ごきげんようチャンネル





たとい法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう.



               嘆異抄














ゴシック建築と英語の構造  おわり
唐澤一友『英語のルーツ』(春風社、2011年)は、英語の前置詞と格変化の消失の関係について、次のように述べている。



「古英語の与格が位格、具格、奪格を吸収し、これらの格の機能をも兼ね備えるようになったように、格の統合が進むと、複数の機能を担う格ができる。…

一つの格の表し得る意味が多岐にわたるようになると、…どの意味で用いられたのかはっきりしなくなったり、判別がつかなくなることすらある。

このような曖昧さを回避するための一つの手段として発達したのが前置詞の使用である。…

格変化の体系が大きく崩れた英語においては、その反動として前置詞の用法が大いに発達している。」(127−128頁)




こうした変化の結果、近代英語は代表的な格関係のパターンを選定し、個々の語ではあまり格変化を表現しないですませるという方法を選んだ。これが英語の「文型」であり、それは古英語以来の「格変化の体系が大きく崩れた」ものである。

文型の成立によって生じる「曖昧さを回避」し、文型の外に出した実体との微細な関係の表現を担うものとして、前置詞が発達した。

教会堂の内部空間を広く高く確保し、祈りと祝祭の空間をより自由にするために、バットレス構造を建物本体の外に出したゴシック建築に似ている。



ちなみに、古英語が大きな変化をとげ、近代英語が成立していった中英語の時代(1150−1500年)は、まさしくゴシック建築の時代である。









(おわり)









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 09:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ゴシック建築と英語の構造  その1
言語と建築の関係について、面白いと思っていることがある。

ゴシック建築と英語の前置詞の関係である。



ゴシック建築の特徴として、教会堂の外に「控え壁 buttress」と呼ばれる小型の壁を何本も立て、それと教会堂の壁を「飛び梁(りょう) flying buttress」という細いアーチで結合する技術がある。

パリのノートルダム大聖堂が、まるで発射前のロケットのように何本かの尾翼をもっているように見えるのも、控え壁と飛び梁によって建物が補強されているからである(以下、これを<バットレス構造>と呼ぶことにする)。


私は、英語の前置詞がこの飛び梁であり、控え壁は前置詞に附属する名詞(いわゆる前置詞の目的語)であるとイメージすると面白いと思う。

ゴシック建築が、バットレス構造で外部から補強されることによって広く高い内部空間やステンドグラスの明るい壁を確保できたのと同様、英語は<前置詞+目的語>という構造を主構造(いわゆる文型)の外に出すことによって、文型の内部を単純かつスピード感のある空間にすることに成功した言語であると思う。


前置詞句が、いわばゴシック建築におけるバットレス構造のようなものであることは、英語の歴史にも根拠がある。








(つづく)








 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
近代の日本語研究は欧米人が先導した
朴孝庚「明治前期の文末表現について 西洋人の著作を中心に」(『立教大学大学院日本文学論叢』第9号、2009年8月)



これを読んで、日本語論の歴史について、ひとつ気づかされたことがある。

日本語にかんする語学的研究は外国人が先導した、という事実である。



第一の波は、1600年ごろ、キリシタン宣教師による日本語研究である。『日葡辞書』1603年、『日本大文典』1604年、『日本小文典』1620年。209頁


第二の波は、19世紀の半ばから後半、フランス、オランダ、イギリス、アメリカの人々による日本語研究である。欧州で日本語の文法論が出版されるほか、来日した欧米人によって日本語文典(会話例集)や文法論が出版されるようになる。210頁


主なものを挙げると、



1857年 クルチウス『日本文法試論』(ライデン刊)
1863年 オールコック Familiar dialogues in Japanese
     ブラウン Colloquial Japanese
1867年 ヘボン『和英語林集成』(上海刊)
1873年 サトウ Kuaiwa hen 
1888年 チェンバレン A Handbook of Colloquial Japanese




西洋人によるこうした著作を追うようにして、日本人による本格的な日本語研究が出版される。



1881年 井上哲次郎『哲学字彙』
1882年 大槻文彦『言海』初稿(初版1889年)
1886年 末松謙澄『日本文章論』
1897年 大槻文彦『広日本文典』
1901年 松下大三郎『日本俗語文典』



朴論文は、「日本人学者による本格的な研究の成果は明治30年代に入ってから続々発表された」「西洋人の日本語研究は、近代的な日本語研究が本格的に始まる過程で大きな影響を与えた」と述べている。210頁



むろん、江戸時代にも日本人による日本語研究はあったのだが、日本人による「近代的な日本語研究」は、外国人による日本語研究を参考にしながら始まったと言ってよさそうだ。

