ごきげんようチャンネル

"People like a Jewish boss, a lesbian supervisor, and black and Latino co-workers modelled what it means to be a human being, when I least deserved, but most needed such a lesson." an ex- white supremacist

バリ島 噴火前の空がすごい

バリ島のアグン山の噴火が近いと思われ、多くの人が避難しているという。

 

人類滅亡の可能性のうち、いちばんリアルなのは、大噴火による大量の粉塵によって地球の気候が激変することだ、という話を読んだことがある。

 

噴火の予兆なのか、空の雲がすごい。

 

 

 

バリ島で揺れ強まる、噴火への懸念高まり3万4000人以上避難 インドネシア

 

バリ島 2017年9月24日

 

http://www.afpbb.com/articles/-/3144090?pid=

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 07:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
和菓子は水を売れ、洋菓子は空気を売れ

和菓子の「たねや」社長・山本徳次氏が、おもしろい洞察を書いている。
 

 


洋菓子の焼き物はほとんどが空気。洋菓子がうまいのは、空気を演出しているとき。

他方、和菓子は、6割から8割が水。魚と同じで、みずみずしくて保水作用があることが大切。水のうまさが和菓子の決め手。

洋菓子は空気を売れ、和菓子は水を売れ。

 

 

(山本徳次『商いはたねやに訊け』毎日新聞社、2003年、43頁)
 

 

 


まるで名僧「空海」の名前のように、和菓子と洋菓子はこの世の二大要素 —空気と水— のうまさを凝縮しているわけだ。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 13:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ある白人至上主義者の改心 

アメリカで人種差別感情が高まり、それに抗議する人たちの動きも盛んになっている。ヨーロッパでも右派が台頭している。きっと日本にも影響してくるだろう。

 

アルジャジーラのサイトを見ていたら、元白人至上主義者で、ヘイト系バンドのリーダーだった男が、なぜ運動もバンドもやめたのかを、自分で説明している告白文があった。

 

 

 

http://www.aljazeera.com/indepth/features/2015/08/reflections-white-supremacist-150828100415193.html

 

 

 

2年前の記事だが、心の奥から出てくる言葉をつづった感じの、めったにない文になっている。

 

 

7年間、暴力的なヘイト活動を続け、優越感も持ったが、内心では自分の間違いを自覚していたという。その自覚を認めたくないがゆえに、さらにヘイト活動を続ける日々。やがて、心がヘトヘト(exhaustion)になってしまった。

 

今は慈善系の団体で働いているというが、そうなったきっかけは、自分が敵視した人々が返してくれた愛情 (love) だったという。ユダヤ人、レズビアン、黒人、ラティノ。そうした人たちの前では、相変わらず突っ張ってはいた。しかし、彼らに受け入れてもらううちに、「みんな人間という仲間なんだという気持ちに、どうしても勝てなくなった。 ... the sublime power of human kinship prevailed.」

 

 

この男が、どれだけ多くの人々の体と心を傷つけたか。それを考えると、この男の負い目は、ただ反省しただけでは済まない、犯罪的なものであろう。だが、この男がいま反省しているという事実は、人間性への究極的な信頼ということも考えさせてくれる。

 

自分の人種や民族や国家の優越の感情に身を任せることは、ある意味で単純にできることである。それは単純な感情であるだけに、強いパワーで人を動かす。

 

あることを信じるのは良い。だが、それを暴力的に他者に押しつけるのは良くない。相手を信頼して自分の意見を伝えた後は、相手自身に判断してもらう。相手も、自分を信頼して意見を言ってくれれば良い。その良し悪しの判断は、自分がする。その繰り返しによって、「みんな人間という仲間なんだ」という気持ちが醸成される。

 

このプロセスには、時間がかかる。相互尊重と忍耐の裏では、ほとんどつねに相互不信と暴力が進行する。その間に、とりかえしのつかない犠牲が生まれることもある。

 

これから右派がさらに台頭し、憎悪が放置され、奨励さえされるかもしれない。

 

それでも、人間の中核にあるのは、憎悪ではない。人間の中核にあるのは、「みんな仲間なんだ」という気持ちのほうである。そう思い続ける力を失いたくないと思う。

 

 

 

 

...

 

 

 

以下、原文から抜粋。

 

 

Reflections of a former white supremacist by Arno Michaelis    

 

 

...  But the most powerful moments that fed the growing sense of exhaustion that led me away from hate were ones rooted in love. Time after time during my seven year stint in hate groups, I was graced with kindness and forgiveness by people I was openly hostile to because of who they were. Refusing to let my inhumanity diminish theirs, people like a Jewish boss, a lesbian supervisor, and black and Latino co-workers modelled what it means to be a human being, when I least deserved, but most needed such a lesson. ...

