ごきげんようチャンネル


"Obama got in, and he is the pawn of globalized interest." Naomi Wolf



<かぐや姫>が日本の物語の原型である理由 虚構の設定で現実を照らし出す仕掛けの発生

平安時代の竹取物語。これを江戸初期編集のテキストで読んでみると、なかなかおもしろい。
 


http://sky.geocities.jp/okamepapa07/taketorimonogatari1.html
 


こういう有名な古典は、国文学の人たちがさんざん研究してきたのだから、にわか勉強の私が付け加えることなどないが、自分が自分に向かって「発見」したような気がすることをメモしておきたい。



かぐや姫の「ひかり」が、地上世界の実相を照らし出す


「三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。うつくしきこと、かぎりなし。」

翁が見つけたかぐや姫の身長は、10センチくらい。三か月でみるみる大人の美女に。

意外とわからないのが「かぐや姫」という名前の意味。たいていの本が仮名で書いているが、写本のなかには、「赫映姫」(かぐやひめ)と書いている例があるようだ。当て字だろうが、これをヒントにすると、
 


「赫赫(かくかく)と、すべてのものを明るく映しだす姫」
 


つまり「地上世界の実相を照らし出す姫」という意味にとれる。じっさい、かぐや姫は、その「ひかり」で人間世界を照らし出す。


まわりを癒やす「ひかり」の姫

かぐや姫がいるおかげで、翁の家はあかあかと光に満ちていた。

 

 

「やのうちは、くらき所なく、ひかりみちたり」

 

 

翁は、「この子をみれば、くるしき事もやみぬ。はらたゝしき事もなぐさみにけり。」
 

 


現世の愚かさを明るみにだす「ひかり」の姫

五人の貴人たちの求婚をかぐや姫がたくみに回避し、男たちを翻弄する部分は、この物語のおもしろいところ。

もちろん、かぐや姫は「変化の人といふとも、女の身もち給へり」。すなわちエイリアンであり、女性であった。男の世界への批判の物語だといわれるゆえんだが、男だけでなく地上全体が「きたなき所」だというのが物語の思想だ。

かぐや姫は、現世の愚かな姿を照らしだす「ひかり」である。

 



別れをあきらめきれない人間の業を照らし出す「ひかり」の姫
 

かぐや姫が「ひかり」を放つだけでなく、姫が去る夜の月の明るさは異常なほどで、それが素晴らしい場面効果を生んでいる。
 


「よひうちすぎて、ねの時ばかりに、家のあたり、ひるのあかさにもすぎてひかりたり。」
 


この強烈な光の下で、翁たちは「ちのなみだ」を流してかぐや姫を引き留めようとする。別れを嘆いてもせんなきことと知りながら、あきらめきれない人間たちの姿が描かれている。

 

ここには、仏教の愛別離苦の思想、そして無常観があるようだ。この場合、無常とは、強い光によって現実が明らかになったとき、かえってあっけらかんと生きられるという意味での無常にも通じる。

世界を離れたところからみる客観的な視線が思想の要諦であるから、仏教の発想は、日本人の思想性をよくよく深めたのだ。



 

かぐや姫の「つみ」と翁の「くどく」

「をのが身は、此國の人にもあらず。月のみやこの人なり」

別れが近づいて、そう名乗ったかぐや姫だが、驚くのは、かぐや姫はたんなる美人でも菩薩でもなかったことだ。

姫自身は「むかしのちぎりありけるによりなん、この世界にはまうできたりける」と説明する。ところが、月からの使者は、じつは「むかしのちぎり」とは、ズバリ「つみ」であったことを告げる。
 


「かぐやひめは、つみつくり給へりければ、かくいやしきをのれがもとに、しばしおはしつるなり。つみのかぎりはてぬれば、かくむかふる。」
 


あかあかと地上の実相を照らしだしたかぐや姫は、無垢ではなかった。

 

なぜ月の世界が、かぐや姫を翁に送り、富を与えたかというと、「いさゝかなるくどくを、おきなつくりけるによりて、なんぢがたすけにとて、かた時のほどゝて、くだし」たのだと、月の使者は説明する。

