ごきげんようチャンネル

"People like a Jewish boss, a lesbian supervisor, and black and Latino co-workers modelled what it means to be a human being, when I least deserved, but most needed such a lesson." an ex- white supremacist

「集合的無意識」を見つけて展開すれば、ヒットが生まれる

アニメ作品「君の名は」などで知られる映画プロデューサー・作家の川村元気さんの講演をラジオで聞いたら、面白いことを言っていた。

 

みんなが目にしたり、ちらっと気にしている。ところが、誰もきちんと目を向けない。そういうものが世の中にはある。

 

たとえば、お金。

 

お金が欲しいという人は多いが、本当にお金が手に入ったらどうなるかについては、あまり考えたことがない人が多い。そこで、大金が手に入ったが、その直後に盗まれた男を設定してストーリーを展開すると、人は自分の意識の盲点を突かれたような気がして、見入ってしまう。

 

こういう盲点的なポイントを、川村さんは「集合的無意識」と呼んでいるという。そこを突けば、ヒットになる。

 

考えてみれば、近年成長した企業には、人々の集合的無意識を突き、それを事業として大胆に展開して成功した例が多い。

 

 

無印しかり、ユニクロしかり、スタバしかり。

 

 

宗教も、苦とか死とか欲とか、表面には現れにくいが、実は人間が気にしていること、つまり集合的無意識を突いているから確立できたのだ。

 

道路も学校も国家も、効率とか不安とか希望といった集合的無意識の産物だといえるかもしれない。

 

今日は衆議院選挙の投票日だが、とくに野党は、集合的無意識という人間の真実を真剣に勉強して応用すれば、もっと善戦できると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 14:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「帝位は最高の死装束である」テオドラの真実

テオドラ (Theodra 500年ごろ~548年)は、東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌスの皇后。

競馬場の熊係をしていた男の娘で、踊り子だったとか娼婦だったとかいわれるが、ユスティニアヌスに見染められ、のち皇后に。今日残っているモザイク画をみると、テオドラは面長の美女である。

 


この女性には、有名なエピソードがある。



532年、首都で発生した「ニカの乱」。うろたえて逃亡しようとする夫ユスティニアヌス帝を、テオドラはいさめた。

 


「陛下、生きることだけをお望みなら、なにもむずかしいことはありません。目の前は海で、船もあります。しかし、この世に生まれ落ちた者は必ず死を迎えます。皇帝たるもの、逃亡者になるなどけっしてあってはならないことです。
 


帝衣は最高の死装束である

 

 

私は、この古(いにしえ)の言葉に深い共感を覚えます。」

 

 

 

テオドラの言葉で勇気をとりもどしたユスティニアヌス帝は、反乱の鎮圧に成功したという。


http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/chapter011.html


 

 


テオドラが言ったのは、「皇帝なら皇帝らしくしなさい」という単純なことである。職人は職人らしく、四十代は四十代らしく。覚悟をもって、「らしく」する。その時、人はいちばん輝く。

 

もっと簡単に言えば、人間なら、覚悟をもって人間らしくする。それが人の最高のあり方だということだ。
 

 

 

 

 

 


 

 



 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
稽古とはクセをとること 舞妓さんのトレーニングに学べ

『AERA』誌に、「祇園の人間力」という小さい記事があった(2017年9月11日号、54頁)。

 

祇園の舞妓さんに必要なのは、お座敷の雰囲気を見極める感覚と、その子ならではのキャラクターだという。つまりは個性だが、個性を磨くには、どうすればいいのか。

 

 

 

「入門すると、とにかく毎日お稽古です。稽古のときには型を叩き込まれますが、型が身につくと、自然にその人らしさがあらわれてくる。個性は無理につくるものではないんです。」

 

 

 

 

現地を取材した記者は、

 

 

 

 

最初についているのは個性ではなく、癖とみなされ、それを取るのが稽古でもあるのだ

 

 

 

 

とコメントしている。

 

おそらく、場の雰囲気を見極める能力も、型を身につけ、舞妓としての自信がつくなかで養われるのだろう。

 

 

 

...

