ごきげんようチャンネル

あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
        ヤコブの手紙 5:3    

”メタデータ” の不気味な世界
去年、アメリカのNSAが、事実上世界中のデジタル通信のデータを収集していることがわかった。

それで知られるようになった言葉が、”メタデータ metadata” 。




”メタデータ” とは、<データのデータ>のことで、たとえば、iPhoneで電話をかけると、かけた場所、受話器の製造番号、通話時間、同じ人に何時何回電話したか、といった<データのデータ>が収集される。



http://america.aljazeera.com/watch/shows/america-tonight/america-tonight-blog/2013/12/30/trends-you-mightnothavenoticedin2013.html



”メタデータ”は、個々の通話を把握しているのだが、通話内容そのものは傍聴していないというのがミソで、プライバシーの侵害とか、国家による組織的盗聴だとかいう非難を避けるためのポイントになっている。

だが、”メタデータ” が通話内容の把握につながっていることは明白で、だからこそテロリズムの捜査に使っているわけである。





この話で興味をひくのは、データというものは単層ではないということである。”データのデータ” があるのだ。ならば、"データのデータのデータ” へと到達する道もあるのかもしれない。



この話は、マルクスの<使用価値と価値>の分析を思い出させるところがある。

商品には、それぞれ異なる使用価値(データ)があるが、その底には、どの商品も人間労働の支出の成果であるという意味で同質の<価値>(データのデータ)が共有されている。

そしてマルクスの分析にはさらにもう一層がある。それが価値形態である。

価値形態は、単独の商品ごとに見るのではなく、複数の商品を等式関係に置くことで現れ、発展するもので、使用価値(データ)と価値(データのデータ)をつなぐ役割をする。

価値形態は、いわば第三層のデータ(データのデータのデータ)である。




アメリカなどがやっている<データのデータ>集めの最終目的は、通信の内容を表す<データ>を知ることである。

だが、<データのデータのデータ>を発展させるのは誰かというと、それは生身の人間、すなわちわれわれ通信利用者なのだと思う。















 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 記号論 | 21:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
数字には四つの意味がある
統計学では、数字に四種類の尺度(意味)があるそうだ。

〔承措榲戞銚澆い魘菠未垢襪世韻砲弔う数字(いわゆる番号)。例・男は1、女は2。従業員番号125。

⊇臀尺度…数が示す順序(大小)に意味がある。例・嫌いは0、好きは1、大好きは2。売上成績3位。

4岾崋榲戞朕瑤隆岾屬飽嫐がある。例・体温36度。

と耄禺榲戞銚澆い亡慙△気擦瞳彁擦任る。例・身長175センチで体重90キロ。そこから肥満度が計算できる。

,鉢△麓租データと呼ばれ、互いにかけ合わせるといった通常の計算ができない(計算しても意味がない)が、統計学では特殊な解析方法が開発されている。

とい藁姪データといい、互いに通常の計算をして意味ある結果がえられる。

(涌井善幸『統計解析がわかった』日本実業出版社、2008年、156−157頁)

なるほど、言われてみればそういう感じだ。

おもしろいのは、これをみると数字の意味は数字じたいが決めるのではないことだ。

数字の世界だけで完結する数学とちがって、統計学というのは人間にとっての数字の「意味」を解釈するための学問らしい。

ま、これから数字をみたら「これは間隔尺度かも…」などと考えてみようか。








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 記号論 | 23:16 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
”マイナスイオン”の怪  ニセ科学にはご用心
あめ ちょっと前の『科学』(岩波書店)に、ニセ科学の特集がのっていた。

こりゃおもしろいと思って、コピーをとったのが出てきたのだが、たとえばこういうことが説明してある。

「マイナスイオンがでるので健康や美容によい」というふれこみの家電製品が最近、当然のように売られているが、マイナスがよくてプラスが悪いという根拠はなにもない。言い出したのは科学者とはいえない三人の人物だった。これになぜかマスコミや大手メーカー、そして大学の研究者までが追随して、さも常識のようになってしまった。メーカーはそうしたふれこみの製品を販売しながら、狡猾にも(?)「マイナスイオンにどのような効果があるか知らないが、害があるわけではない」などと説明している。(『科学』2006年9月号、906頁)

害があるわけではないから・・・という言い訳で、あやしげな販売促進(視聴率向上)を正当化するところは、最近の「あるある大事典」さわぎにも似ている。

マイナスイオンは、健康や美容をもとめる心理の「記号」そのもの。じっさいの効用とは別に、心理的な「効用」が商品になっているわけだ。案外と、こういうグレーゾーン「記号」が、世の中では大きな役割を果たしているのかもしれない。

夢を買う買い物。マイナスイオン?ないよりいいかも・・・ぐらいのノリで買ってしまう。そこにつけこんだニセ科学商法だが、はたしてこれでいいのやら・・・ テニス

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 記号論 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人の「語り」が作品の柱 テレビドキュメンタリー論
テレビのドキュメンタリー番組って、どうやって作ってるんだろう?