 

姫の「つみ」がなんであったか。翁の「くどく」がなんであったか。物語はなにも説明していない。

ひょっとしたら、かぐや姫の魅力は、「つみ」と「くどく」の中身という永遠の謎にあるのかもしれない。


 ■文学的な表現の妙が細部にあること

物語の思想は、その構造が伝える。そして物語の味わいは、細部からたちのぼる。

 

たとえば、天の羽衣を着せられたとたん、地上のことを忘れてしまうかぐや姫の描写。
 

 

「中将とりつれば、ふとあまの羽ごろもうちきせたてまつりつれば、おきなをいとおし、かなしとおぼしつる事もうせぬ。このきぬきつる人は、物思なくなりにければ、くるまにのりて、百人ばかり天人ぐしてのぼりぬ。」

 

 

涙にくれていたかぐや姫が羽衣を着た瞬間、人形のように無表情になり、月明かりのなかを、華やかに天に昇っていく。

 


そして最後に帝は、かぐや姫が残した不老長寿の薬を富士山頂で焼き払う。
 


「そのけぶり、いまだ雲のなかへたちのぼるとぞいひつたへたる。」
 

 

かぐや姫の薬をもって、天上世界の永遠の生命を得たかに見えた人間は、これをあえて焼き払った。それはかぐや姫との出会いを感謝しつつ別離を受け入れ、世の理(ことわり)を理解し、人間としての運命を生きるというあきらめ、決意を示したのかもしれない。

 


こうして、永遠にたちのぼる煙のように、物語は終わる。

 

 

 

 

 

 

男たちの権力や欲望で動いている昼間の世界を批判するには、夜、静かに輝く月の光たるかぐや姫がふさわしかった。

 

かぐや姫は、地上の翁、帝たちに希望を与えたという意味で、一種の菩薩でもあった。そして、なすべきことをなしたあとは、すべてを人間に任せて天上世界へと帰る無情の存在でもあった。(菩薩は本来、人間の感情や欲望を超越しているという意味で、無情な存在だと私は思う)


夜空の月からの地上への贈り物が引き起こす騒動。それを描くことで、こうした仏教的思想が一気に物語的な構造を与えられた。光源氏が人間の光として現世の実態を照らしだしたとすれば、かぐや姫は月の光をもって地上の実態を照らしだした。

竹取物語は、現存する日本語の書き物のなかで最初の本格的な「物語」だといわれるが、みればみるほど巧みな出来栄えである。

 

 

 

 

地上の男が恋をする相手は、みな「かぐや姫」である。かぐや姫は、欲望に明け暮れる男どもを哀れむが、男から見れば、かぐや姫はやがて無情にも去っていく菩薩である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ただ名画、名演者たれ 岡倉天心『茶の本』から

岡倉天心の The Book of Tea(1906年。邦訳名『茶の本』)に、「琴ならし」という道教の説話が紹介してある。

 

洛陽の郊外・竜門に桐の大木があり、これを切って琴にしたところ、誰もうまく鳴らすことができない。

 

そこに伯牙(はくが)という名人が現れて、見事に弾きこなした。

 

王はたいへん喜び、その秘訣を聞くと、伯牙は、

 

 

「他の人々は自分のことばかり歌おうとするから失敗したのです。私は楽想を琴にまかせてしまっただけです。」

 

 

と答えた。

 

そういう説話である。

 

 

 

 

天心の非凡は、このあとにある。

 

 

 

「真の芸術は伯牙であり、われわれは竜門の琴である」64頁。

 

 

 

すぐれた芸術作品は、名人であり名医である。名人・名医の前に立つと、われわれの身体は素直になり、心の弦が鳴り出す。名人・名医は、ただ相手の性向にあわせて自在に楽音を奏でる。

 

美術館とは、来場者が名人の手によってそれぞれの楽音を奏でるコンサートホールであり、名医が集まった心のクリニックなのだ。

 

