ごきげんようチャンネル

あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
        ヤコブの手紙 5:3    

霧吹きでファッション効果アップ
このごろ実感しているのは、<繊維>というものの偉大さ。


帰宅したら、霧吹きでぬらした衣類をハンガーにかけておくと、翌日にはすっかり生気がよみがえっている。

私が使っているのは、ただの水だが、それでも十分に、皺とり、匂いとり、色のよみがえり、といった効果がある。

霧吹きは、隠れたファッションアイテムといえる。




水を吹きかけるだけで、何回でも生気を回復する繊維の力。

きっと、複雑な<織り>がもつ力なのだろう。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 06:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世阿弥、勝負の極意を語る


世阿弥のころ、能は屋外。異形の者が舞い降りるイベントだった



∽∽∽∽




勝負の極意を知ること。それは百戦百勝の戦略をもつこと。

世阿弥の風姿花伝(1400年)にその戦略が書いてある。

「問(とふ)。申楽(さるがく)の勝負の手立(てだて)はいかに。

答(こたふ)。是(これ)、能数(のうかず)を持ちて敵人(てきじん)の能に変りたる風体(ふうてい)を、違(ちが)へてすべし。」(問答条々)

どうしたら他の劇団との勝負に勝てるか。正解は「自作の演目を増やし(能数を持ちて)、相手とは違う趣向で勝負せよ」である。

私が注目したことは三つ。

ひとつは、勝負は借り物では負けるということである。「作者別なれば、いかなる上手も心のままならず。自作なれば、言葉、振舞、案の内なり」(同上)。今で言えば自作自演のシンガーソングライター(死語かも)の強みである。自作するには「和才」つまり和歌や和文の練習が必要だが、能の自作はそれほど困難ではないと世阿弥はいう。自作自演のオリジナリティ。「これ、この道の命なり」(同上)。

ふたつは、臨機応変が大事だということである。相手がくりだした手には迅速に対応し、相手と違う趣向で勝負する。そのためにも手持ちの演目は多くなければならない。「敵人の申楽に変へてすれば、さのみには負くる事なし」(同上)。

最後は、以上を「戦略」として明確に認識することの大切さである。「自分が得意の分野で独自のものを開発すれば負けることはない」というのは月並みに聞こえるかもしれない。しかし王道は言葉にすれば多く月並みである。大事なことは王道を明確に戦略として堅持し実行することである。

なんだか男のファッションのあるべき姿に似ている。

















| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ヴィヴィアン・ウエストウッドの財布について

ヴィヴィアン・ウエストウッドVivienne Westwoodというパンクロック系の英国人デザイナーがいるが、この人のブランドの財布とキーケースを買った。

じっさいはライセンス契約している日本の企業が作っているらしいが、カラフルで自由な雰囲気が気に入った。

シンプルな構造の長財布に見えて、カード入れが八つ隠すようについており、使いやすさもよく考えられている。

公式サイトをみると「アクティブ・レジスタンス」というページがある。そこで彼女はマスコミの宣伝への警戒や地球温暖化対策をストレートに訴えている。

http://www.activeresistance.co.uk/

英国では、こうした社会派ブランドは少なくないようだ。

ヴィヴィアン・ウエストウッドとかボディショップは、いずれもイギリス人の女性が創業者で、社会問題にストレートに発言している。

日本では、企業やブランドが社会問題に積極的に発言するケースはあまり見かけない。地球温暖化などの社会問題は、口にしてもどこか遠慮がちだし、政治問題にブランドとして発言することはまずない。

おそらくその背後には、それぞれの社会の歴史と国際的な位置がある。

過激な発言が飛び出しやすいのは、イギリスが明確な敗戦経験をもたない(→政府の権威が高い→過激な政治批判も許される)ことや社会主義との親縁性がある(→社会問題の公共性が認知されやすい)ことと関係があるのではないか。