NHKで30年以上ドキュメンタリーを制作した人が、京都大学で客員教授をやりながら書いた本が出た。

山登義明(やまと・よしあき)『ドキュメンタリーを作る テレビ番組制作・授業と実践』(京都大学学術出版会、2006年、2200円

さすがベテラン、素人にはちょっと考えつかない手法も説明してある。たとえば、あるフィリピンの少女を撮っていた。その子の家庭が貧しいことを描きたいが、あまりに悲惨なため、本人が家を見せたがらない。困った。映像は、「見えない」ものは表現しにくい。

そういうときは、「家を撮影したいが…」と本人に聞いて、その子が答えているところを撮影しておけばいいのだという。断られたとしても、「これはあまりに貧しいからだな…」と見る者に気づかせれば、実際の家の画像と同等の効果をあげることもできる。(112頁)

こういうことを瞬時に計算して行動できる人が、敏腕ディレクターと呼ばれるそうだ。あるものがダメなら、そこに至る過程を紹介する。これは応用できそうな手法だ。

いちばん印象に残ったのは、インタビューのやり方を説明して、

”インタビューとは、インタビューされる人と共同で事実を発見・解明する作業、つまりコラボレーションであるー”

と述べているところである。たんに相手に聞くのでもないし、こちらの見方を押し付けるのでもない。いっしょに「事実を発見する」のが、インタビューなのだという。(92、96頁) この精神は、私たちの会話や会議でも役立ちそうだ。話とは、共同で事実を発見する行為である、と。

重みを感じたのは、たとえ短いカットであっても、インタビューの部分こそ、番組の根底となることが多い、という指摘だ。(97頁)

人間の「語り」ほど、深いメッセージを伝えるものはないからだろう。人間の声、語りの力。けっきょくは、それがドキュメンタリーの神髄なのかもしれない。
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 記号論 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イナバウアー=カプセル論 記号論講義
いやー、昨晩のワールド・ビジネス・サテライト(テレビ東京系)はおもしろかった。

通称「がちゃがちゃ」。カプセルに入ったおもちゃの販売機の開発の話だった。

「あれ、ほしい!」と思った子どものころの気持ちを思い出して、夢中で見てしまった。

もともと、そのままでは売れないような、小さなおもちゃを売る方法として、アメリカで生まれたという。

日本における「がちゃがちゃ」開発の元祖みたいな社長さんが言った言葉が印象的だった。

「なぜ売れないものが売れるかって? そりゃ、カプセルに入ってるからですよ。」

うーーーーん! おっしゃる通り。しかし、なんでカプセルに入っていれば、人は欲しくなるのか?

人間の心の不思議、といいたいところだが、不思議を不思議といってるだけなら、誰でもできるわいー

などと思っていたら、ちょっと無理やりだが、似たような例を思いついた。

荒川静香さんのイナバウアー。

あれ、いまやプロに転向した荒川さんのトレードマークになっているらしい。オリンピックでは直接得点にはならなかったというが、イナバウアー見たさに、荒川さんのアイスショーに出かける人も多いだろう。

「がちゃがちゃ」に駆け寄る子どもは、使い道のないカプセルに入っている人形が、ほしくてたまらない。

「カプセル入り人形」≒「イナバウアーつき荒川静香」

(あ、これ、荒川静香さん=「売れない人形」という意味ではないです。荒川さんの実力は折り紙つき)

まてよ。これ、人間すべてに言えるかも。

自分は、どんなカプセルに入っているか? 思わず人がほしくなるようなカプセルに入っているか?

なんて考えてみるのもいいか。

ところで、この種の話、学問でいうと「記号論」に近い。

記号論は、人間は実物そのものではなくてシンボル(記号)を媒介として行動すること、そしてどんなものごとも、それ自身とは違うもののシンボルになる、という話からはじまる。

たとえば、ヴィトンのバッグは、バッグとしての実用的機能だけではなく、それをもつことの社会的意味によって売れていく。バッグは物体であるだけでなく、シンボルでもある。

化粧だってファッションだって、学歴だって声だって英語だって、自分を包むカプセル(シンボル)づくりだね。

さて、そのカプセルがせっせと製造される工場は、みんなの両手の中…

なんて話は、やめておきます。


| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 記号論 | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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