ごきげんようチャンネル

 魚、水を行くに、行けども際なし  道元『正法眼蔵』



世界の料理の違いは、水の違い 中国料理・フランス料理・日本料理

在来作物を活かした料理を元に、広い視野で地域起こしに貢献している奥田政行さんの講演。

 

 

 

http://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=1940_01_6405

 

 

 

色々な面で大変参考になる話だが、ここでは、料理の根本についての奥田さんの一言が面白かったので、メモしておく。

 

 

 

 

・中国料理 ... 海で獲れたものを乾かして広大な内陸に運ぶ過程で、表面にカビが生えたりしやすい。きれいな水が得られないこともある。そこで、油で揚げたり、蒸したりする技法が発達した。

 

 

・フランス料理 ... カルシウムの多い硬水の土地柄なので、素材の旨みが水に染み出しにくい。そこで、時間をかけて煮詰めたソースを別に作り、それを素材にかけるという方法が発達した。

 

 

・日本料理 ...  軟水の土地柄なので、素材の旨みが水に染み出しやすい。そこで、旨みを直接水に与えて、そのまま食べる方法が発達した。

 

 

 

 

どんな素材を使うにせよ、水を使わない料理は少ない。だから、水のあり方は料理の仕方に根本的な影響を与えるということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 18:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ナポレオンの正義は、夢想・残虐・知識欲の産物 暴力が英雄を産んだ時代

ナポレオン(1769-1821)の夢想性と残虐性と知識欲。

ナポレオンという人格には、この三つが同居していた。

 

 


〔漢枩

ナポレオンはフランス国内での自分の地位を確立するため、フランスを敵視するイギリスとインドのつながりを断つため、そしてアレクサンダー大王の事跡に憧れて、エジプト遠征を思いついたと言われている。

どれひとつとっても実現の確実性は小さく、約4万人の軍隊をひきつれて海を渡り、エジプトを侵略するに十分な理由とは思えない。

ところが、それを実行してしまう。

 

 


∋諜埓

そうした彼の夢想がもたらしたものは、軍隊という暴力専門組織の大移動であり、容赦のない非人道的行為であった。

イタリア遠征ではゲリラ戦を封殺するために村の男全員を銃殺。エジプト遠征では飢えや渇きから自殺者が続出。カイロの民衆蜂起を残虐に弾圧。パレスチナでは疫病に苦しむ兵隊を楽にするため毒を盛る。モスクワ遠征では、飢えのあまり自軍の倒れた馬を兵士がむさぼり食った。マドリッドでは反乱した市民400人以上を銃殺。この事件は、ゴヤの絵「1808年5月3日」で知られる。(以上、ダニエル・メイヤーソン(藤井留美訳)『ナポレオンと言語学者』(河出書房新社、2005年)33、155、240頁による)

「敵の屍(しかばね)はつねにかぐわしい」「ちぎれたミミズは鋤(すき)を恨まない」(ナポレオン) (メイヤーソン同上書、34、157頁)

 

 

 


C亮瑛

ナポレオンは、正確な知識を希求するのだといって、こうした侵略を正当化した。

エジプト遠征には176名もの学者をひきつれ、かの地を精査して膨大な記録を残させた。フランス軍の行くところ、人類の知識が確実に拡大するというわけだ。

ナポレオン自身、旺盛な知識欲の持ち主で、「ナイルを澄んだ水にできるか?」「ヒエログリフに仮定法はあるか?」といった疑問を突然抱いた。それに即座に答えさせるために学者を周囲においた。(メイヤーソン、34、157、224頁)

 

 


 

 

 

ナポレオン法典にみられるように、ナポレオンは、内政的には正義を信じて実行するところもあった。


他方でナポレオンの外政は、とほうもない夢想と残虐と知識欲に裏づけられていた。

 

このように、内と外で大胆な行動が可能だったのは、彼がフランス国家の軍事力を行使できる立場にあったからである。

 

19世紀は近代帝国主義が発展した時代。人間は近代的な組織的暴力の力に気づき、それを活用して、内に自由、外に征服という帝国主義の時代を開いた。そのさきがけが、ナポレオンであった。

そして、近代帝国主義をナポレオンという個人に率いらせた時期は、そう長くはなかった(ナポレオンが皇帝だったのは、1804年から1814年。その後1815年、再び皇帝として返り咲くが、三ヶ月で退位)。

 

ナポレオンを大西洋の孤島セントヘレナに流したあとは、ナポレオンから帝国主義を習い覚えた西洋の国家権力たちが世界に覇を競った。

 

ナポレオンのあと、近代国家の開明性と醜い侵略の時代が、本格的にはじまったのである。

 

 

 

 





 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 05:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
アメリカの社会運動が若かった時代 キング牧師とマルコムX

マルコムXとキング牧師を対比的に描いたドキュメンタリーを、アルジャジーラのサイトで見た。

 

 

 

Malcolm X and Martin Luther King

A portrait of two different voices whose demands for black equality gave rise to gains in American civil rights. 