 

But no matter how much I drank, how loud the white power music was cranked, how many other disgruntled white kids I managed to surround myself with, or how much blood I spilled, the sublime power of human kinship prevailed, leading me from a world consumed by hate and violence to one firmly set in the basic goodness of human existence.

 

 

 

http://www.aljazeera.com/indepth/features/2015/08/reflections-white-supremacist-150828100415193.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 08:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルネサンスはいつからいつまでか 1500年をピークとする前後300年間
西欧のルネサンスは、いつからいつまでか。

おおまかにつかむためのメモ。



はじまりは、1300年ころとイメージしておいてよさそうだ。目印として、ダンテ『神曲』の執筆がこのころ。この作品で、古代ローマの詩人・ウェルギリウスがダンテの道案内人になるのは、古代復興を示唆する。中世ラテン語からの自立を象徴するトスカナ語での執筆でもある。ルネサンス絵画への道を開いたとされるジョットも、1300年前後に活動した画家。



最盛期は、1500年ごろというイメージでよいか。ダ・ビンチの「最後の晩餐」制作がこのころ。1517年ルターの95か条にはじまる宗教改革が重なり、ルネサンスは後期にはいってヨーロッパ全体をまきこみ、宗教改革というイデオロギー的・政治的な色彩も加わることになる。



終わりは、1600年ころとイメージしておくと役立ちそうだ。近代的宇宙観の先駆といわれるジョルダーノ・ブルーノが異端のかどでローマで火刑となった年。ガリレオ・ガリレイが異端審問をうけ、コペルニクスの地動説が禁止された1616年は、ルネサンスの終焉を象徴するというべきか。



ルネサンスは、古代復興を足場にした精神的・芸術的な運動であり、宗教改革はキリスト教の範囲内での思想の自由を追求した。

キリスト教の枠を破る可能性をもった科学的な世界観の確立は、1600年以降の課題であった。デカルトは1600年ころに生まれている。ニュートンはようやく1642年に生まれている。





1500年ころをピークとする、1300年から1600年までの300年間。

ルネサンスとは、そういうイメージでよいのだろう。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 06:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ウクライナ問題の盲点
ウクライナの状況が緊迫している。

報道をみていて、ハッとさせられたコメントがあった。

米露関係の研究者・コーエン教授(ニューヨーク大学)の指摘である。



http://www.pbs.org/newshour/bb/debating-moscows-military-moves-crimea/#transcript



◯ ロシアにとって、グルジアやウクライナのような地続きの周辺地域は、アメリカにとってのカナダやメキシコとは意味がちがう。

アメリカがカナダやメキシコに軍事介入したりしないのと同様、ロシアも当然、グルジアやウクライナに介入すべきでないというのが、アメリカの発想である。

しかし、ロシアはそうは考えていない。

むろん、ロシアが本来、グルジアやウクライナに介入する権利があるのかどうかは議論の対象になりうる。

だが現在、ロシアがそのような発想に立っていることは事実であって、そのことはふまえなければならない。



STEPHEN COHEN: Well, let me turn it back to you, because it — what I hear is in the American commentary is, Russia has no legitimate national interests abroad, not even on its borders, as though we don’t care what happens in Canada and Mexico.



この根本的な発想の違いを無視し、ロシアをただ非難し、その結果、いつか住民を戦争に巻き込むとすれば、外交のやり方として「根本的に間違っている I think they’re fundamentally wrong. 」





◯キエフの「政権」は、憲法ももたず、選挙も経ていない。これは正当な政権というより、今のところ過激派の集団にすぎないとみるべきである。彼らは極端な言葉でロシアを挑発し、東西の対立関係をあおり、西側の援助を引き出すことで権力を維持しようとしている。

 

STEPHEN COHEN: Well, I don’t think Kerry is going to Kiev for the reason he’s giving. He says he’s going to find out what this so-called government in Kiev wants.

It’s an extremist government with no constitutional or international legitimacy. It’s unelected. 
 


 


◯ウクライナには、ロシア人とウクライナ系の夫婦で、子どもをもうけている人が数千万人もいる。こうした人たちからみれば、<ロシアか、ウクライナか>は無意味な選択である。

このような住民の現実をふまえず、互いに自分の発想を相手に押しつけようとする大国の空論的外交の結果、じっさいに戦争になったとき、その禍根は将来の世代にまで及ぶだろう。
 



STEPHEN COHEN: Now imagine that on the borders of Russia. I mean, just imagine what that means, the possibility of provocation, the possibility of misunderstanding.
 

