で「人種差別的な判決だ」という抗議運動が起こっている。

 
そこでさきごろ、オバマ大統領は相当長い記者会見を開き、この事件について個人的な感想を述べた。

 
そのなかに、ふたつ、とくに印象的な部分があった。

 
ひとつは、オバマ氏自身をふくめ、黒人であるがゆえに受ける屈辱の経験を具体的に語った部分である。

 
黒人がデパートで買い物をしていると、店員が警戒して跡を追ってくる。

 
黒人が街を歩いていると、車にいる人がドアをロックする音が聞こえてくる。

 
黒人がエレベーターに乗ってくると、女性はハンドバックをしっかり抱え込み、早く降りようとして、息を詰めている。


 
There are very few African American men in this country who haven't had the experience of being followed when they were shopping in a department store. That includes me. There are very few African American men who haven't had the experience of walking across the street and hearing the locks click on the doors of cars. That happens to me ― at least before I was a senator. There are very few African Americans who haven't had the experience of getting on an elevator and a woman clutching her purse nervously and holding her breath until she had a chance to get off. That happens often.

 
http://www.npr.org/2013/07/19/203679977/transcript-obamas-remarks-on-trayvon-martin-ruling


 
もうひとつ、印象に残ったのは、人種どうしの偏見は若い世代ほど薄らいでいる、というオバマ氏の指摘である。



And so we have to be vigilant and we have to work on these issues. And those of us in authority should be doing everything we can to encourage the better angels of our nature, as opposed to using these episodes to heighten divisions. But we should also have confidence that kids these days, I think, have more sense than we did back then, and certainly more than our parents did or our grandparents did; and that along this long, difficult journey, we're becoming a more perfect union ― not a perfect union, but a more perfect union.



アメリカだけでなく、日本でも、たとえば性別についての偏見は、若い世代ほど薄らいでいるように私は感じる。


 
オバマ氏が述べているように、黒人の犯罪率は事実として他の人種よりも高いし、アメリカ社会から人種偏見がなくなったわけでもない。

 
しかし、偏見が解消の方向にむかっているのは事実のようである。

 
そして、このように「改善の方向にあること」を認識すること、つまり、事実の明るい面の認識=無知からの解放が、問題のさらなる改善をうながすことも期待できる。

 
事態の善と悪を、両方ともきちんと見極める。

 
それだけでも、事態は改善にむかう可能性を高めると思う。













 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「すべての悪は無知からはじまる」 マララさんの国連演説について
しばらく前、パキスタンの女性刑務所を取材したドキュメンタリーを見たことがある。

 
夫の暴力から逃れるために微罪を犯し、収監された妻も多い。


そこの管理者が、



「こういう施設が必要になる原因は早婚と貧困。その早婚と貧困がなくならない根本原因は、男も女も無知だから」



と話していたのが印象に残った。
 
 
 
パキスタンでタリバンに襲われた16才のマララさんが、先日、国連で演説したが、そのテーマも、<無知>こそ多くの問題を生む根源だ、ということだった。
 
 
演説のなかでマララさんは、なぜタリバンは教育を敵視するのだろうか、というジャーナリスト(おそらく外国人)の疑問に、パキスタンの男の子が、
 
 
「彼らはこの本に書かれていることを知らないから」
 
 
と答えた、というエピソードを紹介している。
 
 
 
"I remember that there was a boy in our school who was asked by a journalist, "Why are the Taliban against education?" He answered very simply. By pointing to his book he said, "A Talib doesn't know what is written inside this book." They think that God is a tiny, little conservative being who would send girls to the hell just because of going to school."
 
 
 
 
テロ・戦争・女性抑圧のような暴力、永続する貧困の原因は、けっきょくは文盲に代表される無知にある。
 
マララさんが、「教育こそ唯一の解決方法 "Education is the only solution. Education First"」と強調するゆえんである。
 
 
 
 
では、無知は日本ではもはや克服されたのか。
 
たしかに、教育施設の普及率や識字率はパキスタンよりも高いが、別の意味での<無知>は、大量に流される情報の裏に隠れて、大量につくられていると見るべきだろう。
 
 
 
異様な犯罪、ゆがんだ政治、不安な生活。
 
 
 
パキスタンや日本だけではない。あらゆる社会問題の背後には人間の無知があるといえるだろう。
 
 
だとすれば、無知を少しでも減らすことが、健康な社会の条件となる。
 
言論の自由が重要である理由も、互いの見解を知ることで無知を減らせるからだ。
 

 
真の敵は、<無知>である。
 
歴史とは、無知との永遠の闘いである。
 
 
 
最後に、マララさんの演説の最後の部分を引用しておく。
 
 
"So let us wage a global struggle against illiteracy, poverty and terrorism and let us pick up our books and pens. 
 
They are our most powerful weapons. 
 
One child, one teacher, one pen and one book can change the world. "
 
 
 
 
http://ibnlive.in.com/news/full-text-of-malala-yousafzais-speech-at-united-nations/406812-2.html
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 「人間力」論 | 05:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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