日本人は、自国語の研究を外国人に先導してもらったのである。

これは面白い現象だ。

この例からいうと、たとえば英語の研究を、英語を母語としない者が先導することもありうるのかもしれない。(じっさい、デンマーク人の英語学者、イエスペルセン1860-1943 の例もある)

方法が斬新で、権威・見本として受け入れる余地がある場合、外国人の研究が自国語研究において主導的な役割を果たすこともありうる。



このような、近代における日本語研究の経緯は、弊害ももたらしたであろう。外国人による日本語の会話用例集や語彙集を参考にして、日本人による日本語研究が近代化したことは、日本の言語研究が西洋言語学の欠陥までも輸入する素地をつくったはずである。




漢文訓読の伝統と、西洋人の著作による言語研究の先導。このふたつがもたらした影響は、その後も長く日本の言語研究と言語教育を規定したと思われる。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 国語・日本語・ニッポン語 | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
アインシュタインとお金  貨幣の本質について
アインシュタイン(1879−1955)は、エピソードの多い有名人の一人。

お金について、彼らしい話をふたつ。




◯ある時、ロックフェラー財団から1500ドルの小切手をもらったが、アインシュタインはそれを本の栞(しおり)に使い、けっきょくその本をなくしてしまった。(三浦一郎『世界史こぼれ話1』角川文庫、1973年、20頁)



◯ある時、アインシュタインは20ドル紙幣を眺めて、こう言った。「なんでこの紙が20ドルもするんだ?」 (出典忘却。①と同じ三浦一郎『世界史こぼれ話』シリーズの一冊だったと思うが、今探しても該当ページがみつからない)。






いずれの話も、小切手や紙幣というものが、ほんらいただの紙切れ(物体)であることを、アインシュタインが健忘症的に?見抜いていたことを示すエピソードである。



物体に社会的価値が付加されたものを「物象」という。商品や貨幣、小切手、紙幣などは「物象」である。


そして言語も、音波・描線という物体に社会的価値(個人的認識をもとにした社会的意義)が付加された「物象」である。


言語の本質が商品の分析と同様の手法(マルクスの価値形態論)で解明できるのは、両者がともに物象だからである。





アインシュタインの感覚は、小切手や紙幣から物象性(社会的価値)をはぎとってしまえば、どれもただの物体であることを見抜いていたのである。












 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 今さらながら経済スタディ | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルネサンスはいつからいつまでか 1500年をピークとする前後300年間
西欧のルネサンスは、いつからいつまでか。

おおまかにつかむためのメモ。



はじまりは、1300年ころとイメージしておいてよさそうだ。目印として、ダンテ『神曲』の執筆がこのころ。この作品で、古代ローマの詩人・ウェルギリウスがダンテの道案内人になるのは、古代復興を示唆する。中世ラテン語からの自立を象徴するトスカナ語での執筆でもある。ルネサンス絵画への道を開いたとされるジョットも、1300年前後に活動した画家。



最盛期は、1500年ごろというイメージでよいか。ダ・ビンチの「最後の晩餐」制作がこのころ。1517年ルターの95か条にはじまる宗教改革が重なり、ルネサンスは後期にはいってヨーロッパ全体をまきこみ、宗教改革というイデオロギー的・政治的な色彩も加わることになる。



終わりは、1600年ころとイメージしておくと役立ちそうだ。近代的宇宙観の先駆といわれるジョルダーノ・ブルーノが異端のかどでローマで火刑となった年。ガリレオ・ガリレイが異端審問をうけ、コペルニクスの地動説が禁止された1616年は、ルネサンスの終焉を象徴するというべきか。



ルネサンスは、古代復興を足場にした精神的・芸術的な運動であり、宗教改革はキリスト教の範囲内での思想の自由を追求した。

キリスト教の枠を破る可能性をもった科学的な世界観の確立は、1600年以降の課題であった。デカルトは1600年ころに生まれている。ニュートンはようやく1642年に生まれている。





1500年ころをピークとする、1300年から1600年までの300年間。

ルネサンスとは、そういうイメージでよいのだろう。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 06:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ヘレン・ケラー "WATER!" にみる言語の真実
ヘレン・ケラーの自伝から抜粋。

