ごきげんようチャンネル

鳥倦飛而知還 鳥 飛ぶに倦みて 還るを知る


陶淵明・歸去來兮辭


価値形態論をトランスで解く

下図のように、労働主体(労働力)は労働対象を商品すなわち相対的価値形態へと転体させる。

 

 

 

 

 

         相対的価値形態      労働対象

   ▽

              労働主体(労働力)

 

 

上記の右辺は労働力の生産的消費(労働)。上辺は消費的生産(生産)。左辺に価値が発現する。

 

では、等価形態はどこにあるのか。それは、トランスの中心、規範の位置にある。価値形態論に必要な部分だけを描くと、次のようなトランスになる。

 

 

               

 

              相対的価値形態

   ▷ 等価形態

              労働主体(労働力)

 

 

 

 

このトランスでは、上の頂点の相対的価値形態が主体となって、右の頂点の等価形態に投射することによって、相対的価値形態の価値が労働主体(労働力)に反射される。

 

マルクス『資本論』の価値形態論の I ~ IV の諸段階は、特定の商品が一般的等価形態すなわち全社会一律の規範となるプロセスの叙述である(これは特定の表象をもつ概念が、社会的規範として成熟するプロセスとパラレルである)。

 

資本主義段階では、国家の経済圏内のあらゆる商品が、規範たる法定貨幣によってみずからの価値を一元的に表示する。

 

それ以前の時代では、地方によっていろいろな物品が貨幣の役割を果たした。また、権力からみた貨幣的物品と、庶民からみた貨幣的物品が異なることもあった。たとえば、日本では米が古代から貨幣的地位にあったと考えるのは空想である。それでは日本史はいきなり資本主義になってしまう。江戸時代には金属貨幣がかなり流通したが、おそらく権力からみれば米も貨幣的な富の等価形態であり、庶民は、貨幣や米以外の物品もしばしば貨幣的に用いたのではないか。江戸末期から明治初期まで、日本では価値形態 II あるいは III の時代がつづいたのだ。

 

その意味で、価値形態論の行論は、歴史そのものの象徴的叙述でもある。

 

商品の価値が一元的に一般的等価形態すなわち貨幣によって表示される価値形態 IV の段階。人間までもが労働対象になり商品になり、「価値」を測られる段階。それは、一般的等価形態すなわちあらゆるものの価値を測る規範たる統一貨幣が確立する時代である。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
シェイクスピア、啄木、自己

生物とは、それぞれの個体がそれぞれの、広い意味での「観念」(感覚、感情をふくむ)をつくって行動する物質である。どの朝顔も、日差しを察知してそれぞれに咲き、それぞれにしぼむ。どのネコもそれぞれの観念をもつから、人を見ると逃げるネコもいれば、人なつこいネコもいる。人もまた、観念をもつ物質の一種である。

 

このように、観念をもつ物質を「身体」と呼べば、植物や動物も身体をもっている。

 

人の身体が他の生物の身体と異なるのは、みずからの観念を対象にした「自意識」すなわち「自分」を立ち上げることができる点である。どうして人は、「自分」という意識をもつことができるのか。その秘密は、「自己」の発生にある。

 

 

 

人の身体は、瞬間ごとに、特定の対象に観念を向けるのだが、ここからが面白い。

 

じつは、自分が観念を向ける対象は、自分が認識したり表象したり記憶しているものごと、すなわち自分である。自分は、つねに自分を観念の対象にしているのである。

 

だが、ここに難問が生まれる。人は、自分で自分の顔を見ることさえできない。ましてやどうして、人は自分の観念を対象にできるのか。

 

シェイクスピアが、うまいセリフを書いている。

 

 

 

「ブルータス、君は自分の顔が見えるか。」

「いや、それは無理だ。目は自分自身を見ることはないからね。反射によって、他のものに映すことで、自分の顔は見えるのだ。」

 

(ウィリアム・シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』)

 

 

 

人が自分を「反射」させる、鏡のような「他のもの」とはなにか。

 

それは、人の身体が自分を分裂させた自己である。この自己を活躍させて、自分の「鏡」にするのである。

 

