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若きマルクスの洞察 歴史と言語の類似性について おわり

■観念的自己分裂の示唆

歴史創造と言語創造が同一ではないが同根の行為だというのは考えてみれば当然のことで、もともと人間はそういうことをするから人間といわれるのである。

「そういうこと」とはどういうことかを、マルクスは次のように新鮮な表現で述べている。

「自然を加工して対象的世界を産出するという実践活動は、人間が意識をもった類的存在であることを身をもって示すものであり、人間が類をおのれの本質とし、類的存在として立つことを示すものだ。…

人間の生産は普遍的だ。…人間は肉体的欲求を離れて自由に生産し、自由のなかで初めて本当に再生産する。動物は自分自身を生産するだけだが、人間は自然の全体を再生産する。…

かくて対象世界の加工という行為において、人間は初めて現実に自分が類的存在であることを示すといえる。…その活動を通じて、自然は人間の作品となり、人間の現実となる。」(長谷川宏訳『経済学・哲学草稿』102‐103頁)

つまり歴史創造も言語創造も「対象世界の加工」であって、それは人間が「普遍的」な「意識」をもっているから可能になる。

ではその「意識」はどういう風に作動するか。マルクスはこの直後でこう書いている。

人間は意識において自分を知的に二重化するだけでなく、生産活動において現実に自分を二重化し、自分の作り出した世界のうちに自分の姿を見てとる。」(同上書、103頁)

人間は意識のなかで自分自身を対象化する。そして「生産」という現実のなかでも自分自身の姿を見てとる。

その「生産」(対象世界の加工)のなかに歴史創造や言語創造が入るのだが、マルクスのメモではっきりしないのは、意識の「二重化」と生産における「二重化」がどう関連しているかだ。

このふたつを結ぶのは「観念的自己分裂」(三浦つとむ)である。

人間は意識のなかで自分を二重化(分裂)させ、現実の時空を超えた場面へと移動し、そこにある対象を認識することができる。これも「自分を知的に二重化」しているのだが、分裂し移動したあと意識はもっぱら対象に向かうために、自分が分裂し二重化していることになかなか気づかない。

しかし昔の文書を読むとき、未来を夢みるとき、彼は(秘かに)自己分裂し、過去や未来の場面へと移動しそこから絶えず帰還しながら考えている。

言語は対象に関する自分の認識の、変換された模像(対象世界の加工)である。

その背後にあるのは観念上の秘かな自己分裂であり、その存在をマルクスのメモの空隙が示唆している。







(おわり)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
若きマルクスの洞察 歴史と言語の類似性について その1

マルクスの『経済学・哲学草稿』の長谷川宏氏による新訳が出ている。(2010年6月、光文社古典新訳文庫)。

26歳の青年マルクスによる草稿集だが、清新な思考が訳文から感じられる。

とくに印象に残ったところをふたつほど引用しておこう。

■歴史と言語の同一性と異質性について

「自然にあるものすべては成立してこなければならないので、人間もまた成立の行為を−歴史を−もっている。が、この歴史は人間が自覚し、知の対象とする歴史であり、意識的に克服していくような成立の行為である。歴史こそが人間の真なる自然史なのだ。」188頁。

この洞察が史的唯物論となって結実していく。

言語もまた人間にとって「自然にあるもの」すなわち人間化された自然であり、同時に言語はおのずから生成するのではなく「意識的に克服していくような成立の行為」である。

歴史という言葉は、生起した事実そのものと、事実の叙述の両方をふくむといわれる。

歴史の生成が人間・社会という第一次的な現実の自己創造過程だとすれば、歴史の叙述をふくむ言語は第二次的な「論理空間」すなわち精神的な創造過程である。







(つづく)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
哲学の迷路から運動の科学へ その1

哲学の時代は終わった。

むかし声高にそう言われた時期があったことを三浦つとむが証言している。

「『哲学一般はヘーゲルとともに終結する』(エンゲルス『フォイエルバッハ論』)とマルクス学派は宣言します。

唯物論はもはや哲学でなく科学的な世界観となり、世界の部分的な研究は実証的な個別科学によって扱われることになったからです。

マルクス学派がいまなお自己の理論であるものを『哲学』と呼んでいるとしても、それは旧哲学の成果をうけついだという歴史的な事情と、個別科学との区別が必要であるという意味において、世界観と弁証法とに『哲学』の名を与えているにすぎません。厳密にいえば哲学ではありません。」