次は、私が本書でもっとも好きな部分である。

 

 

 

 

「[名品に「触れられ」たとき、われわれの心には] 恐怖におさえられていた希望や、認める勇気のなかった憧憬が、栄えばえと現れて来る。わが心は画家の絵の具を塗る画布である。

 

 

Hopes stifled by fear, yearnings that we dare not recognise, stand forth in new glory. Our mind is the canvas on which the artists lay their colour. 」

 

 

(訳文は岩波文庫版、64-65頁より)

 

 

 

 

 

人に接する時は、伯牙のように、相手の心の「琴線を鳴らす」ような態度で接するのが良い。私たちは、お互い名画のように、名演者のように、自分のことをし、それによって相手を尊重すれば良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 09:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
超直訳にも名作はある  イブ・モンタン自叙伝のすごさ

<すごい翻訳>といえば、思い出す本がある。

 

 

イヴ・モンタン(渡辺淳訳)『頭にいっぱい太陽を シャンソン歌手の回想記』ミリオンブックス、1956年。

 

 

フランスの歌手イブ・モンタンの自叙伝で、新書サイズの洒落た装丁。モンタンの写真が表紙についている。もちろん、いまは絶版である。

 

30年くらい前、神田の古本屋で買ったと記憶する。値段も安かったが、タイトルの異様さが目を引いたのだった。

 

そして読み始めたら、訳文の”すごさ”に、私は面食らった。それ以来、<直訳>という言葉を聞くと、私はよくこの本を思い出す。

 

サンプルをお目にかけよう。

 

のちの大歌手イブ・モンタンが、歌の修行をはじめたころの回想である。

 

 


 

「わたしはふたたび、レコード室屋のところで過して、老婦人の耳にあんなにも哀れな印象を刻みこんだ曲、わたしの好きなトレネを歌わせた。

 

あらためてわたしは、澄み切って、自然な容易さの印象をうけた。わたしは、生々した眼をし、耳の上に帽子をかぶって、別に覚えなかった鳥が歌い、人が話すように、何の努力もなしにいかにも幸福そうに歌うトレネを想像した。

 

わたしには、そこで、自分が歌い方の本質的な問題にふれているのだということがわからなかった。すなわちそれは、骨を折った挙句、経験を積んだ末に、全的な容易さの印象を与え、ちょっと望めば十分にそうできるかのように、公衆に思いこませるにいたるのだということだ。…

 

努力は、そのままでいようと思ったほどつらく思えた。」131頁。

 


 

 

 この調子の訳文が、200ページ余りにわたってつづく。

 

 私はこれを読みながら、これでもだいたい意味がわかるという事実に、かなり深く驚いていた。

 

 しかし、私がもっと驚いたことがあった。

 

 この訳文に惹かれて、私自身、この本を最後まで読み通したのである!

 

 





 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 16:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岡倉天心『茶の本』の意外 おわり
『茶の本』でわれわれがもっと注目すべきは、次の部分ではないか。


「近ごろ武士道ーわが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術ーについて盛んに論評されてきた。

しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが」23頁。


ここの原文は次のようになっている。


Much comment has been given lately to the Code of the Samurai, --the Art of Death which makes our soldiers exult in self- sacrifice; but scarcely any attention has been drawn to Teaism, which represents so much of our Art of Life


「死の術 the Art of Death」と「生の術 the Art of Life」というペアリングから私が連想したのは、鎌倉時代に現れた浄土思想と禅が、今日まで生きている「日本的霊性」の出自であるという鈴木大拙の見方である。

そして浄土思想は死を媒介とし、禅は生を媒介として深められたとすれば、


◯ 武士道と浄土思想は「死の術」

◯ 茶道と禅は「生の術」


というグループ分けが可能かもしれない。

してみれば、わが国は人間の生も死もつつみこむ四つの「術 the Arts」を育んできたのだ。

いずれも、抽象的な思想が抽象的なままに終わらず、日常の生活のあり方へと昇華しているところに、日本の特徴があらわれている。

われわれはこれら<四つの術>をもって、日本文化のbasics(基本)と呼んでよいだろう。

そして天心『茶の本』のユニークさは、武士道や浄土思想や禅とならんで、茶道を日本の「生の術」の代表として称揚したところにある。






(おわり)






