ごきげんようチャンネル

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近代の日本語研究は欧米人が先導した
朴孝庚「明治前期の文末表現について 西洋人の著作を中心に」(『立教大学大学院日本文学論叢』第9号、2009年8月)



これを読んで、日本語論の歴史について、ひとつ気づかされたことがある。

日本語にかんする語学的研究は外国人が先導した、という事実である。



第一の波は、1600年ごろ、キリシタン宣教師による日本語研究である。『日葡辞書』1603年、『日本大文典』1604年、『日本小文典』1620年。209頁


第二の波は、19世紀の半ばから後半、フランス、オランダ、イギリス、アメリカの人々による日本語研究である。欧州で日本語の文法論が出版されるほか、来日した欧米人によって日本語文典(会話例集)や文法論が出版されるようになる。210頁


主なものを挙げると、



1857年 クルチウス『日本文法試論』(ライデン刊)
1863年 オールコック Familiar dialogues in Japanese
     ブラウン Colloquial Japanese
1867年 ヘボン『和英語林集成』(上海刊)
1873年 サトウ Kuaiwa hen 
1888年 チェンバレン A Handbook of Colloquial Japanese




西洋人によるこうした著作を追うようにして、日本人による本格的な日本語研究が出版される。



1881年 井上哲次郎『哲学字彙』
1882年 大槻文彦『言海』初稿(初版1889年)
1886年 末松謙澄『日本文章論』
1897年 大槻文彦『広日本文典』
1901年 松下大三郎『日本俗語文典』



朴論文は、「日本人学者による本格的な研究の成果は明治30年代に入ってから続々発表された」「西洋人の日本語研究は、近代的な日本語研究が本格的に始まる過程で大きな影響を与えた」と述べている。210頁



むろん、江戸時代にも日本人による日本語研究はあったのだが、日本人による「近代的な日本語研究」は、外国人による日本語研究を参考にしながら始まったと言ってよさそうだ。

日本人は、自国語の研究を外国人に先導してもらったのである。

これは面白い現象だ。

この例からいうと、たとえば英語の研究を、英語を母語としない者が先導することもありうるのかもしれない。(じっさい、デンマーク人の英語学者、イエスペルセン1860-1943 の例もある)

方法が斬新で、権威・見本として受け入れる余地がある場合、外国人の研究が自国語研究において主導的な役割を果たすこともありうる。



このような、近代における日本語研究の経緯は、弊害ももたらしたであろう。外国人による日本語の会話用例集や語彙集を参考にして、日本人による日本語研究が近代化したことは、日本の言語研究が西洋言語学の欠陥までも輸入する素地をつくったはずである。




漢文訓読の伝統と、西洋人の著作による言語研究の先導。このふたつがもたらした影響は、その後も長く日本の言語研究と言語教育を規定したと思われる。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ヘレン・ケラー "WATER!" にみる言語の真実
ヘレン・ケラーの自伝から抜粋。

有名な"WATER! "の場面。

ヘレンは、ものに名前があることを知らなかった。

あるとき、サリバン先生は井戸水をヘレンの手のひらに流し、すぐにWATER と手のひらに書いてあげた。




「そのときです。体中に電流が走りました。私は今、手に触れている冷たいものが WATER というものであり、ものにはみな名前があることを知ったのでした。

人形にも、お菓子にも、イヌにも、すべてには、そのものにしかない名前がある。そう知ったとき、ひとつひとつのものがなんといとおしく感じたことでしょう。

この時から、私の周りの世界は息を吹き返し、躍動しはじめました。

私の手を通して感じる世界は、あたたかな光の世界へと変わったのです。私はこの手のひらに、すべての闇を照らす太陽をもつことができました。… 太陽は私の中にありました。」




ものにはすべて「名前」がある。「名前」によって、実際世界とは別に、観念の世界が自立する。そのとき、世界は躍動する。

最初にそれに気づいたのが WATERという「名前」すなわち「名詞」であったのは、偶然ではない。言語は実体(表現して「名詞」)を足場にして、実際世界から自立した世界をつくるからである。

健常者には見えにくい言語の原初的真実が、「太陽」として光を放ち、ヘレンに出現した瞬間である。



そして、ものには名前があると知ったとき、ひとつひとつのものが「いとおしく感じた」というヘレンの言葉が素晴らしい。

そこには、上記のような言語の一般的特徴を越えた、ヘレン自身の感覚が表現されている。











 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 22:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
"Shape of My Heart"   心の原型について
 






トランプのかたちをした抜き型.