 

 

 

 

社会的に認知された概念(規範)にしっかりと準拠した認識を養い、その認識にもとづいてきちんと活動しようとすると、そこに個性が現れる。

 

クラシック音楽の演奏、体操競技、外国語...  伝統ある活動は、普遍的であろうとすればするほど個性的になるという原理によって規律されている。

 

伝統を打ち破るものも、伝統の習得から出た個性である。正統の探求こそ、最高の個性と変革への道である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
創造とは、洗練された概念が自己組織化するまで磨きあげること

ピアニストの辻井伸之さんが、難曲「ラ・カンパネラ」(リスト作曲。1851年)をウィーンで演奏した時の画像が YouTube に出ている。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=f2IRyrkmP7Q

 

 

激しい手の動きによって、鐘の音の美という曲の本質に、繊細に迫っていく姿が映っている。

 

 

辻井さんといえば、何年か前、彼がアメリカのコンクールで優勝したときのテレビドキュメンタリーで、審査員の一人が、

 

 

「彼の演奏には、天から舞い降りたような、この世のものではないような、不思議な瞬間がある。そういう天才を、私たちは待っていたのです」

 

 

というようなことを言っていた。

 

 

数年前の『タイム』に、日本人バレリーナのカジヤ・ユリコさんについて、所属のヒューストンバレー団の芸術監督が似たようなことを言っている記事がある。われわれは、ユリコさんのような、「あの説明しがたいものをもった人 somebody who has that unexplainable thing 」を探しているのだ、と。

 

 

 

“She has that ability to take your breath away at times on stage,” says artistic director Stanton Welch, who’s teaching today’s class. “That’s what you’re looking for as a choreographer and a director: somebody who has that unexplainable thing.

 

http://time.com/4037535/yuriko-kajiya/

 

 

 

しかし、芸術の主人公は、それを演じるピアニストやダンサーではない。作品を作った作曲家や振付師でもない。芸術の主人公は、洗練された概念である。芸術が目指す概念は、誰が創造し、誰が演じるかといった、生身の人間の問題とは別の次元のものである。

 

高度な概念は、自己組織化する。はじめ現実の鐘の音に触発された美の概念は、音どうしの自立的関係へと昇華する。

 

日常的現実を超えた概念の世界を、ピアニストやダンサーが表現してくれる。優れた表現の中のある瞬間に、われわれは洗練された概念の本質を認識でき、この世にあることの意味を感じることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人生、本気で考えなおしたくなるコスタリカの漁師の話

コスタリカの小さな漁村にやってきたアメリカ人のビジネスマンの話。

 

有名な小話らしいが、紹介しておこう。
 

 

 

漁師ティコの小さなボートに、大きなカジキマグロが数本ある。

 

これを見たアメリカ人のビジネスマンが言った。

「すばらしいマグロだ。捕るのにどれくらい時間がかかった?」


「ちょっとの時間さ」

「なら、もっとたくさんつかまえたら?」


「とりあえず、家族が食べられれば十分だよ」

「あまった時間はなにをしているんだ?」


「遅くまで寝て、ちょっと漁をしたら、子どもと遊び、妻と昼ねして、毎晩村をあるいてワインを飲んで、友達とギターを弾いてるんだ。毎日、けっこう忙しいぜ」

 


「それなら、君の助けになろう。もっと長い時間漁をして、大きなボートを買って、ウェブで宣伝するんだ。そのうち、漁船の艦隊がもてる。加工工場ももてる。街に住んで、旅行もできる。」

 


「だんな、そりゃどれくらい時間がかかるんで?」


「15年から20年かな」


「それで、どうなるんで?」

 


アメリカ人は笑っていった。



「時がきたら、上場して企業の株を売る。君は金持ちになるんだ」

 

「なるほど、それからどうするんで?」

 

 


「遅くまで寝て、ちょっと漁をしたら、子どもと遊び、妻と昼ねして、毎晩村をあるいてワインを飲み、友達とギターが弾けるじゃないか」

 

 

 


(ジャック・トラウト(島田陽介訳)『大失敗!成功企業が陥った戦略ミステイクの教訓』ダイヤモンド社、2003年、206-207頁)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
相撲は横綱と取れ 大物との格闘が人を育てる 

体当たりするなら、大物が望ましい。易しい相手を選ばない方がいい。

 

相撲は横綱と取れ、ということ。いろんな分野に当てはまり、学問も例外ではない。

 

ウェーバー研究をしてきた社会科学者が、こう書いている。

 

 

 

 

「私は大学院で社会学のライト・ミルズを研究していたが、ある時、演習で受けた大学院のある先生から頂戴した言葉が忘れられない。

 

「君ね、ミルズをやるのも結構だけれど、どでかい思想家と格闘しないと思考は発展していかないよ

 

