ごきげんようチャンネル

科学とは、正確に驚くことである。 Y.M.
           

ルソーとマルクスの発想が似ているが違うことについて おわり
個々の商品とちがって、貨幣はすべての商品の価値尺度となるという、特別の地位を獲得している。

個々の組織とちがって、国家は地域のすべての構成員に一定の社会的属性(国籍、権利、納税、軍役、福祉など)を与えるという、特別の権能をもっている。




支配が一部分ではなく、「すべて」に及んだとき、質的な転化が起こる。その支配は、いわば不動のブランドになり、誰もがその権威をうけいれ、支配を承認するようになる。

逆に、こうともいえる。

支配が「すべて」に及ぶのは、支配される側のあいだで、それが無意識のうちに価値として承認されているときである、と。




ルソーとマルクスがちがっているのは、おそらく、次の点にある。


価値は、人々がそれと自覚しないうちに浸透していく。価値は、あらゆる構成員のあいだでいったん確立すれば、今度は構成員への支配を当然のこととしてふるまう。(価値の無意識的な実体化)

この過程に人間社会の秘密があると考えたのが、ルソーとマルクスであった。

そして、実体化した価値の積極面に人類の希望を見たのがルソーであり、実体化した価値といえども、そもそも人間の盲点をついた一種の転倒にすぎないことを重視したのがマルクスであった。









(おわり)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 08:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルソーとマルクスの発想が似ているが違うことについて その2
ルソーの社会契約の論法に似ているのが、マルクスの価値形態論(価値の本質であるが目には見えない人間労働が、どういう形をとって目に見えるようになるかを論じる部分)である。

貨幣のように、あらゆる商品の価値を表現できる「一般的価値形態」がどのように成立したかについて、マルクスはこう述べている。




「一般的な価値形態は、商品世界の共同の労働としてのみ成立する。

あらゆる商品の価値が表現できるのは、あらゆる商品の全面的な社会的関係によってのみである。」


(マルクス『資本論』第一巻、第三節、中山元訳、100頁より要約)




すべての商品が、貨幣のような特別の商品によって自分の価値を表現することで、はじめて商品世界が成立する。

この論理は、すべての構成員が「自己を共同体全体に譲り渡す」ことで、「各個人はいわば自分自身と契約している」状態となり、「この結合行為からその統一性、その共同の<自我>、その生命とその意志[一般意志]を受けとる」(井上訳、前掲、25、27頁)というルソーの議論に似ている。


マルクスは、貨幣のような一般的価値形態は、「すべての人間労働が分かりやすい形で受肉したものであり、人間労働が一般的で社会的な<さなぎ>のようなものに化身したものである」(マルクス同上訳書、101頁)と述べている。

これはルソーが、都市国家、共和国、政治体、国家、主権者、国、市民、人民といった言葉で呼ばれるものが、いずれも個人の身体と権利の共同の譲与によって、「個人に代わって一つの精神的・集合的団体を成立せしめ」たものだ、と述べているのに似ている。(井上訳、前掲、26頁)





たしかに、貨幣も政治体も、人間の意志や労働という抽象的価値を統合した具体的な形態=<さなぎ>であり、構成員の全員によって「暗黙のうちに受け入れられ」た(ルソー前掲書、25頁)、社会的形成物である。










(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 07:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルソーとマルクスの発想が似ているが違うことについて その1
ルソーの「社会契約」の概念はわかりやすくはない。

ルソーのすごみは、そのつきつめた思考力にあると思うが、社会契約については、こう説明している。



「自然状態ではもはや存続できず、生存様式を変えないと、人類が滅亡するしかないところまで達したとする。

そのとき、人類は力の総和をつくって障害を克服するしかない。ただ一つの原動力で、そろって力を作用させるしかない。

しかし、各人が自分の利益を害することなくして、どうすれば力と自由を拘束できるか。

つまり、各構成員は全体に結合するが、しかし、自分自身にしか服従することなく、結合前と同様に自由である、という結合は可能かどうか。

それは可能である。

各構成員が、自己と自己の権利のいっさいを、共同体に譲り渡せばよいのである。

これなら、みなが同じことをするのだから万人にとって平等の条件であるし、特定の誰かに自己を譲り渡すわけではない。そのうえ、結合は完全である。

各人は失ったものと同じ価値のものを得るし、自分のもつものを保存するために、いっそう多くの力を獲得する。」



(ルソー『社会契約論』井上幸治訳、中公文庫版、24-26頁より要約)