And let me mention one other thing. You want to talk about Russia’s ties to Ukraine? There is simply much more primary. Tens of millions of Russians and Ukrainians are married. They are married. They are conjugal. They have children together.
 

You want to divide — put a new Iron Curtain or whatever you call it right through that biological reality? This is madness. It’s gone too far.








(おわり)







 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 09:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
現代の二大悪 機械的世界観と投機的時間意識 
今村仁司『親鸞と学的精神』(岩波書店、2009年)に、現代精神の二大悪が指摘してある。214-217頁


ひとつは、自然を、ひいては世界全体を、機械と同質とみなす傾向である。

そこに欠けているのは、人間が社会的につくりだす言葉、道徳、芸術、学問、スポーツ、精神、都市、国家といったもの(マルクスのいう「意識形態」)への正当な理解である。

意識形態は、人間の主体的な価値形態づくりから生まれ、そこには現実に合致しない虚偽の意識もふくまれるが、いずれも人間が共同でつくりだした目的や意識であり、私たちはその意識形態を頼りに生きている。このことは不可避である。

人間の主体的な目的や意識の世界を忘れて、この世が機械のようにただ動いているかのような感覚。その弊害に気づかないことじたいが愚=悪である。



もうひとつは、時間をもっぱら投機的にとらえる傾向である。

投機的というのは、目前の成功をねらって、今を忙しく切り分けるのみで、きちんと準備しない態度である。

投機が不要だというのではない。その反面がないところが問題なのである。

反面とは、未来を可能にする<仕組み>づくりの知恵である。

本当の努力すべきなのは、未来を可能にするために、今あるものを組織だてることである。

<断捨離>というが、これは今を組織だてることが過去と未来を整えることになるという知恵である。

投機的な時間感覚の愚に気づかないことは、悪である。



機械的世界観と投機的時感覚は、基底のところでつながっている。















 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
マンデラ氏と共産主義思想
亡くなったマンデラ氏(1918 - 2013)が、一時期、南アフリカ共産党の中央委員会メンバーだったことがわかった。


http://www.bbc.co.uk/podcasts/series/newshour


上記の報道によると、マンデラ氏が南ア共産党に属していたのは、1950年代終わりから1960年代はじめまでの数年間だったという。マンデラ氏が四十代のころである。

当時、南ア共産党は武装闘争路線に走り、ソ連と連絡があったほか、毛沢東に直接指導を仰いだこともあったという。

その後、マンデラ氏はアフリカの指導者たちとの交流のなかで、ソ連の評判があまりに悪いことを知り、国内でも共産党への支持が薄いことを実感して、南ア共産党を離れたらしい。



数十年前のこうした事実が今でもニュースになるのは、「離党したというのは形式だけで、じつはマンデラ氏は南ア共産党、ひいては中ソの秘密エージェントだったのか?」といった疑心を呼ぶからであろう。

たとえば、アパルトヘイト撤廃の主役となったアフリカ民族会議は南ア共産党の影響を受けていたが、マンデラ氏は、じつは一貫して南ア共産党の秘密エージェントとして、そのアフリカ民族会議に送りこまれていたのかもしれない、といった、<スパイ疑惑>である。



そこまでの事実はないにしても、マンデラ氏の不屈の生涯が共産主義と関係があるとなれば、複雑な気持ちになる人もいるだろう。

20世紀の共産主義は、中ソを中心とする国際共産主義運動の秘密活動と結合したために、暗い印象を与えた。しかし、もともと思想としての共産主義は、プラトンの昔からある人類的理想のひとつである。


マンデラ氏と現実の共産党との関係がどうだったかはともかく、マンデラ氏の思想の核に共産主義的なものがあったことは事実であろう。







思うに、個人や組織の偉大さは、なによりも、その活動の内容によって示される。活動の内容が立派であれば、それを支える思想も立派であるといえる。

ところが、われわれはともすると、<思想が立派ならば、活動も立派なはずだ><思想が悪いと、活動もいかがわしい>といった逆立ちした観念にとらわれやすい。


活動第一、思想第二。


社会問題を考えるときのコツは、これであろう。










 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ネルソン・マンデラ氏 逝く 常識に徹することで偉大となった人
南アフリカ共和国の元大統領・マンデラ氏が亡くなった。