と。50歳過ぎて思えば、全くその通りで、流行に近い社会学者を追っていても、自らの思想は歳と共に深化しないと思う。」

 

 

(飯田健雄「オヤジたちのマックス・ウェーバー論(中)」『書斎の窓』2010年4月、49-50頁)

 

 

 

 

以前、生物学の研究者と話したとき、「研究者になるには、馬鹿のように実験に明け暮れる期間が必要だ。だいたい十年くらいかな」と言っていたのが印象的だった。

 

文系でも同じようなところがある。実験の代わりに、大物の思想家とじっくり格闘する十年が、研究者の基礎を作る。

 

研究者と称する人が、どうも底が浅い感じがすることがある。そういう場合は、たいてい外国語を深くやっておらず、古典を読んでいないように思う。

 

学問の中には、「どでかい思想家」といえる先達がいない分野もあるようだから、一概には言えないが、どうせやるなら大物と格闘すべきというのは、どの世界でも言えることではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
問題の追求が、問題の解決である

生き方の要点は、自分で決めた対象の本質を追求しつづけることである。無限に解決に向かっている人は、ある意味で、問題をすでに解決している。



ひろさちや氏の文を紹介しよう。
 

 


「わたしは子どものころ、こんな話を祖母に教わりました。

大量の糊(のり)が必要になりました。そこで牛若丸は、ちいさな箆(へら)でもって少しずつ飯粒(めしつぶ)をこねて糊をつくり始めました。それを見て、弁慶は言いました。

「そんな悠長なやり方では間に合いませんよ…」

弁慶は大きな鉄の鉢(はち)に飯をどっさり入れて、金棒でもってかきまぜました。もちろん、そんなやり方で糊ができるはずありません。

「あんな、急いだらあかんで。ゆっくりしいや……」

祖母はそんな教訓を語ってくれました。人一倍せっかち者だった祖母の言葉だから、聞いておかしかったですね。

これでおわかりのように、問題の解決は、その解決方法によってものすごく違ってくるだけでなく、どういうふうに解決するかが決まれば、おのずから問題が解決されてしまうものです。ある意味では、問題の解決方法そのものが問題の解決でもあるのです。」

 

 

(ひろさちや『50歳からの仏教入門』講談社、1998年、31-33頁)
 

 


ひろさちや氏の文はつづく。


 


「山登りをするときに、頂上をきわめることだけを考えていると、自分はまだこれだけしか登っていないと思って、絶望感におそわれます。植物採取でもしながら登ると、知らずのうちに頂上にまで来ているようなものです。

わたしたちに、極楽浄土に往きたいといった願望のあるかぎり、蜘蛛の糸はのぼれません。目標が設定されていると、かえって目標が遠くに感じられます。

蜘蛛の糸をのぼるには、そののぼっているという意識すら捨ててしまうことです。自分にとって蜘蛛の糸だけが「世界」だとしっかり信じられたとき、そこに救いがあるのでしょう。」

 

(ひろさちや同上書、59-60、34-35、185-186頁より抜粋)
 

 

 


解決と同等の解決方法とは、道中を道楽にするということである。これが、自分の主体性を確立することになる。

 



 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
それでも希望 hope は残る ハリケーン被害の島から 

ハリケーン Irma によるカリブ海の被害が報道されている。

 

 

 

 

http://time.com/4938103/hurricane-irma-caribbean-island-st-martin-anguilla/

 

 

 

 

あらためて地図を見ると、カリブ海には、セントマーチンやアンギラのように、フランス、イギリス、オランダの領土になっている島がかなりあることに気づく。住民は、これらの宗主国に支援を求めている。

 

現地では、ハリケーンによる直接の災害のほか、商店の略奪や水の汚染が深刻になっているようだ。

 

有力な宗主国を持たない島々は、支援を求める先もないのだろうか。

 

 

アンギラに住むカナダ出身の女性が、こう言ったという。

 

 

 

「いま頼りになるのは、希望だけです。」

 

"All we are really living on is hope."

 

 

 

 

 

...

 

 

 

 

以下、上記の報道から抜粋。

 

 

As reports of desperation mounts, governments of France, Britain and the Netherlands, who administer a number of territories in the region, have had to defend themselves against criticism over their response to the disaster.

 

The Netherlands announced that it was sending extra troops to the Dutch side of St Martin and French President Emmanuel Macron promised to rebuild his country’s overseas territories destroyed by the hurricane. He added that 11 people have died in St. Barts and St. Martin, raising Irma’s overall death toll to at least 38.