この論法は大胆だが、どこかだまされたような、裏をかかれたような感覚がともなう。

また、この論法から、自分たち自身を「一般意志の最高の指揮のもとにおく」26頁べきだという主張までは、少し距離があるようにも思える。

だが、生存と自由のためには、すべてを全体に譲渡すればよい、というルソーの発想は、今日でもわれわれが考えてみるべき思想的遺産のひとつではないかと感じさせるところがある。













(つづく)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
若きマルクスの洞察 歴史と言語の類似性について おわり

■観念的自己分裂の示唆

歴史創造と言語創造が同一ではないが同根の行為だというのは考えてみれば当然のことで、もともと人間はそういうことをするから人間といわれるのである。

「そういうこと」とはどういうことかを、マルクスは次のように新鮮な表現で述べている。

「自然を加工して対象的世界を産出するという実践活動は、人間が意識をもった類的存在であることを身をもって示すものであり、人間が類をおのれの本質とし、類的存在として立つことを示すものだ。…

人間の生産は普遍的だ。…人間は肉体的欲求を離れて自由に生産し、自由のなかで初めて本当に再生産する。動物は自分自身を生産するだけだが、人間は自然の全体を再生産する。…

かくて対象世界の加工という行為において、人間は初めて現実に自分が類的存在であることを示すといえる。…その活動を通じて、自然は人間の作品となり、人間の現実となる。」(長谷川宏訳『経済学・哲学草稿』102‐103頁)

つまり歴史創造も言語創造も「対象世界の加工」であって、それは人間が「普遍的」な「意識」をもっているから可能になる。

ではその「意識」はどういう風に作動するか。マルクスはこの直後でこう書いている。

人間は意識において自分を知的に二重化するだけでなく、生産活動において現実に自分を二重化し、自分の作り出した世界のうちに自分の姿を見てとる。」(同上書、103頁)

人間は意識のなかで自分自身を対象化する。そして「生産」という現実のなかでも自分自身の姿を見てとる。

その「生産」(対象世界の加工)のなかに歴史創造や言語創造が入るのだが、マルクスのメモではっきりしないのは、意識の「二重化」と生産における「二重化」がどう関連しているかだ。

このふたつを結ぶのは「観念的自己分裂」(三浦つとむ)である。

人間は意識のなかで自分を二重化(分裂)させ、現実の時空を超えた場面へと移動し、そこにある対象を認識することができる。これも「自分を知的に二重化」しているのだが、分裂し移動したあと意識はもっぱら対象に向かうために、自分が分裂し二重化していることになかなか気づかない。

しかし昔の文書を読むとき、未来を夢みるとき、彼は(秘かに)自己分裂し、過去や未来の場面へと移動しそこから絶えず帰還しながら考えている。

言語は対象に関する自分の認識の、変換された模像(対象世界の加工)である。

その背後にあるのは観念上の秘かな自己分裂であり、その存在をマルクスのメモの空隙が示唆している。







(おわり)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
若きマルクスの洞察 歴史と言語の類似性について その1

マルクスの『経済学・哲学草稿』の長谷川宏氏による新訳が出ている。(2010年6月、光文社古典新訳文庫)。

26歳の青年マルクスによる草稿集だが、清新な思考が訳文から感じられる。

とくに印象に残ったところをふたつほど引用しておこう。

■歴史と言語の同一性と異質性について

「自然にあるものすべては成立してこなければならないので、人間もまた成立の行為を−歴史を−もっている。が、この歴史は人間が自覚し、知の対象とする歴史であり、意識的に克服していくような成立の行為である。歴史こそが人間の真なる自然史なのだ。」188頁。