自分という目に見えない存在をもつこと、つまり自分を存在するものとみなすためには、ブルータスが言うように、自分でない他のものを自分とみなす訓練が必要である。自己は、自分ではないものを自分だと思う社会的訓練を通じて、人の身体が身につけるものである(マルクス『資本論』の価値形態論は、このロジックが商品についても起こることを述べたものだ)。

 

自分が選んだ「自分でない他のもの」は、本来「自分でない」のだから、自分とは別の存在でもある。このように、主観的には自分とみなしているが、客観的には自分とは別の存在であるもの。これが「自己」である。

 

「自己」という存在を表現した例が、啄木にある。

 

 

 

 

東海の

小島の磯の白砂に

われ泣きぬれて蟹とたわむる

 

 

 

 

ここに登場する「蟹」は、啄木の自分がみた「自己」である。自己は自分のなかにあるが、啄木の身体が蟹の身体と同じではないのと同様、自分は自己そのものではない。

 

自己は、啄木が自分のなかにもつ、そのときの自分の能力(経済学でいえば、労働者がそのつど発揮する労働力)である。自分は身体という物質性を引きずっているが、自己は観念的な能力そのものであるから、なんの制約もなく、どこにでも行くことができる。

 

自己は自分から分離し、対象に移入する。自己は、現在・過去・未来、空想・錯誤・虚偽、どんな世界へも自由に往来する。啄木は、自分のなかの、この自己じたいを観念の対象にし、自己がちっぽけであることを感じて、比喩的に「蟹」と表現したのである。

 

 

 

自分とは、自意識である。自意識がもつ能力すなわち自己を媒介にして、人の身体は自分を表現する(ああ、ややこしい...)。

 

古くからの哲学の難問である「心身問題」(人の身体という物質が、どのようにして観念を抱くことができるか)は、人の身体が生む自己の運動という自己分裂のロジックによって解決される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ドライブする自分は、自己をトンネルに差し向け、トンネルから自分の位置を知る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
観念化しないと規範にならない

感覚・感情・概念。これが観念だが、観念になったものは表現・行動・労働の規範になれる。観念化しないと、規範にはならない。

 

路上に石があるとき、これを認識し観念化すれば、「よけて歩け」という規範になる。

 

石に気づかずつまづくのは、歩行という観念世界にある人間に、石という物質が横入りしてきた事件であって、この場合の石は規範ではなく、別次元からの強制である。

 

情報が重要であるゆえんは、ここにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
歴史も普遍的概念で説明できなければおかしい

「ざくろ 柘榴」をブリタニカで引くと、次のような説明があった。

 

「ザクロ科の落葉高木で、高さ5-10メートルに達する。イランからインド地方の原産。果樹としては世界で最も古い栽培の歴史をもつものの一つ。日本には平安時代に中国から伝えられた。6月に花が咲き、花弁は5ー7枚で薄く、萼(がく)は筒状で先端部が6裂している。果実はすっぱく、食用や果実酒にされる」

 

この説明に出てくるのは、ざくろ以外のものにも適用できる概念がほとんどである。

 

落葉高木、高さ、原産、栽培、花弁、萼、果実、味、果実酒...

 

植物や動物については、こうした分類的な説明(どの類の、どういう特殊性をもった種か)がよく行われる。そこで使われる概念は、普遍的なものである。

 

人間についても、住民票では姓名、本籍、住所、男女、生年月日など、普遍的な概念で個人の特徴を述べている。名刺も同様である。

 

じつは歴史についても、こうした普遍的概念による説明が必要である。

 

じっさい、そうした説明も行われているのだが、対象が複雑で長期的なため、歴史の説明にどういう概念があれば必要十分なのかはあいまいにされてきた。

 

そこを順序だてて、きちんとさせたい。それがトランス・ヒストリーの仕事のひとつである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
軍隊の破壊労働は運輸労働に似て、生産物を生まないが抹消効果を生む

軍隊づくり=戦争の主体づくりは、組織すなわち上部構造づくりであり、物質すなわち土台づくりでもある。兵器、兵舎をつくり、人間の能力をつくる。<軍隊は大人の学校>といわれる所以である。

 

戦争になると、軍隊は破壊労働ともいうべき特殊な労働をする。それは、運輸労働に似たところがある。

 

