ごきげんようチャンネル

鳥倦飛而知還 鳥 飛ぶに倦みて 還るを知る


陶淵明・歸去來兮辭


言葉に翻弄されるのではなく生きたい

つくづくと、あらためて、完璧な人はいない。

 

完璧な詩人も、完璧な政治家も、完璧な教師も、完璧な子どもも、いない。

 

「自分は完璧ではない」と思うのは人の批評を通じてであるが、その批評をしている人自身、完璧ではないから、ちょっとややこしいことになる。

 

完璧でない人が完璧でない人を批評するのだから、そこには誤解、偏見、見落とし、誤伝など、マイナスの現象がつきものだ。

 

完璧な人もいないし、完璧な人間関係も存在しない。いや、完璧な人間関係はないから、完璧な人間もいないのだ。

 

たぶん、「完璧」という概念じたい、ルターにとっての「神の義」のように、もともと達成不可能なもの、ただ言葉が存在するというだけのものなのだ。

 

高度すぎる概念に翻弄されるのではなく、かといってそれを放棄するというのでもなく、それに向かっていくという謙虚な姿勢が、いちばんいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 19:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
司馬遼太郎「最後の将軍」 自在な文体の達成

司馬遼太郎の「最後の将軍  徳川慶喜」を、今日まで4回、計7時間にわたり、松平定知氏がラジオで朗読していた。

 

松平氏は、長いテキストを安定したリズムでぐんぐん読んでいく。区切りでは、ほんの短い沈黙を置く。聞くうちに、慶喜という人の才気と、革命というものの実態が、細部の描写を通して浮かび上がってくる。

 

松平氏の声の調子は、どこか文語の格調をたたえた物語芸であった。

 

 

 

 

そして、司馬遼太郎の文体の自在さ。近代日本語のひとつの達成がここにあるような気がした。

 

文体の自在とは、視点の自在である。その場の情景の客観的描写から、作者の主観的観察へと自在に移動しながら、そこに不自然さがない。司馬氏の奥さんが、「夫の文体はセクシーだと思う」といったのをテレビで聞いたことがあるが、それは怪しいまでに自在な、司馬流の視点の変換のゆえであろう。

 

 

 

 

江戸から明治への転換がはらむ史実の妙といい、司馬遼太郎の文体といい、松平氏の朗読といい、じつにいい達成を見せてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 09:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
声が出なくなってわかったこと

50歳くらいから、自分の声が小さくなった。

 

何年ものあいだ、喉にかすかな痛みがあり、声がかすれた。

 

今では、マイクなしで100人ほどに聞こえる声は、もう出ない。

 

もうそういう声が出ないことは、やってみなくても身体感覚としてわかる。

 

 

 

重いものを運ぶとき、「こういうものが運べるのは、あと何年だろう」と考えるようにもなった。

 

かつてのような力がなくなっていることが、身体感覚でわかるのだ。

 

 

 

そこで私が気づいたのは、女性の身体感覚についてである。

 

以前、若い女性の花火職人がラジオで、「花火の大玉は、重さが30キロあります。これは私には持てません」と話していた。

 

慣れた男性なら、30キロを持ち上げるという。

 

この女性は、30キロは重すぎることが、自分の身体感覚としてわかるのだと思う。

 

 

 

老いるということは、ある程度以上のことはできないことを、身体感覚としてわかるということではないだろうか。

 

若いということは、自分の限界に気づきにくいということである。女性の場合、その限界に気づく機会が多いのかもしれない。同時に、若いということは、自分の限界がまだ超えられるという身体感覚をもっているということでもある。

 

自分の限界を身体感覚で自覚している老人と、自分の限界を超えられそうだと身体感覚でわかる若者は、ちょうどいいペアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
<私を愛してくれてもいいのです>と言おう 名曲”デスペラード”のメッセージ

イーグルズのヒット曲 ”デスペラード”。

 

メロディーといい、歌詞といい、やはり名曲。

 

「デスペラード」というのはバクチ師のことで、自由を求めて、その日暮らしをつづける若者を諭(さと)す内容の歌詞だが、一語一語が、人の生き方をしみじみと考えさせる。

 

とくに最後のラインに、

 

 

You better let somebody love you, before it's too late.

 

 

とあるのは、日本語なら「手遅れにならないうちに、誰かに愛してもらえよ」くらいになるが、この英語は、それだけでは表現できない意味をふくんでいるように思う。

 

 

<世界は、あなたを愛したがっている。それを拒否しているのは、あなた自身なのだ>

 

 

というメッセージである。

 

世界のこの側面がわかった人は、幸福だ。

 

そのとき世界は、マタイのなかのイエスのように、こう言うだろう。

 

 

 

 

「幸いなるかな、心の貧しい者よ。世界はあなたのものだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【デスペラード歌詞】

 

 

 

 

"Desperado"

 

 

Desperado, why don't you come to your senses?