この洞察が史的唯物論となって結実していく。

言語もまた人間にとって「自然にあるもの」すなわち人間化された自然であり、同時に言語はおのずから生成するのではなく「意識的に克服していくような成立の行為」である。

歴史という言葉は、生起した事実そのものと、事実の叙述の両方をふくむといわれる。

歴史の生成が人間・社会という第一次的な現実の自己創造過程だとすれば、歴史の叙述をふくむ言語は第二次的な「論理空間」すなわち精神的な創造過程である。







(つづく)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
哲学の迷路から運動の科学へ その1

哲学の時代は終わった。

むかし声高にそう言われた時期があったことを三浦つとむが証言している。

「『哲学一般はヘーゲルとともに終結する』(エンゲルス『フォイエルバッハ論』)とマルクス学派は宣言します。

唯物論はもはや哲学でなく科学的な世界観となり、世界の部分的な研究は実証的な個別科学によって扱われることになったからです。

マルクス学派がいまなお自己の理論であるものを『哲学』と呼んでいるとしても、それは旧哲学の成果をうけついだという歴史的な事情と、個別科学との区別が必要であるという意味において、世界観と弁証法とに『哲学』の名を与えているにすぎません。厳密にいえば哲学ではありません。」

(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』講談社現代新書、1968年、72頁)

弁証法はもはや哲学ではなく「科学」だから、自分は「哲学不要論の立場をとる」と三浦は述べている。4頁。

あっけらかんと哲学を廃棄しているが、これはよくよく考えてみるべきことだ。








(つづく)














| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
精神の革命家・内村鑑三

内村鑑三『後世への最大遺物(1894年)』(岩波文庫版)

有名な講演の筆記録。

このとき内村34歳。ちょっと読み直したら、気張ったようなところもあり、退屈なところもある。

しかし講演の要旨は明快で、深く考えさせるところがある。

誰もが遺せる「後世への最大遺物」とはなにか。

財産、事業、教育、学問、芸術。

どれもいいことにみえる。しかし実は誰かを犠牲にして得たものかもしれないし、誰でも遺せるものでもない。だから「最大の遺物」とはいえない。53頁。

では、最大の遺物とは何か。それは「勇ましい高尚なる生涯」である。54頁。

内村がイメージする「勇ましい高尚なる生涯」とは、「われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なこと」であり、「邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる」。そういう人生のことである。67頁。

たとえば、

「もしここにつまらない教会が一つあるとすれば、そのつまらない教会の建った歴史を聞いたときに、その歴史がこういう歴史であったと仮定(かりさだ)めてごらんなさい。

この教会を建てた人はまことに貧乏人であった、この教会を建てた人は学問も別にない人であった、それだけれどもこの人は己のすべての浪費を節して、すべての欲情を去って、まるで己の力だけにたよって、この教会を造ったものである…

こういう歴史を読むと私にも勇気が起こってくる。

かの人にできたならば己にもできないことはない、われも一つやってみようというようになる。」60頁。

ここがもっとも聴衆の感動を呼んだ部分だろう。

内村がいうように、歴史は「勇ましい高尚なる生涯」によってエネルギーを充填された世界である。

しかし、その「生涯」はなにも大がかりなものである必要はない。

むしろ逆である。


「もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少くして、それで大事業ができたところが何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのです。」67頁。

内村は、世の人々を勇気づける少数者であることに価値を見出す精神の革命家であった。



「いつでも正義のために立つ者は少数である」66頁。


この講演には、「生涯を立てる」という表現が二度ほどでてくる。61、62頁。

みんなが「生涯を立てる」ようになれば、それはいい社会だ。







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デカルトと般若心経 おわり

■デカルトは貴族の出身だったが、精神は民主的だった。

すぐれた古典はかならず民主主義を志向している。

貧しい水汲み女だったマリアに「神の子」を産ませた新約聖書にはじまり、偉大な文学も、社会科学の古典も、すべてそうである。

その理由は案外と明白で、民主的であることが革命的であることだからだ。

ここで民主的といい革命的というのは、社会のより下層の民の解放をめざす断固たる構想と実践のことであり、それはいつの世も人の心をうつのである。

<われ思う、ゆえにわれあり>とは、<思い方ひとつで自分の存在が実感できる。このことは身分や財産や運命にかかわりがない。これなら誰でも実践できる>という意味である。

それは「大乗」の救いをめざす「空」の思想であり、下層の民の解放をめざす民主主義の思想である。

デカルトといえば、とかく西洋哲学史の額縁にいれようとしがちだが、それだけにこだわる必要もなかろう。

デカルトは、その生涯をかけて空の思想、民主主義の思想を実証した。だから『方法序説』は今も不思議な魅力をもって生きているのだ。








(おわり)


| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デカルトと般若心経 その3

■新訳で驚いたのは、デカルト氏が般若心経を唱えている!?ことに気づいたときだ。

それは次の箇所である。

「私の第三の格率は、運命よりも自分に打ちかつよう、そして世界の秩序よりも自分の欲望を変えるように、つねに努めることであった。…完全にわれわれの能力の範囲内にあるものはわれわれの思考しかない。」47頁。