「運輸労働が生み出すものは場所変換という<有用効果 Nutzeffekt >である。この有用効果は運輸過程と不可分に結ばれており、運輸過程はこの有用効果の生産過程であると同時にその消費過程でもある」(『資本論辞典』青木書店、1966年、5頁)

 

この言い方でくと、軍隊の場合、

 

《軍隊の破壊労働が生み出すものは人間・構築物・地形・資源・食料・燃料などの破壊という<抹消効果>である。この抹消効果は破壊過程と不可分に結ばれており、破壊過程は抹消効果の生産過程であると同時にその消費過程でもある》

 

軍隊は、戦地で橋や鉄道、道路を建造することもある。それは破壊労働を行うための建造である。

 

再び、運輸労働の場合。

 

「したがって、この有用効果は運輸過程から独立した使用物としては存在しない。有用効果の交換価値は、他の商品の交換価値と同じく、その生産において消費された労働力および生産手段の価値に、運輸労働者がつくりだした剰余価値を加えたものによって規定される」(同上、5頁)

 

軍隊の破壊労働では、

 

《したがって、この抹消効果は破壊過程から独立した使用物としては存在しない。抹消効果の交換価値は、その生産において消費された労働力および生産手段の価値に、破壊労働者がつくりだした剰余価値を加えたものによって規定される》

 

運輸労働では、

 

「もしこの有用効果が個人的に消費されれば、有用効果の価値は消滅する。もし生産的に消費されれば、その価値は追加価値として、運輸された生産物に移される。」(同上、5頁)

 

これは軍隊でも同様で、

 

《もしこの抹消効果がそのまま放置されるか、個人的に消費されれば、抹消効果の価値は消滅する。もし抹消効果が生産的に消費されれば、抹消効果の価値は破壊されたものの上に作れられた生産物に移される》

 

 

もうひとつ、軍隊の労働で特徴的なのは、自己を運搬する労働がふくまれることである。これは労働者が自己を運搬するという意味で特殊な運輸であるが、次のような運輸一般のロジックが適用できる。

 

「もちろん、運輸は生産物の量を増加し、質を変化させるものではない。往々にして生ずる量の減少や質の悪化は、目的に反して生じたものにすぎない。諸物の使用価値はその消費においてのみ実現されうるものであり、消費するためには、場所の変換を要することもある 」(同上、5頁)

 

上海から南京まで、300キロ余りを強行進軍させた南京攻略戦で、日本軍が「質の悪化」をみせたことを思い出す。

 

 

...

 

 

破壊労働の特徴として、それは生産物ではなく抹消効果を生むこと。抹消効果は生産と消費が同時におこなわれること、この抹消効果がのちに有用に活用されるかどうかで破壊労働の価値の存滅が決まること。破壊労働では、みずからを運搬する労働が重要な部分を占めること、といったことがわかる。

 

以上は物質=土台面の話である。さらに上部構造の作動としての、意識諸形態(戦争犯罪をふくむ)としての、戦争という面も吟味する必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「日本」は地名である前に国名

歴史といえば、大河ドラマとか歴史小説とかマンガ人物史のようなものがわかりやすく、人気があるが、そうしたものが歴史のすべてでないことは、多くの人がわかっているだろう。

 

だが、それではどう理解すればもっといいのか、ということになると、明快な答えはなかなか聞けない。

 

いま感じるのは、歴史の研究者をふくめて、多くの人は歴史の概念を曖昧に理解しているので、歴史と社会の認識が狭い限界のなかに閉じ込められやすいということだ。

 

 

...