You been out ridin' fences for so long now

Oh, you're a hard one

I know that you got your reasons

These things that are pleasin' you

Can hurt you somehow

 

Don't you draw the queen of diamonds, boy

She'll beat you if she's able

You know the queen of hearts is always your best bet

 

Now it seems to me, some fine things

Have been laid upon your table

But you only want the ones that you can't get

 

Desperado, oh, you ain't gettin' no younger

Your pain and your hunger, they're drivin' you home

And freedom, oh freedom well, that's just some people talkin'

Your prison is walking through this world all alone

 

Don't your feet get cold in the winter time?

The sky won't snow and the sun won't shine

It's hard to tell the night time from the day

You're losin' all your highs and lows

Ain't it funny how the feeling goes away?

 

Desperado, why don't you come to your senses?

Come down from your fences, open the gate

It may be rainin', but there's a rainbow above you

You better let somebody love you, before it's too late

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「この道十年」は長いか? 

「パソコンの父」といわれるアラン・ケイ(1940〜)の次の言葉は有名だ。

 

 

 

未来を予言する最良の方法は、未来を創造することである。

 

まず何が必要なのかを決定し、つぎにそれを実現するのだ。」

 

(Alan C. Kay(鶴岡雄二訳)『アラン・ケイ』アスキー、1992年、128−129頁)

 

 

 

では、「未来を創造する」には、どうすればいいのか。彼は、

 

 


「研究段階のアイデアが消費者向け最終製品になるまでには、まちがいなく10年はかかる」

 

 


と書いている(同上書、128−129頁)。

 

画期的なアイデアが人々に受け入れられ、定着するには、10年はかかるということである。

 

 

 

なぜ、「まちがいなく10年」なのか。同書によると、

 


第一に、多くの実例がそれを証明している。ビデオゲーム、アーケードゲーム、パソコン、ゼロックス、プログラム言語… いずれもアイデアの発見から実用までに10年以上かかっている。

第二に、よいアイデアの価値を明確に認識することは、当事者にとっても世間にとっても、容易なことではない。たとえばゼロックス社バロアルト研究所は最良の発見をしたのに、その価値が認識できず、そのままになってしまった。

第三に、アイデアを現実のものにするのに3年ほどかかる。

第四に、いちおう完成したようにみえても、あらたな重要問題が出てくるので、改善の時間が必要になる。
 

 

10年かかるということは、十分な準備と人材と資金があれば、10年後には確実に技術革新ができるということでもある。

 

 

 

個人でも、専門的な分野で一人前になるには10年かかるという話も、よく聞く。

 

若い頃の10年は、長いように思える。だが、なにごとも10年あれば一人前のプロになれるとすれば、価値ある時間でもある。

 

 


新しいアイデアを普及させるのに必要な時間。プロになるのに必要な時間。それが「まちがいなく10年」だということは、若い人が覚えておくといいことのひとつかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
概念をつかう認識の姿勢を新鮮に ユーミンの極意

 何年か前、ユーミンさんがテレビで、

 


「言葉にすればとっても陳腐。だから音楽にする意味がある」

 


というようなことを言っていた。

 


それで思い出した話。

数十年前の都知事選でのこと。ある新聞社が二人の有力候補に、「東京で自慢できるものを三つあげてください」と質問した。

 


保守系有力候補の回答。



「皇居、地下鉄、高速道路」



この候補は落選した。



もうひとりの革新系候補(美濃部さん)の回答。

 


「半蔵門付近のお堀ばた、ソバとうなぎ、きれいな若い女性」

 


もちろん、こちらが当選した。

 



「言葉が新しいのではない。その言葉をつかう姿勢がすばらしいのだ。」

 



これがコピーづくりの極意だという話だ。 

 


(宣伝会議コピーライター養成講座編『最新約コピーバイブル』 宣伝会議、2007年7月、7頁)

 

 

 


言葉は、それを使う姿勢が新鮮かどうかで、意味が変わる。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
意志を残して去るために

すっかり小説を読まなくなった。映画も見ない。ゲームもしない。テレビもDVDも見ない。

 

酒も飲まないし、ゴルフもしない。ニュースはネットですませることにした。音楽会とか演劇とか、時間のかかるものにはなるべく行かない。

 

世の中のことに、善悪、正誤をすぐに判断しない。まずは、「そうか」と受け止めるだけである。

 

人から見たら、つまらぬ人間だろう。

 

 

 

ただ、人並みに食事もするし、腹を立てることもある。それはすべて、未来に備えるためである。

 