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 13:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岡倉天心『茶の本』の意外 その4
『茶の本』には、


「翻訳は常に叛逆である」40頁


という言葉がある。「叛逆」というのは、ある言葉を他の言葉で言い換えても


「よくいったところでただ錦の裏を見るに過ぎぬ。縦横の糸は皆あるが色彩、意匠の精妙は見られない」40頁


からである。

外国語への翻訳にかぎらず、言葉を変更することが一種の説明だとすれば、


「容易に説明のできるところになんの大教理が存しよう。

[ゆえに] 古(いにしえ)の聖人は決してその教えに系統を立てなかった」40頁


なるほど、容易に説明できないからこそ大教理なのだ。

そして、もともと説明できないものを他の言葉で言い換えても事情は変わらないだろう。いや、変わらないどころか、かえって原意をゆがめて「叛逆」になってしまう可能性がある。

だが、真意を言葉で伝えようとするなら、表現を多様にして、くりかえし述べるほかに手だてはない。

したがって、翻訳(言い換え)の極意とは、「翻訳は叛逆である」という自覚をもちつつ、表現の原意へと常に遡ろうとする志向に生きることだといえる。









(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 12:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岡倉天心『茶の本』の意外 その3
天心は、まったく正しい。

われわれは芸術作品に「触れる」のではなく、芸術作品に「触れられる」のだ。

すぐれた芸術作品は、名人であり名医である。

名人・名医の前に立つと、われわれの身体は素直になり、心の弦が鳴り出す。

名人・名医は、ただ相手の性向にあわせて自在に楽音を奏でる。

美術館とは、来場者が名人の手によってそれぞれの楽音を奏でるコンサートホールであり、名医が集まった心のクリニックなのだ。

次は、私が本書でもっとも好きな部分である。


「[名品に「触れられ」たとき、われわれの心には] 恐怖におさえられていた希望や、認める勇気のなかった憧憬が、栄えばえと現れて来る。わが心は画家の絵の具を塗る画布である。

Hopes stifled by fear, yearnings that we dare not recognise, stand forth in new glory. Our mind is the canvas on which the artists lay their colour. 


(訳文は岩波文庫版、64-65頁より)








(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岡倉天心『茶の本』の意外 その2
『茶の本』には、「琴ならし」という道教の説話が紹介してある。

洛陽の郊外・竜門に桐の大木があり、これを切って琴にしたところ、誰もこれをうまく鳴らすことができない。

そこに伯牙(はくが)という名人が現れて、見事に弾きこなした。

王はたいへん喜び、その秘訣を聞くと、伯牙は、

「他の人々は自己のことばかり歌おうとするから失敗したのです。私は楽想を琴にまかせてしまっただけです。」

と答えた。

そういう説話である。

さて、意外なのはここからである。

この話で、竜門の琴と名人・伯牙をくらべて、どちらが芸術作品でどちらが鑑賞者かと考えると、私などは読みながら無意識のうちに、

竜門の琴≒芸術作品

伯牙≒鑑賞者

とイメージしていた。われわれ鑑賞者が伯牙のような名人であるとき、はじめて琴≒芸術作品からよい楽音を引き出すことができるのだ、と。

ところが、天心は逆の方向に考えを進める。

「真の芸術は伯牙であり、われわれは竜門の琴である」64頁。

つまり、

竜門の琴≒鑑賞者

伯牙≒芸術作品

だという。

頑固でなかなか鳴らず、名人の手ではじめて楽音を鳴らされる琴とは、われわれ鑑賞者のほうである。

「彼の言葉は私の心の琴線に触れました」

などということがあるが、天心が述べているのは、このことである。

すぐれた芸術作品は頑冥な琴を鳴らす名人なのであり、芸術作品に触れられて「鳴る」のは、私たち鑑賞者の心なのである。











(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岡倉天心『茶の本』の意外 その1
日本文化史で著名な熊倉功夫氏の講演を聞いたら、次のような話があった。