ならば歴史と国際的位置のちがう日本の企業やブランドが、イギリスのようにストレートな発言をすることが適切かどうか。そこはよく考える必要がある。

とにかく自分は、あまり取り澄ました高級ブランドよりも、ヴィヴィアン・ウエストウッドのような「やんちゃ系」のほうが好きだ。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 00:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
制服はすごい日本文化である おわり
本書はこういう言葉で終わる。

日常的なものでも大切にしたいことを大事にする心と、コンセプトをデザインする意識があれば価値はつくれます。」189頁。

これは名言ではないか。

この言葉は、「大切にしたいことを大事にする」「コンセプトをデザインする」という部分に二重性が入っている。

人は「大切にしたいこと」を「大事にする」とは限らない。「コンセプト」はすでに「デザイン」されているはずなので、それをさらに「デザイン」する必要を自覚するのはむずかしい。

そこをあえて、「大切にしたいことを大事にする」「コンセプトをデザインする」。すると「価値がつくれる」。

これはまるでマジックのような洞察だが、いいかえると平凡なものの細部に決然といどむプロセスに、じつは感動が織り込まれているということなのだ。

映画「書道ガールズ」は、さえない一人の女子高校生が書道パフォーマンスに感動するところからストーリーが動きだす。この女子高校生のセリフは、

「カッコ悪くてもええんです。私はやりたいんです。」

この女性高校生は「大切にしたいことを大事に」しようとしたのだ。そして書道パフォーマンスという「コンセプトをデザイン」するべく、一人で猛練習をはじめる。

その姿が驚きと感動をよび、周囲が動かされていく。

結局のところ、自分自身やモノの本質にまじめに向き合っているかどうかが『その人をつくる』のです。」190頁。

「モノの本質に向き合う」とは「大切にしたいことを大事にする」ことである。「自分自身に向き合う」とは「コンセプトをデザインする」ことである。そうして「その人をつくる」ことこそ「価値をつくる」ことである。

最後に、校内に制服店の出張所がある学校があるそうだ。身体の成長期でも美しく着てほしいというので、採寸や補正をこまめに行うためだという。100頁。

大事にしたいことを大切にし、コンセプトをデザインしつづける。そこに価値が生まれ、自分をつくり、周囲を動かす。





(おわり)










 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 08:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
制服はすごい日本文化である その3

■「英語には椅子」の発想から女子学生の袴姿が登場した。56頁。

1870年、外国人居留地だった築地や横浜に、フェリス女学院などミッション系女学校があいついで設立された。

当時の授業は椅子に座って英語の教科書を読む洋学が中心。ところが椅子に和装だと裾が乱れる。そこで女子学生が男性の袴をはくことが認められた。

当時16歳だった三浦環(みうら・たまき。のちオペラ歌手。1884‐1946)は、この袴姿で自転車通学をし、「自転車美人」と言われた。

私にとって興味深いのは、英語を読むには畳座りではなく椅子がけでないと…という感覚があったらしいことだ。

椅子がけは一種のファッションだったのかもしれないが、畳に座っていると日本の女子学生は邦楽風の発声になりやすい。つまり、しっかりと外国語の声を出そうとすれば洋風の座り方のほうが適していた。

同じことは和服にもいえて、和服のままだと声が小さくなり、外国語の声を出す身体の構えがつくりにくかったのではないか。そこで、剣道などでも使われる袴を着用することで、身体意識に機動性を加えたのだろう。

声と姿勢、声とファッションの関係がわかる例だ。







(つづく)






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
制服はすごい日本文化である その2

■セーラー服の起源は軍国主義ではなくイギリスの王子の肖像画と体操用の工夫。33、58頁。

1846年に描かれたエドワード王子の肖像画がセーラースーツを着ていて、これがヨーロッパの女性のあいだで人気になり、子ども服や女学生の服に取り入れられた。

それがミッション系の学校の先生などを通じて日本にも広まったらしい。

もうひとつの事情は、1899年に出た高等女学校令で、女学校で週2~3時間の体操が必修になったことであった。

そこで1906年、アメリカ帰りの井口阿くりという女性が紺色のセーラータイプの上着にスカートという組み合わせを提唱した。スカートをはきかえるだけで運動ができるという斬新さが受け入れられた。