さて、どこが般若心経か。

ひろさちや氏によると、般若心経の「空」の思想とは次のようなものである。

「わたしたちは不安というものが有ると思っています。しかし、不安は何かの縁で出てくるものです。実体的に存在しているものではありません。かといって不安なんて無い、といってはいけません。なにかの縁で不安になるときは不安なのです。不安は有る/無いを超越して空なのです。…

小乗仏教は、有/無といった考え方をしていました。人間には煩悩が有るから苦しむのだ。苦しみを無くすためには煩悩を無くさないといけない。そのような考え方をベースに教理体系をつくっていました。

大乗仏教はそこに空という考え方を持ち込んで、小乗仏教を批判的に改革したのです。般若心経はそうしたグループの経典です。」(ひろさちや「お経巡礼」NHK『テレビテキスト歴史は眠らない』2010年6−7月号、68‐69頁)

デカルトは世界を変えるよりも自分の欲望を変えるために「長い修練」をおこなったという。48頁。

これは、誰もが到達できる真実を求めて、この世の現実に左右されない「空」の思想を彼が採用したということである。

大乗仏教では「空」の体得がすなわち真実の体得なのだから、デカルトは大乗仏教を体得したことになる。

「空」とは「思う」方法のひとつであり、デカルト青年はそれを自分自身で「ある」ための戦略にした。<われ思う、ゆえにわれあり>はデカルト氏の方法であり結果だったのだ。

<われ思う、ゆえにわれあり>を西洋思想の博物館に飾っておくよりも、大乗仏教のエッセンスと理解したほうがわれわれにはうれしい。

テレビのワイドショー風にいえば、『方法序説』は『方法としての空、デカルト君の体当たり突撃レポート』なのだ。





(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
デカルトと般若心経 その2

■デカルトは清潔感のある秀才だ。

以前読んだときは自分が秀才であることを自慢しているようなニュアンスを感じたが、新訳ではイメージがちがっている。

41歳のデカルト氏ははなかなか謙虚であり、民主的でもある。そのことに嘘をついているようにも思えなかった。(そこが訳者の手腕か)

たとえば、デカルト氏は世の学者にたいして批判的で、一見傲慢にみえるほど激しい批判をくわえている。

しかしその根拠をみると、世間の「さまざまな気質や身分の人」は一歩まちがえばすぐに罰せられるような厳しい境遇にいるのに、学者はただ自分の「虚栄心」を満たすだけで、なんの責任もとらないからだと述べている。27頁。

そして、この『序説』は学問をしたことがない「ご婦人方にもなにかがわかってもらえることを願って」書いたのだという手紙も残っている。10頁。

学校で学んだ末に、「疑わしくないものはなにもない」26頁。と感じたデカルト青年は、「ゆっくりでもいいから、つねに正しい道をたどれば、走って道をそれるよりもはるかに前進できる」と悟り、確実に真実にいたる生活を一人ではじめたのだった。19頁。

もしも自分がなにがしかの真実に到達できたなら、世の人々にも同じことができるはずだと考えたからである。

『序説』はそういう孤独だが民主的?な、デカルト青年の生きる「方法」の成果報告である。

この本が珍しく一人称で書かれていることを訳者は指摘しているが、これはじつに的確で重要なポイントである。10頁。

<この世で確かなのは、自分について自分が感じたことだけ>というデカルトの出発点からして、方法序説の一人称は必然的だった。それがこの本の魅力と人気の一因になっているのだが、このことの重要性はそれだけではない。

もうお気づきと思うが、<この世で確かなのは、自分について自分が感じたことだけ>という長年のデカルト氏の信念は、まさしく<われ思う、ゆえにわれあり>という有名な命題そのものだ。

つまり、<われ思う、ゆえにわれあり>とは、この本の一節だとかこの本の結論だとかではなく、それがデカルト氏の生き方そのものだったのであり、この本全体がその生き方の報告なのだ。







(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 社会科学コテン古典 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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