(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』講談社現代新書、1968年、72頁)

弁証法はもはや哲学ではなく「科学」だから、自分は「哲学不要論の立場をとる」と三浦は述べている。4頁。

あっけらかんと哲学を廃棄しているが、これはよくよく考えてみるべきことだ。








(つづく)














| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デカルトと般若心経 おわり

■デカルトは貴族の出身だったが、精神は民主的だった。

すぐれた古典はかならず民主主義を志向している。

貧しい水汲み女だったマリアに「神の子」を産ませた新約聖書にはじまり、偉大な文学も、社会科学の古典も、すべてそうである。

その理由は案外と明白で、民主的であることが革命的であることだからだ。

ここで民主的といい革命的というのは、社会のより下層の民の解放をめざす断固たる構想と実践のことであり、それはいつの世も人の心をうつのである。

<われ思う、ゆえにわれあり>とは、<思い方ひとつで自分の存在が実感できる。このことは身分や財産や運命にかかわりがない。これなら誰でも実践できる>という意味である。

それは「大乗」の救いをめざす「空」の思想であり、下層の民の解放をめざす民主主義の思想である。

デカルトといえば、とかく西洋哲学史の額縁にいれようとしがちだが、それだけにこだわる必要もなかろう。

デカルトは、その生涯をかけて空の思想、民主主義の思想を実証した。だから『方法序説』は今も不思議な魅力をもって生きているのだ。








(おわり)


| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デカルトと般若心経 その3

■新訳で驚いたのは、デカルト氏が般若心経を唱えている!?ことに気づいたときだ。

それは次の箇所である。

「私の第三の格率は、運命よりも自分に打ちかつよう、そして世界の秩序よりも自分の欲望を変えるように、つねに努めることであった。…完全にわれわれの能力の範囲内にあるものはわれわれの思考しかない。」47頁。

さて、どこが般若心経か。

ひろさちや氏によると、般若心経の「空」の思想とは次のようなものである。

「わたしたちは不安というものが有ると思っています。しかし、不安は何かの縁で出てくるものです。実体的に存在しているものではありません。かといって不安なんて無い、といってはいけません。なにかの縁で不安になるときは不安なのです。不安は有る/無いを超越して空なのです。…

小乗仏教は、有/無といった考え方をしていました。人間には煩悩が有るから苦しむのだ。苦しみを無くすためには煩悩を無くさないといけない。そのような考え方をベースに教理体系をつくっていました。

大乗仏教はそこに空という考え方を持ち込んで、小乗仏教を批判的に改革したのです。般若心経はそうしたグループの経典です。」(ひろさちや「お経巡礼」NHK『テレビテキスト歴史は眠らない』2010年6−7月号、68‐69頁)

デカルトは世界を変えるよりも自分の欲望を変えるために「長い修練」をおこなったという。48頁。

これは、誰もが到達できる真実を求めて、この世の現実に左右されない「空」の思想を彼が採用したということである。

大乗仏教では「空」の体得がすなわち真実の体得なのだから、デカルトは大乗仏教を体得したことになる。

「空」とは「思う」方法のひとつであり、デカルト青年はそれを自分自身で「ある」ための戦略にした。<われ思う、ゆえにわれあり>はデカルト氏の方法であり結果だったのだ。

<われ思う、ゆえにわれあり>を西洋思想の博物館に飾っておくよりも、大乗仏教のエッセンスと理解したほうがわれわれにはうれしい。

テレビのワイドショー風にいえば、『方法序説』は『方法としての空、デカルト君の体当たり突撃レポート』なのだ。





(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デカルトと般若心経 その1

デカルト『方法序説(1637年)』の新訳が出たので、さっそく読んでみた。(山田弘明訳、ちくま学芸文庫、2010年8月刊)