セーラー服はたしかに水兵の制服からきているが、広まった原因はファッション性と機能性だったらしい。






(つづく)






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 07:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
制服はすごい日本文化である その1

朝倉まつり『この制服が人をつくる』(真珠書院、2009年7月)

「生地も縫製も型も日本の学校制服は世界一」190頁

という本書から、いくつか感心したところを。

■制服はたくさんの機能をもっている。

経済性、審美性、品位性、社会性安全性、人格性、平等性、連帯性、儀礼性、規律性、識別性、機能性。11頁。

全部で12もあるが、太字にした語だけ説明すると、

社会性…環境問題を考えた素材を選ぶといったこと。

安全性…制服を着ていると児童生徒と認識され、犯罪の対象になりにくい場合があること。

儀礼性…冠婚葬祭でも出席できるようなフォーマル性をそなえていること。

そして制服の意味はこれだけではない。

学校は制服をとおして教育方針を社会や親たちに発信することができる。2頁。

たとえば中学生は高校生の制服をみて自分自身の成長を楽しみにできる。172頁。

とにかく制服はファッションの力を巧みに利用した例なのだ。

「ビーチに遊びにいく格好で学校に来れば、ビーチと同じ行動をとります」41頁。

これには光景が浮かんできて思わず笑ってしまったが、たしかにその通り。

それほどファッションの力は大きい。






(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 07:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世界史の成立と手袋の出現 ユニークな図柄が半分の個性を保障する
福島礼子『わたしの手袋博物館』(暮しの手帖社、2005年、1800円

人体のなかでもっとも表現力があるのは目と手だと、養老猛氏がどこかで書いていた。

手の表現力を変化させる。それがファッションとしての手袋の役割である。

著者によると、18世紀の末、フランス革命以降に西洋女性の服装は変化した。

革命による女性の解放。そしてアジアの植民地からもたらされた薄い木綿。このふたつが合体して、半袖・ハイウエストの軽やかなドレスが登場した。そのため、手の周辺をおおう手袋が重視されるようになったのだ。(23頁

アジアの新素材が西欧のファッションを変えた。ファッションは世界史の象徴なのだ。

本書が紹介する名品のなかでも注目したのは、忠臣蔵の大石内蔵助の嫡男で、討ち入りに参加し16歳で切腹した大石主税(おおいし・ちから)の革手袋(泉岳寺蔵)。

子どもっぽいずんぐりした形。そこに元気のいいトンボの模様が描かれている。俊敏なトンボは「勝虫」とよばれ、武士が好んだ図柄であった。討ち入りに使った本物だろう。

武士の革手袋は西洋女性のファッションとは別物だが、それでもトンボの模様におしゃれ心がこめられている。

人の手は左右でサイズが違うのだから、既製の手袋はけっして手にあわないと断言する著者。

ぼくもいつか、自分だけの手袋をあつらえたいー

などと思っていたら、先日、おもしろい手袋を見つけた。

鯉の図柄をあしらった軍手。価格は千円。軍手だと思えば高いが、手袋だと思えば安い。

運転用に買ってみたが、柔らかくて軽い。良質の木綿らしい。運転がちょっと楽しくなるし、これなら街中でもOKかもしれない。

トンボとか鯉とか、ファッションには生き物の図柄が活躍する。抽象的な図柄でも元は自然からのインスピレーションだったりする。

手袋の究極は自分用にあつらえることだろうが、ユニークな鯉の軍手を「手袋」として試してみることにしよう。











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
話しかけやすいファッションというたしなみ
「脱オタクファッションガイド」という人気サイトをあらためて読んでみた。