 

 

 

 

マルコムX(1925-1965)とキング牧師(1929-1968)は、年齢がだいたい同じで、二人とも四十代で暗殺された。

 

アメリカの黒人運動を主導した両巨頭として有名だが、二人の関係がどうだったのか、私は知らなかった。

 

このドキュメンタリーによると、キング牧師は、過激な言動で知られるマルコムXにけっして会おうとしなかった。穏健な白人の支持者を刺激しないためであった。ところがあるとき、キング牧師のプレス会場にマルコムXが予告なしに現れたため、二人は廊下で短い会話をしたらしい。

 

ぎこちない雰囲気だったはずだが、なぜかこのとき、二人が一緒に破顔大笑している写真が撮られ、これが流布した。プロテスタントとイスラム教徒。政治路線もずいぶん違う二人だが、きっとどこかで共通するものがあったのだろう。

 

いくつか感想を。

 

ひとつは、二人は全米テレビネットワークが強い影響力をもった時代の指導者だったから、デモや演説がテレビに映ることを強く意識していた。

 

印象に残ったのは、1963年に、違法デモを組織したという理由でキング牧師が逮捕されたときの話。無抵抗を唱えるキング牧師が悠然と逮捕される姿がテレビに映ると、視聴者から大きな反響があった。

 

おもしろいのは、そのあとである。世論の反響をみて、キング牧師は、「自分が逮捕されるところをテレビに映させ、世論を喚起して、政治家が動かざるをえなくする」という戦術を思いついたらしい。

 

こうしたマスコミ利用術も駆使しつつ、キング牧師はケネディ・ジョンソン両政権の支持を得て、1964年、アメリカにおけるあらゆる人種差別を違法とする公民権法の実現に成功した。運動家は、運動のなかから有効な戦術を編み出していく。

 

 

 

もうひとつ、あらためて思ったのは、雄弁と勇気ある行動が人を奮い立たせるということだ。二人とも、暗殺の恐怖にめげず人前に出つづけた。子どもにデモさせて物議をかもしたり、自説を貫くためには仲間からの孤立さえ、あえて辞さなかった。死をも恐れず行動したマルコムXについて、"You act like a man." と評価している黒人の声が印象的だった。行動だけでなく、それを社会的に大きく意義づける雄弁も重要だと、二人の演説をみていてあらためて思う。

 

 

 

二人の違いは、マルコムXが暗殺されたときの、キング牧師のコメントに要約されている。

 

 

 

"His great problem was inability to emerge with a solution.  He had slogans that were catchy and people listened to.  But I don't think he ever pointed out the solution to the problem."

 

 

 

スローガンの人であったマルコムXと、現実の解決者になろうとしたキング牧師。告発者と建設者。二人は役割を分け合ったのだ。

 

 

 

もうひとつ、これも当然のことだが、近代国家では、社会運動は法律づくりに集約されるということである。法律になれば、行政機構は動かざるをえなくなるし、実行のための予算もつくから、社会運動としては、それでいったん成功したことになる。ただ、経済格差のような社会の実質的側面を是正するとなると、一片の法律だけでは難しくなる。キング牧師も、公民権法成立のあと、経済格差の解消が重要だと思っていたというが、その矢先に暗殺されることになった。

 

 

 

最後に、このドキュメンタリーを見ていて気づいたこと。それは、二人の表情がいつも硬いことである。カメラの前ということもあるだろうが、頰がこわばり、どうふるまうべきかいつも迷っている様子であり、声も高くて緊張している。

 

三十代の若さで社会運動のヒーローになったということもあるだろう。しかし、もうひとつは、当時の社会運動には、政治家の選挙活動のような一定の型というものがなく、なにをどうすればいいのか、いつも手探りだったからではないだろうか。

 

そんなとき、刺激的な映像を求める全国的マスコミ、その視聴者、そして中央政府の政治家が味方になった。そのため、地方の小さなデモが全国に知られ、人種差別に直接の利害をもたない政治家の良心に訴えることができた。

 