ところで、なぜ300年以上も前の古典に新訳が行われるのか。

じつは翻訳とは、原著者が文章を書いている「場面」へと訳者が観念的に飛んでいき、原文の意味を理解したあと現在へと帰還して、原著者になりかわって表現したものである。

つまり翻訳とはたんに古いものに帰ることではなく、同時代の人に向かって訳者が行う新鮮な創造的行為なのだ。

変化が激しい現代にあっては、古いものほど新しい翻訳が必要になるとさえ言える。






(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
毛沢東「実践論」と言語過程説

毛沢東の「実践論」(1937年7月)を久しぶりに読み直したら、ちょっとおもしろかった。

■<観念的自己分裂を活用した「場面の成立」が対象認識の出発点だ>という言語過程説の発想が出てくる。

すべての真の知識は直接的経験に源を発している

もっとも、人はすべてを直接に経験することはできない。

事実、多くの知識は間接に経験されたものであって、古代の知識や外国の知識はそうである。

[しかし]これらの知識も古代人や外国人にとっては直接に経験されたものであって、古代人や外国人が直接に経験したとき、もしかれらの知識がレーニンの言う『科学的な抽象』という条件にかなっており、客観的な事物を科学的に反映しているならば、これらの知識は信頼できるものであり、そうでなければ信頼できないものである。

だから一個人の知識は直接に経験された部分と間接に経験された部分という二つの部分からできていて、それ以外のものはない。しかも自分にとっては間接の経験が他人にとっては直接の経験である。

だから、知識の全体についていうと、どんな種類の知識もすべて直接の経験から切り離すことはできない。あらゆる知識の源泉は、人間の肉体の感覚器官による客観的な外界の感覚にある。」

(毛沢東(松村一人・竹内実訳)『実践論・矛盾論』岩波文庫版、16頁)

ここで毛沢東が「直接的経験」といっているのは、主体と客体が正面から向き合う状況になる=言語過程説がいう<場面が成立している>ことであり、それが人間の経験の直接の出発点であるということをいっている。

他方で「他人にとっての直接の経験」を自分も「経験」できるというのは、観念的自己分裂によって古代や外国の人が場面を成立させているところへ自分も飛んでいき、間接的に他人の経験を経験できるということをいっている。

毛沢東は、そういう人間の直接・間接の「経験」すなわち世界を認識する仕組みを知っていた。すなわちこれが人間の認識の表現たる言語が成立する仕組みであり、ついでにいえば歴史学が成立する根拠でもある。

■今回、岩波文庫版で読み直して気づいたのは、「体察」という独特の言葉が訳文にあることだ。

「われわれはよく、同志が活動任務を勇敢にひきうけることができないとき、自信がないと言うのをきく。…[しかし]もしその人が仕事の経験をつみ、虚心に状況を体察する人であって、主観的、一面的、表面的に問題を見る人でないなら、…仕事への勇気が非常に高まってくるであろう。」(同上書、19頁)

「体察」とは、頭だけでなく体全体で察するという意味であろう。いかにも東洋的なこの言葉は、私が見た国語辞典にはない。おそらく中国語の原文にあるのだろう。

この論文のタイトルは「実践論」だが、最後の言葉は

「これが弁証法的唯物論の知行統一観である」

となっている。

おそらく毛沢東の真意は、人間の直接・間接の「経験」を活かして、「深化する認識の運動」(13頁)をまずは頭で理解し(知)、次にみずから「体察」すること(行)が実践の要諦だというにあった。

直接の間接の「経験」による、「認識」(知)と「体察」(行)の統一。

これはまさしく外国語の習得や歴史の理解という「実践」にもあてはまるコツのなかのコツである。






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「イデオロギーとは変革を闘い抜く意識形態である」(マルクス)

マルクスの『経済学批判』に、つぎのような部分がある。

有名な文章だが、ちょっと読みなおしたら小さな発見をした。

「経済的基礎の変化とともに、巨大な上部構造全体が、徐々にであれ急激にであれ、変革される。

このような諸変革の考察にあたっては、経済的生産諸条件における自然科学的に正確に確認できる物質的な変革と、人間がその中でこの衝突を意識し、それを闘い抜く形態である、法的、政治的、宗教的、芸術的あるいは哲学的な諸形態、簡単にいえばイデオロギー的な諸形態とをつねに区別しなければならない。

ある個人が何であるかは、その個人が自分自身をどう思っているかによって判断されないのと同様に、このような変革の時期をその時期の意識から判断することはできないのであって、むしろこの意識を物質的生活の諸矛盾から、社会的生産諸力と生産諸関係との間に現存する衝突から説明しなければならない。」

発見というのはゴチックにした部分のことで、これをシンプルに言いなおすと、

「イデオロギー形態とは、変革を闘い抜くときの意識形態である」

とでもなる。

もう少しくだいて言えば、

「困難を感じとり、それを変革するために闘うとき、人間は独自の意識を用いるものだ」

とでもなろう。

人間は、ある意識(現実にたいする理解)をもたなければ行動できない。とりわけ意欲的な行動にさいしては、「闘い抜く」ために独自の鋭い意識形態を必要とする。ただ、その内容が社会の実態に合致しているとは限らない。