アメリカのPBSがマンデラ追悼番組を放送したので、見ていたら、いくつか気づいたことがあった。


ひとつは、マンデラ氏が20年以上も獄中にいるあいだ、南アフリカ黒人の心の支えになったことは知られているが、それは見方を変えると、民衆がマンデラ氏のような、静かな抵抗のシンボルを欲していたということである。

マンデラ氏は、歴史のなかで自分がそういう役割を与えられていることを知っていた。

だから彼は、自分を特別の人とは思わなかった。特別の人だと思わないまま一貫して抵抗をつづけたので、民主主義のシンボルとして、彼は民衆の心をますますひきつけた。



もうひとつは、マンデラ氏は歴史はどのように進むのが良いか知っていたらしいことである。

暴力で政府を転覆し、強引に成立した権力は、民心になんらかのしこりを残し、その後のなりゆきをぎくしゃくさせる。

歴史を着実に前進させるには、まず広く民衆の合意を調達し、そのうえで、誰にもわかりやすい節目をつくって、正当に権力を継承するのが望ましい。

また、権力を手にする前に外国の支持を得ておくことも、政権獲得後の政府による暴力や不正義を防止することにつながる。


そうした条件が整わないうちは、むしろ権力をもたないこと。

これが望ましい手続きであることを彼は知っており、そのように実行した。



上記の番組のなかで、大統領を引退した後もマンデラ氏が長生きしたことは、権力を私物化しないとはどういうことかを民衆に教え、政府の民主的運営方法を教育するのに有効だったというコメントをした人がいた。

自分が長生きすること。それじたいが他者を導く。

なにひとつ無駄にならない。そういう生涯だったのだ。




しかし、考えてみれば、法の支配を尊重すること、暴力に頼らないこと、権力を民衆の上におかないこと、長生きが他者の模範になるといったことは、人類にとって目新しい原理でも真理でもない。


マンデラ氏は、いわば当然のことに徹した人であった。だからこそ偉大だったのだ。










 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 21:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
個性は環境によって流動する 海外在住者の実感
アメリカに住んでいない、海外在住のアメリカ人への課税をアメリカ政府が強化することになったため、最近、アメリカ国籍を放棄する人が増えているという。

 
http://www.bbc.co.uk/news/magazine-24135021

 
海外在住のアメリカ人は約600万人。

 
<地球上、どこに行ってもいるのはアメリカ人>

 
という冗談があるくらいだが、彼らは居住国から課税されるほかに、実際には住んでいない本国アメリカからも課税される。

 
課税は一定以上の収入がある人だけが対象らしいが、アメリカ政府は個人口座の状況など、いっそうの情報提供を他国の銀行に求めることになるという。

 
<アメリカ政府は、ほんとうにお金がないらしい>

 
というのはときどき聞くことだが、これは本当のことなのだろう。

 
金がないといいながら、オスプレイだ、ミサイル攻撃だと、軍事に無駄使いしている場合なのか? という疑問も浮かぶ(日本政府も似ているが)。

 
さて、この記事のなかに、<◯◯国人>という属性と、その人独自の個性とは、しばしば見分けがつきにくく、その区別のつきにくさが、外国に住んでいるといっそう目立つ、という意味の言葉があった。


 

"When you're an American living in America, it's one thing but when you live abroad in another country, in certain ways that feeling becomes even stronger because you realise that things that you think are individual characteristics are actually national ones so you identify even more strongly with your nationality.



これは海外に在住する人たちの実感であろう。


 
ひとくちに<個性>といっても、なにが個性になるかは周囲との相関関係で決まることがわかる。












 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 09:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
バッキンガムは誰のものか 最近の珍事から
イギリス王室が住むバッキンガムで、最近、壁を乗り越えて二人の男が不法侵入した事件があった。

そこで警備を厳重にしていたところ、不審な男が歩いていたので、警官が尋問した。

男は、バッキンガムの住民、アンドリュー王子(エリザベス女王の息子)その人であった。



http://www.npr.org/blogs/thetwo-way/2013/09/08/220405293/police-challenge-prince-andrew-during-walk-at-palace



幸い、銃を向けたわけではなく、アンドリュー王子は、「きちんと警備してくれている証拠」と述べたというが、内心はかなりご立腹の様子。

王室の内情に詳しい人のコメントが傑作。


「公爵(王子)は『あまり気分が良くなかった』といい、二人の警官は『とてもまごついた』という。まあ、こりゃ今世紀最大のごまかしコメントですな」


"It's fair to say that to describe the Duke as unhappy and the two officers as highly embarrassed is the biggest understatement of the century."











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 08:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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