 

British Foreign Minister Boris Johnson defended the country’s response to the “unprecedented catastrophe” on the BBC on Monday. He will be flying into the region and Britain’s Department for International Development says 1,000 military troops have been deployed, providing shelter kits, food and water in Tortola and Anguilla.

 

For Gough, help couldn't come sooner. "My neighbors and their four children are drinking water from a contaminated cistern" she said. "All we are really living on is hope."

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「第三の場所」 スターバックスと外国語の共通点

外国語が成立する場所を「第三の場所 Third Place」と呼んだ学者がいる(Kramsch 1993。窪田光男『第二言語習得とアイデンティティ』ひつじ書房、2005年、31頁)。

大人が自分のアイデンティティを傷つけることなく外国語を身につけるには、母語の世界でもネイティブの世界でもない「第三の場所」を自分の心につくるのがよい、という意味だ。

そういえば、スターバックスを世界的企業にしたハワード・シュルツが、まさしく「第三の場所」をキーワードにして、次のように書いている。

 

 

 


「私はまったく趣きの異なる町でスターバックスが成功するのを見て、考え込まざるをえなかった。人々はいったい何に反応しているのか?

最初はコーヒーこそがその答えだと単純に考えていた。そのうちにわれわれの店には独特の雰囲気があり、それがコーヒーじたいに劣らぬ魅惑的な効果を発揮していることがわかってきた。

ロマンチックな味わい スターバックスの店で5分か10分過ごすと、人々は単調な日常生活から解放され、はるか遠い世界にいざなわれる。スマトラやケニア、コスタリカの香りが漂う場所はほかにあるだろうか。

手の届く贅沢 ブルーカラーも医者も、スターバックスで自分自身へのちょっとしたご褒美として、世界に認められた味を楽しんでいる。

オアシス スターバックスの店では、考えをめぐらし自分自身のことに集中できる静かなひとときが得られる。ささやかな逃避行が楽しめて気分がさわやかになる。

普段着の交流 どういうわけかスターバックスの店内にいると、見知った顔が見当たらないのに、安心できる世界にやってきたように感じるらしい。」

(ハワード・シュルツ(小幡照雄ほか訳)『スターバックス成功物語』日経BP出版センター、1998年、156‐158頁より要約)

 

 

 

 


こうしてシュルツは、スターバックスが「職場とも家庭とも違う安心して集える『第三の場所』を求める人々の欲求を満たした」から成功したのだと気づく。158頁。

外国語の「第三の場所」とスターバックスという「第三の場所」に共通するのは、<ちょっと贅沢な非日常性>であろう。

そしてスターバックスの場合、たんに空間的な「場所」ではなく、人が集まり、<ちょっと贅沢な非日常性>が実現する仕組み(システム)であって、これはまさしく文化装置である。

では外国語の「第三の場所」を作るにはどうしたらいいか。

もちろん、そのための文化装置を作ればいいのだ。

文化である以上、それはユニークな心の花が咲くこと、つまり常に新しい言葉が出現する場所でなければならない。

第三の場所とは新しい言葉によって常にフレッシュな自分が生まれる装置のことだ。

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
やっぱり反転授業のほうが正しい

江戸時代の寺子屋には、いっせい授業はなかったようだ。子どもは、めいめいやってきては、年齢、性別、家の職業などに応じて各自の課題を与えられ、それが終わったら帰宅する。

 

松下村塾も、行ってみると小さな一軒家のようなところで、黒板のようなものはなさそうだった。

 

藩校や大寺院のようなところでは、いっせい授業に似た形式はあったのだろうが、そうでもないやり方も普通に存在した。

 

いっせい授業だけが技能の伝授の仕方ではなかった、ということだ。

 

 

 

けっきょく、人がなにかを身につけるのは、一人一人が自分で練習するプロセスのなかである。もちろん、横に誰かいたほうがいい時もある。それでも、人がなにかを身につけるのは、自分と向き合っているプロセスのなかでしかない。

 

 

 

いっせいに授業をしなくても「わかる」方法があるのなら、一人で「わかる」ほうが効率がいい。そしてみんなが集まった時は、「鍛える」「勝つ」に時間を割けばいい。

 

これを実現しようというのが、反転授業と呼ばれる方式だ。

 

これから何年かして、反転授業が普通になったら、きっと人々は今を振り返って、こう言うだろう。

 

 

 

<昔は、いっせいに授業やってたんだって。なんて非効率な、なんて徒労なことをしていたんだ!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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