イデオロギーというものをこういう風に広くとらえれば、サッカーの戦略だって、投資心理だって、ビジネスモデルだって、宗教だって、科学だって、歴史だって、すべてイデオロギーに入る。

「闘い抜く」ために、人間はイデオロギーを必要とする。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 17:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
文字は言語のエッセンスである 吉本隆明『言語にとって美とは何か』から おわり

この本の論点はたくさんあるが、ここでは文字についての吉本氏の卓見を最後に見てみたい。

まず、文字を記した古代人の思いはなんだったか。

われわれは、たとえば簿記の数字のように文字で記憶を確かにしようとしたのではないかと思いがちだが、氏によればそうではない。

文字の起源は、

「語音をとどめ、保存しようとするよりも、言語の意味を表記しようとするにあった。表音的なカナ文字といえども、いったん表記されたうえは音字ではなく言語の意味の表記だ。」(第一巻、96頁)

なるほど、文字が語音を保存するためではないことは、たとえば象形文字を考えればわかる。文字とは表音である以前に意味を表記したものだ。

もっぱら表音のようにみえるカナ文字でさえもじつは意味の表記である。それは白黒フィルムの写真が見る者にとっては色彩を保存していることに似ている。

つぎに、文字によってようやく言語が「発見」されたことを氏は次のように説明する。

「たんなる謡いであり語りつたえであり対話であった言語が文字としてかきとめられるようになったとき、言語の音声が共通に抽出された音韻の意識にまで高められたことを意味した。同時に、その意味伝達の意識がはっきりと高度になったことを意味している。」(第一巻、97頁)

たしかに、歌であっても語りであっても同じ文字で表記できたとき、ひとつの言語をひとつの統一的な観点から把握できるようになったことになる。

文字とは音韻(→言語音の秩序)の把握であり、人間がみずからの言語を把握できるようになったことの証左なのだ。

そして最後に、文字によって言語は客観性=表現する者の意識から独立した性質を獲得する。

「言語は意識の表出であるが、言語表現が意識に還元できない要素は、文字によってはじめてほんとうの意味でうまれたのだ。文字にかかれることで言語の表出は、対象になった自己像がじぶんの内ばかりではなく外にじぶんと対話をはじめる二重のことができるようになる。」(第一巻、97頁)

つまり文字は

,發箸發醗嫐の表記である。→だから文字以外に発音記号が存在する。

言語の秩序の表現である。→だから外国語の習得には文字は貴重な手がかりとなる。

8生譴傍甸兩を与える。→だから人は文字を手がかりに言語を洗練させることができる。

かんたんにいえば、文字は言語の凝縮体(エッセンス)なのだ。



以上は本書のほんの一部をとりあげてみたもので、ほかにも貴重なヒントがあちこちにある気がする。

くりかえし読んでみようと思う。





(おわり)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
詞と辞の区別は言語学からみただけ 吉本隆明『言語にとって美とは何か』から その2

言語は指示表出だけでなく自己表出のベクトルがあってはじめて成立し発展する。

それを吉本氏は

<意識→指示表出→自己表出→有節音声>

と表現したのだが、これは言語過程説がいう

<対象→認識→表現>

のプロセスでもある。

そこで両者を対応させてみると、ちょっとおもしろい。

仝生譴痢秣仂檗笋麓分の<意識>である。

言語の<認識>には指示的な面と自己的な面がある。

8生譴痢禀集宗笋郎能的に<有節音声>となる。

以上の,鉢もおもしろいが、とくに△蓮言語過程説がそれぞれの品詞や語を辞か詞かのどちらかに峻別しようとする傾向があることに対する警告になっている。

「言語における辞・詞の区別とか、客体的表現や主体的表現といったものは、二分概念としてあるというより、傾向性やアクセントとしてあるとかんがえたほうがよいことになる。…品詞概念の区別自体が本質的にはっきりした境界をもたないものだとみられる」(第一巻61‐62頁)

これは言語についてのわれわれの実感に近い。

われわれは客体的表現に主体的な自己表出を込めたりするし、品詞の峻別に違和感があったりするからだ。

辞と詞とか客体的表現と主体的表現とかは、もっぱら認識の指示表出の面を分析する言語学において便利な区別なのだ。



(つづく)




| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 01:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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