今思えば、1960年代、建国の理念がまだ力をもち、テレビという新しいマスコミが広がったころのアメリカ。そして指導者の若い感性と行動力も手伝って、運動はとにかく成功したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 17:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
マンデラ氏葬儀のエアポケット奇人
マンデラ氏の葬儀の壇上で、手話通訳をつとめた男が話題になっている。

画像を見ると、それらしく両手を動かしているが、Thank you. や Mandela といった基本語でさえ表現できていないという。

これは本物の手話話者からの苦情でわかったのだが、われわれが見ても、手話に必須の表情変化もなく、どうやら手話を知らない人物によるニセ演技だったらしい。



http://www.reuters.com/video/2013/12/13/kerry-reiterates-call-to-release-missing?videoChannel=117760&videoId=274917554&refresh=true



この男、世界的な葬儀にミソをつけただけでなく、なぜそんなことをしたのか不明であることが、いっそう複雑な後味を残す。


通訳料が目的だったのかもしれないが、こんな目立つところで演技をしたら、ニセモノがばれるのは確実である。


おそらくこの男、目立ちたかっただけではないかとも思えるのだが、だとすれば、そんな男がなぜ通訳に選ばれたのかが次のナゾとして残る。







ロンドンオリンピックの開会式で、インド選手団だったかに、大会スタッフでもない一般女性がまじっていて、堂々と行進したことが話題になったことがある。

これも、笑うに笑えないような話である。









物事には、誰も気がつかないエアポケットのような空隙があって、そこにスッと入りこんでくる奇人がいる。


そういう<エアポケット奇人>になるには、すまし顔がいちばんらしい。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 11:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ダーウィン、ワグナー、マルクス まったく同時代なのに疎遠だった巨匠たち
19世紀の、三人の有名な同時代人。



◯ ダーウィン Charles Robert Darwin  1809-1882. 『種の起源』初版は1859年。



◯ ワグナー Wilhelm Richard Wagner   1813-1883. 『トリスタンとイゾルデ』は1857-1859年。



◯ マルクス Karl Heinrich Marx 1818-1883.  『資本論』第一巻初版は1867年。




三人はほぼ同時期に亡くなっているだけでなく、分野がバラバラで、かつ互いに疎遠だったという共通点?がある。

マルクスはダーウィンと同時期、長年イギリスに住んでいた。ワグナーはマルクスと同国人であり、当時、おそらくマルクス以上に有名な人であった。

私が知らないだけかもしれないが、後に大きな影響を残す三人は、お互いに会ったことも、会おうとしたこともないのではないか。



この三人が人類の記念碑的作品を発表したのは、日本でいえば黒船来航から明治維新までの時期にあたる。

日本の近代は、遠くヨーロッパで現れた三人の影を感じながらはじまったともいえる。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
あの世の気まぐれ・この世の必然 芥川龍之介「桃太郎」から
芥川龍之介の「桃太郎」(1924年)は、締め切りに追われた作者が、視線を思いきり遠くしてひねり出したような物語である。

直接的には、戦前日本の大陸侵略や、blowback の国内テロに悩むアメリカを思い出させる。

しかし、より大きくは、北斎の富嶽シリーズのような、この世のことはあの世のさじ加減で決まっているというような世界観も書き込んである。

あの世の気まぐれで、この世のひどいことが起こる。

この世の利己的な乱暴者が、自分の正義?を相手におしつけ、傷つける。

いったんあの世で気まぐれがはじまったら、この世がこうなることは必然である。

そして、あの世の気まぐれは永遠につづくー

そういう感覚があって、芥川はいなくなった(1927年)のかもしれない。







資料:芥川龍之介「桃太郎」から抜粋



鬼の酋長はもう一度ひたいを土へすりつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。

「わたくしどもはあなた様に何か無礼ぶれいでも致したため、御征伐ごせいばつを受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点がてんが参りませぬ。ついてはその無礼の次第をおあかし下さるわけには参りますまいか?」


 桃太郎は悠然ゆうぜんうなずいた。


日本一にっぽんいちの桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召しかかえた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」

「ではそのおさんかたをお召し抱えなすったのはどういうわけでございますか?」

「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子きびだんごをやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」


 鬼の酋長は驚いたように、三尺ほどうしろへ飛びさがると、いよいよまた丁寧ていねいにお時儀じぎをした。…



http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/100_15253.html






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
チャベス大統領は暗殺された?
ベネズエラのチャベス大統領はガンの治療中と報道されていたが、今日、現職のまま死亡した。

大統領周辺は、チャベスは暗殺されたのだと主張しているようだ。


http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Bushwar/prosecutor_assassination.htm