 

 

石井進氏との対談で網野善彦氏が、

 

 

「『日本』はけっして地名ではなく、国名なのです」

 

 

と述べている。(『米 百姓 天皇』大和書房、2000年、147頁)

 

「日本」は、領域・社会・国家権力、いずれの意味にも使う言葉である。だが、歴史論理的には、ある領域で社会が営まれ、その領域を守護・拡張したり大規模工事をおこなう必要から、軍事力や労働力を持続的に動員する機構が発生し、この機構が全社会を支配する国家権力へと成長した。この国家権力が「日本」である。

 

この国家権力が支配する領域も「日本」と呼ばれるから、結果として「日本」は地名でもあるのだが、どの領域が「日本」であるかは、国家権力としての「日本」のあり方によって変化する。先に領域としての「日本」があるのではない。だから歴史論理的には、「日本」は地名である前に国名(国家権力)だという網野氏の指摘は的確である。

 

領域・社会・国家権力は、ほんらい別物である。だからこそ、同じ領域にちがう社会が営まれたり、同じ社会を別の国家権力が支配したりする。

 

そして、世界のこの領域で「日本」という国名が 7世紀末以来維持されたということは、国家権力が変質をとげながらも一貫性をもっていたことを示唆する。しかし、どのような変質、どのような一貫性か?

 

この問いに答えることが、「日本史」の中核的課題のひとつになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
沖縄・グアム・小笠原 日米共同マネージメントの拠点となった島々

真崎翔『核密約から沖縄問題へ 小笠原返還の政治史』(名古屋大学出版会、2017年4月刊)

 

これを読んで、いくつか印象にのこったこと。

 

ひとつは、沖縄返還(1972年)前、沖縄に核兵器があった時期には、小笠原諸島(父島・硫黄島)にも核兵器が貯蔵されていたこと、そして沖縄から核兵器が撤去されたあとは、小笠原諸島からも核弾頭は撤去されたが、中国やソ連からの核攻撃によるグアム壊滅などの緊急事態に、沖縄に核兵器を搬入するための貯蔵施設として、アメリカは小笠原諸島を確保していたということである。つまり、アメリカの核戦略が変化しても、アメリカの軍事戦略を縦深的に仕立てるために、沖縄やグアムをバックアップする基地として小笠原諸島は利用されつづけたということである。

 

もうひとつは、1967年春の段階ですでに、アメリカは沖縄と小笠原を日本に返還してもよいと判断していたことである。しかし、日本から有利な条件を引き出すために、この判断を日本側に明かすことはなかった。174ー175頁。外交交渉とはそういうものではあるが、この種の「表現されない意図」を解明したことは、本書の功績だと思う。当事者が表現しなかった意図を明らかにすることで、小笠原返還、沖縄返還の歴史の理解はちがってくる。

 

また、本書にはサンフランシスコ体制(1951年サンフランシスコ平和条約・日米安保条約の調印に象徴される、アメリカ主導のアジア経営体制)を日米が共同でマネージメントしていく手法が、具体的に紹介されている。

 

1961年6月、アメリカは小笠原旧島民を日本本土に強制移住させたことへの補償金600万ドルを日本政府に支払うことに合意した。しかし同時期に、日本が米国から受けた20億ドルの借款のうち、4億9000万ドルを東南アジアの開発援助に支出することで合意している。

 

「米国は抜け目なく、自国の極東における安全保障政策への貢献を、補償金を支払う交換条件として日本に飲ませたといえる。領土をめぐる問題を進展させることと引き換えに日本にさらなる[サンフランシスコ体制強化のための]支援を求める交渉手法は、小笠原返還においても沖縄返還においても、米国の常套手段となっていく。...日本政府も米国が小笠原を軍事利用することに協力的であった」43-44頁

 

私は、戦後日本の国家意志がアメリカの方針への「主体的従属」にあると考えてきた(三浦陽一「サンフランシスコ体制論」(吉田裕編『日本の時代史26』吉川弘文館、2004年)。「主体的従属」とは矛盾した概念であるが、副社長が会社で生き延びるためにどうするかを考えれば、少しわかるかもしれない。副社長は、会社の方針に主体的に従属することで、社長に対する自分の地位と、部下にたいする優越が維持できるのである。

 

 

 

...