できあがったクッキーにこの抜き型じたいは見えない.

心の抜き型は透明=不可視の存在.






<語の背景には概念がある>

と言う。

しかし、概念が直接に表現になるのではない。

表現の前に、概念はいったん原型となる<枠>に入れられる。

この<枠>は音韻とか字韻とかいわれる観念的なものである。その枠に音声や筆跡が充填されて、語が人体から発出される。

観念的な音韻や字韻を認識して表記したものが、音素とか字素とか呼ばれるものである。

この<枠>、母型 Form とでも呼ぶべきものは、無色透明の存在で、たとえて言うなら、クッキーの抜き型のようなものである。

出来上がったクッキーをみても抜き型じたいは見えない。

しかしクッキーはまぎれもなく抜き型の形をしている。抜き型がないと、クッキーの形態が不定形だったりどれも同じようだったりして、種類を区別することがむずかしくなる。




ところで、スティングに、Shape of My Heart という曲がある。映画『レオン』で使われたので、日本でもかなり知られていると思う。

抜き型のことを考えていると、その曲のことを思い出した。


<彼は答えを見つけるためにトランプをする、数がダンスをリードする。

トランプのスペードは剣、クラブは楯、ダイヤは金。

でも、私のハートはそういう形をしていない。>


というような歌詞が出てくる。

心(ハート)には形がある。

それは本当のことだ。

みんな心に形を抱いて、答えを見つけようとしている。




 

"Shape of My Heart"

 

         Sting

 

He deals the cards as a meditation

And those he plays never suspect

He doesn't play for the money he wins

He doesn't play for the respect

He deals the cards to find the answer

The sacred geometry of chance

The hidden law of probable outcome

The numbers lead a dance

 

I know that the spades are the swords of a soldier

I know that the clubs are weapons of war

I know that diamonds mean money for this art

But that's not the shape of my heart















| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ おわり
ルターがもたらしたもうひとつの果実は、近代ドイツ語である。

1521年、38歳のとき、ヴァルトブルクの城にかくまわれたルターは、聖書をギリシャ語原文からドイツ語に翻訳する作業にとりくむ。

カトリック教会のラテン語訳が正典とされていた時代にあって、原典たるギリシャ語原文を人々の生活語たるドイツ語に翻訳し、これを新たな聖典として解釈しなおす。

それはある意味で政治闘争や教義論争に勝るとも劣らないほど根本的な、カトリック教会の権威からの自立を意味した。

ルターは、1年ほど城に籠り、聖書を翻訳したというが、その成果は<密室で起こった奇跡>であった。

19世紀ドイツの詩人として、ハイネはルターのドイツ語聖書を次のように評している。


「あの翻訳聖書こそ、わがドイツ語を若返らせる永遠の泉になっている。

ルターの翻訳した聖書のなかにあるすべての表現やいいまわしは、ほんとうにドイツ的である。ドイツの著述家は、あの表現やいいまわしを今でも用いてかまわない。

そして、どんなに貧しい人でもあの翻訳聖書は手元にもっているから、誰でも文語で意見を述べることができる。

もしもドイツに政治革命がおこったら、人々が自由を求める叫びは聖書のなかの文句どおり、ということになるだろう。」(80頁より要約)


ルターの翻訳が奇跡的だったのは、翻訳期間の短さだけでなく、今も模範となるようなドイツ語を、ルターがどのようにして創成したかが謎だからである。


「ルターが聖書の翻訳をしたときのあのドイツ語にどうして到達したかは、今でも私にはわからない」78頁


一般に翻訳という作業は、新しい言語表現への媒介となる。

それは、二葉亭四迷がツルゲーネフの小説の翻訳を通して「言文一致体」を成功させた例にもみられる。(中村真一郎『文章読本』新潮文庫、1982年、31頁)