この種の「暗殺」情報は、ジャーナリストの追求などによって、のちに事実の可能性が高いとされることもある。

しかし、真相をつきとめるのは時間がかかるし、たいてい場合、実行者を特定して「暗殺」と断定することはむずかしい。

死んでしまったものはどうしようもないという感情もあり、けっきょくは「やったもの勝ち」になり、真相は「不明」とされて、誰も処罰されずに終わることが多い。

もちろん、暗殺を計画する側は、こうしたことも計算に入れている。

注意深くやれば、暗殺は効果的で安全な軍事作戦なのである。

私は、この種の「やったもの勝ち」の手法を、歴史における「既成事実戦術」とか、あとのまつりという意味で、「ホームラン戦術」と呼んでいる。





いい例は、1945(昭和20)年の敗戦である。

8月15日、天皇とその周辺は突然に敗戦を宣言し、この重大な歴史の画期を、いちはやく既成事実にしてしまった。

この戦術によって支配下の大衆は心理的な虚脱状態に追い込まれ、「軽挙妄動」が制御される一方、天皇政府は着々と次の手を打っていく。

大インフレを計画的に引き起こし、占領軍との取引の余地をうかがう。こうして、天皇をはじめとする指導者たちは経済破綻の重荷を民衆に担わせ、戦争責任もたくみに回避していく。

「終戦の詔勅」は、天皇制国家によるホームランであった。





このように、たとえやられるほうはそれとわかっていたとしても、けっきょくは、やったほうのねらい通りの効果が得られる。そして誰も処罰されない。

こういう社会的位置どりが、「権力」とか「支配」と呼ばれるものである。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
オバマ大統領の異母兄弟はケニアの政治家!
合衆国大統領オバマの異母兄弟がケニアにいるという話はなんとなく聞いていたが、今回のケニアの国政選挙で、その異母兄弟が立候補している。


http://www.guardian.co.uk/world/2013/mar/01/barack-obama-half-brother-kenya


Barack Obama 大統領(52歳)の異母兄弟の名前は Malik Obama 氏(54歳)。

Malik Obama 氏は、今回ケニアのどこかの知事に立候補しているとか。


「オバマ大統領の異母兄弟という看板がなかったら、私はただの人」


とみずから認めているらしい。

だからなんだ?という感じもするが、こういう話題が成り立つのは、オバマ大統領の父親がアフリカ出身で、かつアメリカ合衆国が多くの民族を「アメリカ人」として受け入れているからである。

日本でいえば、外国出身の父親をもつ日本人が総理大臣になり、その異母兄弟がその外国で立候補しているという構図になる。

それはそれで、なかなかいい感じのような気もする。












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 08:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
911という数字について
2001年の9・11事件は英語で

September 11 (セプテンバー・イレブンス)

とか

9/11(ナイン・イレブン)

という。

ところで、アメリカで警察・救急・消防を呼ぶ電話番号は

911(ナイン・ワン・ワン)

であり、これは

911(ナイン・イレブン)

とも読む。

すると、2001年のあの事件と、警察などを呼ぶ番号は同じ読み方になる。

だからどうということはないかもしれない。

ただ、アメリカ人にとって、あの事件がほかならぬ「ナイン・イレブン」であったということ、その音声に緊急性の響きを自然に聞き取ることはありうるのではないかと思う。











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 06:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ベートーベンとヘーゲルは同級生 意外な同時代人たち おわり
四十歳ほど違っていても、つきあいがあった例がある。

エジソン 1847-1931
ダーウィン 1809-1882

二人の年の差は38歳だが、エジソンはダーウィンにファンレターを書いていた。(名和小太郎『起業家エジソン 知的財産・システム・市場開発』朝日選書、2001年、282頁)

エジソンが20歳のときダーウィンは58歳である。その後エジソンが45歳になるまでダーウィンは生きていた。エジソンは十分にダーウィンにファンレターを送れたのだ。

ニュートン 1642-1727
バッハ 1685-1750

この場合、年の差43歳だから、バッハが20歳のときニュートンは63歳。さすがに老齢のニュートンが大陸の若い作曲家・バッハの曲を聴いたとは考えにくいが、逆にバッハがニュートン先生の驚きの新学説を耳にした可能性はゼロではないことになる。

最後に、五十歳違いでもつきあいはありえないわけではないが、さすがにそこまでくると可能性は低くなる。

だいたい40歳くらいまでの年の差なら、つきあいがありえたわけである。






(おわり)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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