<岡倉天心の『茶の本』(1906年、ボストン)は、原題を The Book of Tea という。

ところが、中国の茶文化を代表する『茶経』(陸羽著、760年頃)も、タイトルを英訳すれば同名となる(「経」は「本」の意)。

それを考慮すると、天心『茶の本』は、中国の茶文化に対抗しうる日本の茶文化の独自性を主張しようとした作品である。>

以前に読んだとき、天心の西洋文化批判が印象に残ったが、<中国に対抗した>という説明を聞いて、見直してみた。

するとなるほど、天心の愛読書に陸羽の『茶経』があったにちがいないと弟の岡倉由三郎(英語教育の偉人)が書いている(岩波文庫版、8頁)。

『茶の本』は中国の茶文化を念頭におきつつ、それとは異なる日本の茶文化の特徴を世界に紹介する意図があったのだろう。







(つづく)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 04:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
『日本の耳』補遺 おわり
◯「話し言葉から語り言葉に変わると、言葉は一気に音楽に近づいてくる。」111頁。

…これは能を観ていて私も強く感じたことで、ここには言語の習得について貴重なヒントが隠れている。

われわれはともすると日常の話し言葉と紙上の書き言葉しか意識しない。しかし両者の中間には様式化された「語り言葉」の豊富なバリエーションがある。

お経、落語、演説、中継、コメント、講義、ニュース…日常会話を離れた言語活動はたくさんあり、それぞれに独特のリズムがある。

語り言葉を明確に様式化して演出したものが演劇であり歌曲である。

話し言葉が語り言葉に変わるとき、

「音量は高まり呼吸が整い、言葉のリズムが現れ、発音は明瞭に、アクセントや抑揚が強調され、音の運動が鮮明になる。音楽的要素によって言葉の陰影が深まり聞き手の心に訴えかけようとする意識に変わる。」(111頁より要約)

いわゆる「英会話」の教科書が覚えにくく面白くないのは、リズムがつかみにくく言葉に陰影がないことが一因である。

ここで思い出すのは、西洋音楽の七音階は話し言葉ではなく合唱から生まれたという著者の推論である。

合唱は言葉のリズムを強調し、言葉の音域を広げ、言葉の意味を深める。合唱は組織された「語り言葉」の一種とみなせる。

外国語の習得だけでなく母語の豊富化のためにも、われわれは「話し言葉」だけでなく「語り言葉」のパワーをもっと活用すべきだろう。








(おわり)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
『日本の耳』補遺 その1
小倉朗『日本の耳』(岩波新書、1977年)から、捨て置くのはもったいない話のメモ。

◯日本の耳は「動の中に静を求めて充足する耳」「単一への味到」「松風をきいて風と化し、筧をきて水と化す心」である。4-5頁。

◯「もしベートーベンが音ではなく光を失っていたら音楽は書けなかった。けれども古来日本の音楽家には盲人が少なくない。」10頁。

◯人間の言語では問いの中の疑問詞の音程「これはですか?」と答えに現れる音程「い、これはンです」はドミナントとトニックの「五度音程」をつくる。87頁。

◯日本の歌声は「おさめ」たり「はね」たりするもので、まさしく「毛筆の運動」と共通する。161頁。

…日本人の演奏はいいところになるとじっくり聞かせようとするためか微妙に遅くなるといわれるが、それも毛筆の運びと関係があるのかもしれない。

◯目は新しい色や形に興味をもって対応する。しかし耳は保守的である。アカデミズムの存在も手伝って、本当に新しい音楽はでてきにくい。119頁。

じっさい、音楽の新しさとはたいてい理論、技法、素材の新しさのことであって、「拘束を超絶して音を一新し得た天才的な耳は、音楽史上、数えるほどしかなかった。」119頁。

ならば音楽の革新はよほど難しいことになる。










(つづく)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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