「マルチン・ルターという男は、われわれドイツ人に思想の自由と行動の自由を与えてくれただけでなく、魂に体を、すなわち思想に言葉(ドイツ語)を与えてくれた」(76頁から要約)


ルターが行動で闘いとった思想の自由と、密室で奇跡的に生み出したドイツ語。

これを駆使して、二百年後のヘーゲルが壮大な観念を表現し、マルクスが緻密な言論を生み出した。

そういえば、ヘーゲルはベートーベンと生年が同じ(1770年)である。

ひょっとすると、古典派の完成者であり、ロマン派の先駆者ともなったベートーベンもまた、ルターがもたらした理性と表現の子だったのかもしれない。









(おわり)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 16:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ その6
ルターは、ドイツの汎神論ならぬ汎悪論の伝統にたち、純粋な心霊主義を抱いて、激しい反カトリック闘争に立ち上がった。


「ルターは時代の舌であり、剣であった」65頁


そしてルターの活動は、ふたつの果実によってドイツの近代を用意した。

思想の自由と、近代ドイツ語である。

ドイツにおける思想の自由・理性の権威は、カトリック教会との闘争によってたたかいとられた。


「<諸君は聖書そのものか、あるいは道理にかなった理由によって余の説に反対すべきである>

ルターがそうはっきり述べてから、人間の理性に聖書を説明する権利がみとめられ、理性が宗教上のすべての論争の最高の審判者とみとめられることになった。

こうしてドイツには、精神の自由が成立した。

宗教改革を承認したドイツの諸国王は、思想の自由を正当なものとみとめた。

この思想の自由から咲きでた重要な、世界的に重要な花こそ、ドイツ哲学である。」(71-72頁より要約)


プロテスタントが切り開いた思想の自由・理性の権威から、カントが出て、ヘーゲルが総括し、やがて唯物論のフォイアーバッハ、マルクスが出て、プロテスタントに対する理論的批判は完成する。

ルターが燃え上がらせた思想の自由の炎は、みずからの信仰を相対化する手強い「敵」を育てあげたのだ。







(つづく)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 14:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ その5
カトリック教会との闘争は、ドイツでは心霊主義から、フランスでは感覚主義からはじまった。

このあたりのハイネの説明は、おもしろい。


「北ドイツでは、イタリアの燃えるような大空の下とはちがって、肉のよろこびに最小限の譲歩しかしないでキリスト教を実行することができた。

北国のわれわれドイツ人は、南国人より落ち着いている。

気候のせいで、われわれドイツ人はキリスト教の徳目を実行しやすいのである。」(56頁より要約)


そこで、ドイツでは<もっと魂を敬うべきだ>という心霊主義から、カトリック教会への批判が燃え上がった。逆にフランスでは、<肉欲がもつ自然の権利をとりもどそう>という感覚主義から、カトリック教会への反発が起こった。58頁

カトリック教会の折衷的な現実主義は、厳格派(心霊主義)のドイツと放縦派(感覚主義)のフランスという両方から攻撃を受けることになった。

ドイツでは魂の欠落が悪であり、フランスでは肉の不足が悪であった。

ドイツ宗教改革はこの心霊主義にはじまり、その後の一時期、「自由の熱狂と肉のよろこび」が荒れ狂って、農民は新教をたてにとって貴族と戦争するまでにいたった。61頁


それから再び心霊主義が支配権を固めたのだが、そのあげく、皮肉で重要な結果が生まれた。


ドイツの心霊主義は、自分の胸に抱いて育てあげた敵、つまりドイツ哲学からついに致命傷をうけるにいたった」62頁


のである。

古い主人を倒してみずからが主人となった新教は、一匹の飼い犬(言論の自由)を飼った。そしてやがて、その飼い犬に手をかまれることになる。

この観察は、<否定の否定>を地でいくような、すぐれた弁証法的な洞察である。







(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 13:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ その4
カトリック教会は、魂と肉、神と悪魔の間に交わされた「うまい協定」の上に成り立つ「たくみな仕組み」であった。