 

 

 

 

参考までに、本書による小笠原・沖縄における核問題と返還の経緯を年表にしておく。

 

 

年表

 

1830年 25名の非日本人移民団、小笠原に入植

1862年 日本から初の入植者38名

1867年12月 明治新政府、小笠原諸島の領有を主張 住民全員日本に帰化

 

1941〜 大多数の島民、日本本土に疎開

1945年2月19日〜3月26日 「硫黄島の戦い」

1945年9月 米軍、小笠原の日本兵とほぼ全島民を日本本土に強制退去させる

1946年10月 GHQ、欧米系元住民126名を父島に帰還させる

1952年サンフランシスコ平和条約・旧日米安保条約発効 小笠原は米本土防衛のための、日本列島につぐ第二の防衛線。

 

1950年代半ば以降 米、父島・硫黄島に核配備を検討・実施 50頁 →父島1956年2月〜1965年12月、硫黄島1956年2月〜1966年2月、核兵器貯蔵。135頁。以後、ロランC基地を緊急時の核貯蔵施設として維持〜1993年。167頁

 

1967年3月〜8月 米、沖縄を返還しても差し支えなしと判断。しかし日本側には秘匿。むしろ、「日本側の事情次第で米は慎重となり、[沖縄返還は]長期延長も」と日本側に伝える。174-175頁

 

1967年11月15日 佐藤・ジョンソン会談。小笠原返還で合意と発表

 

1967年12月 佐藤、非核三原則発言(衆院予算委員会)→ 小笠原の「本土並み」返還に、核貯蔵のための密約が必要に。159頁。

 

1968年4月5日 小笠原返還協定調印・正式復帰。このとき小笠原に米が核貯蔵権をもつという「密約」に三木外相同意。160頁。「全島一括返還」というも、グアム壊滅に備えた核貯蔵予備基地として事実上硫黄島は分離。「密約」のほかに、硫黄島についていくつか取り決め。ナイキ、ホークミサイルの試射施設を日本が配置。ロランC基地(ポラリス原子力潜水艦の核弾道調整)の設置

 

1968年11月、琉球政府主席に屋良朝苗が当選。沖縄返還運動活発化(米の思惑が裏目に)137頁

 

1969年11月19日 ホワイトハウスで佐藤・ニクソンが「核密約」に署名。149頁 「米国の裁量によって、いかなる時においても返還後の沖縄に再び核兵器を搬入することができる」「事前協議は…沖縄において決定的に形骸化した」152頁。

 

緊急事態に、沖縄に核兵器を搬入するための核貯蔵施設が小笠原。157頁

 

1969年11月21日 佐藤・ニクソン会談。沖縄の早期返還を協議で合意と発表。

 

1972年5月15日 沖縄返還。 同年6月までに米、沖縄の全核兵器を撤去。145頁

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
<社会全体の認識力>というものがある

自己とは、客観的には認識力のことである。

 

自己の集まりである社会にも、認識力がある。たとえば、中国には中国国家と中国人の認識力、韓国には韓国国家と韓国人の認識力があって、彼らはそれぞれの立場から鋭くものごとを認識する力をもっている。そして同時に、彼らには認識できない側面、つまり盲点もかかえている。日本も同様である。

 

こうした<社会の認識力>は、社会的に継承される体験、つまり日々つくられる歴史によって育まれる。

 

古代において戦争は、国家という全社会支配の力を生む原動力であった。近代国家が内戦・外戦ともにみずから否定するとすれば、それは国家の歴史的変質を意味する。日本の場合、本土での内戦は西南戦争をもって終結し、近代日本国家はもっぱら外戦を仕掛けて、ついに敗北した。

 

自分で仕掛けた国外戦争によって国家も住民も追い詰められた経験をもつ社会は、そのことから独自の認識力を身につけることになる。日本国憲法はそのような独自の認識の集成である。それは理念の言葉で書かれており、この理念を鏡として、戦後日本の住民は自分の認識力をつくっていった。日本は世界にさきがけて、戦力不保持の歴史的段階に入ろうとしたのである。

 

他方、自分からしかけた大戦争で完全に敗北したことのない社会、そうした歴史の認識がない個人にとっては、自国の戦力をみずから否定するという思想は、馬鹿げたこと、考えられないことと映りやすい。戦力不保持の歴史的意味を認識する素地がないからである。

 

世界戦争を前提とする国家であるアメリカは、戦力不保持の日本は利用価値が低いとみた。そのため、日本国憲法的な認識力のない勢力をバックアップした。

 

「認識力」は、歴史を理解するためのキーワードのひとつになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
小説も絵画も多重自己の世界