http://www.oxiare.net/fashion/

若い人向けのアドバイスが書いてあるのだが、「オタクファッション」を対極に置くことでおすすめポイントの意味がよくわかり、指摘も小気味よい。

直接読めばいいことだが、私がいちばん感心したところを一部引用させてもらうと…



「おしゃれ」 とは、

他人に避けられるような外見ではない事。
他人に威圧感を与えるような、おしゃれ過ぎる外見でない事。
他人から話しかけられ易い 「スキ」 のある外見である事。

服を集める事が目的ではなく、外見をサッパリ爽やかにする事で明るく前向きになって→ 他人と接触・対話する機会を増やし → コミュニケーション能力の向上を図り → 以って内面を磨き → あわよくば彼氏彼女をGET出来たら最高。

「おしゃれな人でもこういう恰好をしている人だったら話しかけ易いだろうな」 という事を意識しながら服を選んで下さい。「自分から見て恰好良いかどうか」 という基準で選ぶと必ず失敗します。

「試行錯誤」 「カン違い」 「失敗」 というプロセスの繰り返しは、絶対必要です。しかし、「『反省』の無い失敗」 ほど無駄なものはありません。失敗を 「恥」 と思えるだけの感性を養う事が第一です。



ゴチック体にした部分は、なかなか書けない名文と思う。

他人と明るく自信をもって話す状況をつくる。それによって自分の内面をみがくこと。ファッションだけでなく、ふだんの言葉づかいも外国語にもあてはまるロジックだ。

失敗を恥と思える感性が大切だというのも、なかなか言えない角度だと思う。恥と思えてはじめて次に行ける。そう思えればかえって明るくもなれる。



| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ジュエリーの極意  おわり
この本には、ジュエリー産業の関係者へのインタビューがのっているが、そのなかで感心したのが、ジュエリーアーティスト(カメオ製作)の中場信次さんの言葉。

「アンティークのカメオ屋さんで『同じ物は今の時代ではぜったいに彫れない』と言われました。たしかに彫れないけれど、同じ物が今彫れても魅力がないと思う。今の時代だからこそ作れて、しかも昔と同等の素敵さを持ち合わせた物をつくらなければ、人間が代々つながっていく意味がないんじゃないかな。僕は現代の技術やアイデアを使って、新しいカメオの世界に行きたいんです。」49頁。

じっさい、この言葉にふさわしい、月の女神 Selene のカメオ作品に感動した。その神秘性は写真でも十分にわかる。45頁。

さて中場さんの言葉は、わがサウンド・ステップスと共鳴するところがある。

「よくあるイタリアのカメオだったら、たぶん僕は比較的短時間で彫れると思う。あれってパターン化されていて、工芸品の域を出ていない。立体的な人物は頭の中で確固としてイマジネーションを描きながら彫らないと安っぽくなってしまう。」46頁。

カメオと同様、確固とした発声器官の動き→声のイメージをもつことが、しっかりした造形=外国語による表現につながる。

次の言葉は、いっそうサウンド・ステップスを思い出させる。

「外国のコインやレリーフ、古いカメオもたくさん模刻しましたね。一人で勉強するならば、最初はいい見本をたくさん真似することが一番の早道だと思う。いきなり人の顔を見ながら彫りはじめても、ヘンな物ができあがるんですね。そっくりに作るだけなら機械でもできる。彫刻は見た物を彫刻言語に転換する作業がないと素敵にはならない。」48頁。

外国語はカメオを彫るようなもの。

ネイティブを直接真似ようとしても「ヘンな物ができあがる」。

一流の人間にふさわしい外国語は、われわれ外国人が把握できる「彫刻言語に転換する作業」をまずおこない、そこから表現しないと「素敵にはならない」。





(おわり)








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 男のファッション | 20:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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