それはこういうものである。


「君は美しい乙女を抱くがいい。けれども、それははずかしい罪であることを認めねばならないし、その罪のつぐないをしなければならぬ。この罪のつぐないは、銭でしてもいい。

罪のつぐないを銭でしてもいいというのは、人類にはありがたいことであり、教会にはもうかることであった。

メディチ家出身の法王・レオ十世は、上品な哲人であったが、ペテロ教会の建築費を免罪符の収入でまかなうことにした。

こうして、あらゆる罪に公定価格ができあがり、公定価格のついた免罪符を国じゅうに売り歩く行商人があらわれた。

そしてペテロ教会は、肉のよろこびの記念碑になってしまった。

免罪符の販売は教会の名の悪用ではなくて、教会の仕組みから当然でてくる結果であった。免罪符の販売を非難したルターは、教会そのものを攻撃したのだ。

それで、カトリック教会はルターを異端者として罰しなければならなかった。」(54-55頁より要約)


人々のじっさいの生活では、キリスト教の根本思想を完全に実行することは不可能である。その意味で、カトリック教会の免罪符という制度は現実的なものであった。

ルターは、この現実性が理解できなかった、とハイネはいう。

そこに、ドイツ的な「悪」の理解の仕方が関連してくる。









(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 13:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ その3
「悪」についてハイネは次のように観察する。


「善の原理、つまりイエス・キリストの国については、ローマ・カトリック教会の骨折りによって、ヨーロッパじゅうの者が同じ見解を抱いていた。教会の決めた意向にそむく者は異端者とみなされた。

けれど悪の原理、つまりサタンの国については、所によっていろいろな見解が広がった。

キリスト教の司教たちは、古来の民族信仰の神々の存在を否定しなかった。

そのかわりに、

<イエス・キリストが勝利し、古来の神々は人間を支配する力を失った。しかし、古来の神々はいまなお、おまえたち人間を罪にさそいこもうとしている>

と司教たちは教えたからである。」(37頁より要約)


こうした見方は、種村季弘氏が強調した、キリスト教世界における悪魔の重要性に通じるものがある。

そして、ドイツにおける独特の「悪」のとらえ方が、ルターの思考の背景にあるとハイネはいう。









(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 09:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ その2
ハイネによると、寒冷なドイツでは、宗教でも哲学でも、フランスとは逆の思考に向いていく傾向がみられるという。

たとえば、ドイツの民間伝承は「血と霧」からできていて、「陰気くさい」。39頁

ほんらい、ヨーロッパの民間信仰は汎神論的で、自然を敬い、崇拝するものであって、その傾向は北方のほうが強いくらいであった。38頁。

それがキリスト教が「ひっくりかえし」、自然の力は神の力ではなくて悪魔の力だと教えた。39頁

そうしたキリスト教の教えをうけても、フランスでは妖精はあいかわらず「明るい」存在である。

ところがドイツでは、妖精はいまや悪魔扱いされる。ギリシャ神話の神々でさえ、ドイツでは幽霊扱いである。39頁

こうしたところに、ドイツにおける「悪」の概念の特徴がみられ、それがルターの思想につながっているとハイネはいう。








(つづく)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルターがヘーゲルを生んだ その1
イタリア語は1300年頃のダンテが、ロシア語は19世紀のプーシキンが、中国語は20世紀の魯迅が、それぞれ近代語として確立させたという見方がある。

近代日本語は、漱石や鴎外のような外国語のできる学者作家によって基盤が作られたと私は思っている。

いずれも、すぐれた文学者によるすぐれた文学作品が模範になったことになるが、ドイツ語の場合はルター(1483-1546)の翻訳聖書が近代ドイツ文語の基礎になったといわれる。

近代英語の基礎となったとされるのは1611年の欽定訳聖書(The Authorized Version of the Bible)で、聖書の翻訳であるところがルターに似ている。

ルターといえば、文学者というより厳格な宗教家というイメージがあるが、ハイネの『ドイツ古典哲学の本質(1834年)』(伊東勉訳、岩波文庫版)に、そのあたりについて面白い解説がある。










(つづく)














| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 18:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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