人間が生きているということ。それは「自己分裂」(三浦つとむ)つまり自分から自己が分離するということとほぼ同義である。

 

いったん<自分から自己が分離する>と、<自己から自己’ が分離する>ことも可能になる。さらに、<自己’ から自己’’ が分離する>ことも可能である。どれも観念上同じ運動すなわち「自己分裂」だからである。

 

小説家の自己は、自分の意識のなかに主人公自己’ を見出す。この自己’ が " I'II kill him." とつぶやいたとき、この”I”は、主人公自己’から分離した自己’’ である。

 

この自己’ は、人間でなくてもよい。絵画のなかのリンゴでもよい。リンゴが自己’ となり、テーブルや皿を自己’’ として、画面を構成する。

 

言語では、この自己’ が「主語」あるいは主題である。上記の文でいえば、" I'II kill him." は、自己’ たる”I” を中心に構成された概念である。もちろん、自己’ の背後には自己がいるが、小説の場合、この自己(主人公)は、小説家が生んだ自己’ なのであった。

 

何重もの自己分裂。すなわち、次々に自己を分離し作動させる能力。これが「私」であり、人間を人間たらしめているものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
「自己分裂」(三浦つとむ)とは、正確には何なのか

<人間は自己分裂して言語をつくっている>と三浦つとむが指摘したことは、人間というものの理解にとって画期的なことだった(三浦つとむ『日本語とはどういう言語か』講談社学術文庫)。

 

「自己分裂」は、欧米の言語学には登場しない。「自己分裂」という概念をもたないために、欧米系言語学は言語の形式に目を奪われ、あいかわらず低迷しているといえる。

 

私のトランス・グラマーは、三浦つとむの「自己分裂」の概念なしには作れなかったのだが、この概念はいまひとつ明確性に欠けるところもある。ここでは、トランス・グラマーの立場から「自己分裂」をあらためて規定しておく。

 

重要なポイントは、「自己分裂」は多重だということである。

 

言語のトランスの主体は、自己である。自己は人が体内に抱く意識(自分)を表現するために、人間が自分から分離させるものである。自己は、経済学でいう「労働力」にあたる。言語の主体たる自己(労働力)は、自分の意識を客体として認識(労働)し、この認識を概念にしたがって表現する。このように、自分から自己が分離することによって言語は可能になる。これが第一の自己分裂である。

 

さらに、自己は文中の概念のなかに主体を設ける。これは自己が生んだ自己であるから、これを<自己’>と呼ぶと、文の主語は<自己’>を内包し、文をみずから組織化していく。むろん、これは元の自己の監督下においてであり、<自己’>は語彙上明示されないことも多い。だが、文によって観念世界が現実から自立するには、自己から<自己’>が分離し、<自己’>の活動によって概念が組織されていく必要がある。<自己’>は、文の終了とともに自己に帰還する。この<自己’>の活動が、第二の自己分裂である。

 

第一の自己分裂は、人間が目覚めているあいだ、常時作動している(いわゆる「自覚」)。第二の自己分裂は、人間が言語で表現するときに起こるものである(いわゆる「自己表現」)。

 

言語以外でも、人間はどちらの自己分裂も活用している。自己は、目覚めた人間において常時自分から分離して作動している(第一の自己分裂)。あるとき自己は、自分が抱いた風景の感性的認識を認識対象とし、スマホをとりだして撮影=表現する。このとき、スマホの画面内の主たる対象は、自己から分裂した<自己’>とみなされる(第二の自己分裂)。自己’は、他の対象に自己’’を見出し、関係を結ぶ。写された画像は、<自己’>が<自己’’ >とのあいだで組織したもののようにみえる。じつは、撮影者たる自己の存在は写真の対象や構図じたいに保存されている。

 

三浦つとむによる「自己分裂」の説明がわかりにくいのは、このような自己分裂の多重性がきちんと叙述されていないからだと思われる。

 

私のトランス・グラマーでは、「自己分裂」という用語は使っていないが、人間は自分から分離した自己が自分を表現するのであり、自己が意識のなかに<自己’>を設定することで観念世界を自立させる。この根本原理は、三浦つとむの「自己分裂」の概念を発展させたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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