ここで未来とは、自分の死後のことである。

 

ある意味で、人は死後に備えて生きている。ある年齢になったら、もっぱら死後に備える。それでいいと思っている。

 

遺書も書こう。他者をしばるためではない。自分の意志を述べるためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 09:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「集合的無意識」を見つけて展開すれば、ヒットが生まれる

アニメ作品「君の名は」などで知られる映画プロデューサー・作家の川村元気さんの講演をラジオで聞いたら、面白いことを言っていた。

 

みんなが目にしたり、ちらっと気にしている。ところが、誰もきちんと目を向けない。そういうものが世の中にはある。

 

たとえば、お金。

 

お金が欲しいという人は多いが、本当にお金が手に入ったらどうなるかについては、あまり考えたことがない人が多い。そこで、大金が手に入ったが、その直後に盗まれた男を設定してストーリーを展開すると、人は自分の意識の盲点を突かれたような気がして、見入ってしまう。

 

こういう盲点的なポイントを、川村さんは「集合的無意識」と呼んでいるという。そこを突けば、ヒットになる。

 

考えてみれば、近年成長した企業には、人々の集合的無意識を突き、それを事業として大胆に展開して成功した例が多い。

 

 

無印しかり、ユニクロしかり、スタバしかり。

 

 

宗教も、苦とか死とか欲とか、表面には現れにくいが、実は人間が気にしていること、つまり集合的無意識を突いているから確立できたのだ。

 

道路も学校も国家も、効率とか不安とか希望といった集合的無意識の産物だといえるかもしれない。

 

今日は衆議院選挙の投票日だが、とくに野党は、集合的無意識という人間の真実を真剣に勉強して応用すれば、もっと善戦できると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 14:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「帝位は最高の死装束である」テオドラの真実

テオドラ (Theodra 500年ごろ~548年)は、東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌスの皇后。

競馬場の熊係をしていた男の娘で、踊り子だったとか娼婦だったとかいわれるが、ユスティニアヌスに見染められ、のち皇后に。今日残っているモザイク画をみると、テオドラは面長の美女である。

 


この女性には、有名なエピソードがある。



532年、首都で発生した「ニカの乱」。うろたえて逃亡しようとする夫ユスティニアヌス帝を、テオドラはいさめた。

 


「陛下、生きることだけをお望みなら、なにもむずかしいことはありません。目の前は海で、船もあります。しかし、この世に生まれ落ちた者は必ず死を迎えます。皇帝たるもの、逃亡者になるなどけっしてあってはならないことです。
 


帝衣は最高の死装束である

 

 

私は、この古(いにしえ)の言葉に深い共感を覚えます。」

 

 

 

テオドラの言葉で勇気をとりもどしたユスティニアヌス帝は、反乱の鎮圧に成功したという。


http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/chapter011.html


 

 


テオドラが言ったのは、「皇帝なら皇帝らしくしなさい」という単純なことである。職人は職人らしく、四十代は四十代らしく。覚悟をもって、「らしく」する。その時、人はいちばん輝く。

 

もっと簡単に言えば、人間なら、覚悟をもって人間らしくする。それが人の最高のあり方だということだ。
 

 

 

 

 

 


 

 



 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
稽古とはクセをとること 舞妓さんのトレーニングに学べ

『AERA』誌に、「祇園の人間力」という小さい記事があった(2017年9月11日号、54頁)。

 

祇園の舞妓さんに必要なのは、お座敷の雰囲気を見極める感覚と、その子ならではのキャラクターだという。つまりは個性だが、個性を磨くには、どうすればいいのか。

 

 

 

「入門すると、とにかく毎日お稽古です。稽古のときには型を叩き込まれますが、型が身につくと、自然にその人らしさがあらわれてくる。個性は無理につくるものではないんです。」

 

 

 

 

現地を取材した記者は、

 

 

 

 

最初についているのは個性ではなく、癖とみなされ、それを取るのが稽古でもあるのだ

 

 

 

 

とコメントしている。

 

おそらく、場の雰囲気を見極める能力も、型を身につけ、舞妓としての自信がつくなかで養われるのだろう。

 

 

 

...

 

 

 

 

社会的に認知された概念(規範)にしっかりと準拠した認識を養い、その認識にもとづいてきちんと活動しようとすると、そこに個性が現れる。

 

クラシック音楽の演奏、体操競技、外国語...  伝統ある活動は、普遍的であろうとすればするほど個性的になるという原理によって規律されている。

 

伝統を打ち破るものも、伝統の習得から出た個性である。正統の探求こそ、最高の個性と変革への道である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | スタバスタイルの塾を作りたい | 00:00 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
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