有名な"WATER! "の場面。

ヘレンは、ものに名前があることを知らなかった。

あるとき、サリバン先生は井戸水をヘレンの手のひらに流し、すぐにWATER と手のひらに書いてあげた。




「そのときです。体中に電流が走りました。私は今、手に触れている冷たいものが WATER というものであり、ものにはみな名前があることを知ったのでした。

人形にも、お菓子にも、イヌにも、すべてには、そのものにしかない名前がある。そう知ったとき、ひとつひとつのものがなんといとおしく感じたことでしょう。

この時から、私の周りの世界は息を吹き返し、躍動しはじめました。

私の手を通して感じる世界は、あたたかな光の世界へと変わったのです。私はこの手のひらに、すべての闇を照らす太陽をもつことができました。… 太陽は私の中にありました。」




ものにはすべて「名前」がある。「名前」によって、実際世界とは別に、観念の世界が自立する。そのとき、世界は躍動する。

最初にそれに気づいたのが WATERという「名前」すなわち「名詞」であったのは、偶然ではない。言語は実体(表現して「名詞」)を足場にして、実際世界から自立した世界をつくるからである。

健常者には見えにくい言語の原初的真実が、「太陽」として光を放ち、ヘレンに出現した瞬間である。



そして、ものには名前があると知ったとき、ひとつひとつのものが「いとおしく感じた」というヘレンの言葉が素晴らしい。

そこには、上記のような言語の一般的特徴を越えた、ヘレン自身の感覚が表現されている。











 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語 | 22:22 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
ウクライナ問題の盲点
ウクライナの状況が緊迫している。

報道をみていて、ハッとさせられたコメントがあった。

米露関係の研究者・コーエン教授(ニューヨーク大学)の指摘である。



http://www.pbs.org/newshour/bb/debating-moscows-military-moves-crimea/#transcript



◯ ロシアにとって、グルジアやウクライナのような地続きの周辺地域は、アメリカにとってのカナダやメキシコとは意味がちがう。

アメリカがカナダやメキシコに軍事介入したりしないのと同様、ロシアも当然、グルジアやウクライナに介入すべきでないというのが、アメリカの発想である。

しかし、ロシアはそうは考えていない。

むろん、ロシアが本来、グルジアやウクライナに介入する権利があるのかどうかは議論の対象になりうる。

だが現在、ロシアがそのような発想に立っていることは事実であって、そのことはふまえなければならない。



STEPHEN COHEN: Well, let me turn it back to you, because it — what I hear is in the American commentary is, Russia has no legitimate national interests abroad, not even on its borders, as though we don’t care what happens in Canada and Mexico.



この根本的な発想の違いを無視し、ロシアをただ非難し、その結果、いつか住民を戦争に巻き込むとすれば、外交のやり方として「根本的に間違っている I think they’re fundamentally wrong. 」





◯キエフの「政権」は、憲法ももたず、選挙も経ていない。これは正当な政権というより、今のところ過激派の集団にすぎないとみるべきである。彼らは極端な言葉でロシアを挑発し、東西の対立関係をあおり、西側の援助を引き出すことで権力を維持しようとしている。

 

STEPHEN COHEN: Well, I don’t think Kerry is going to Kiev for the reason he’s giving. He says he’s going to find out what this so-called government in Kiev wants.

It’s an extremist government with no constitutional or international legitimacy. It’s unelected. 
 


 


◯ウクライナには、ロシア人とウクライナ系の夫婦で、子どもをもうけている人が数千万人もいる。こうした人たちからみれば、<ロシアか、ウクライナか>は無意味な選択である。

このような住民の現実をふまえず、互いに自分の発想を相手に押しつけようとする大国の空論的外交の結果、じっさいに戦争になったとき、その禍根は将来の世代にまで及ぶだろう。
 



STEPHEN COHEN: Now imagine that on the borders of Russia. I mean, just imagine what that means, the possibility of provocation, the possibility of misunderstanding.
 

And let me mention one other thing. You want to talk about Russia’s ties to Ukraine? There is simply much more primary. Tens of millions of Russians and Ukrainians are married. They are married. They are conjugal. They have children together.
 

You want to divide — put a new Iron Curtain or whatever you call it right through that biological reality? This is madness. It’s gone too far.








(おわり)







 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 歴史とは何か | 09:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ピート・シーガー逝く
アメリカのフォークシンガー、ピート・シーガー氏が亡くなった(94歳)。


http://www.pbs.org/newshour/bb/remember/jan-june14/seeger_01-28.html


PBSの追悼コーナーを見ていて、ふたつ印象に残った言葉があった。

ひとつは、ピート自身が晩年にインタビューで語った言葉。




「歌をうたったから、それでどうなるというものでもないかもしれない。でも、歌で人生が変わったという人はいるよ。キング牧師の運動をみれば、歌がどれほど大事かわかる。ルイス[労働運動の有名な指導者]は、みんなが歌う運動になれば勝てると言った。


"No one can tell what a song can do. All you can do is quote people who said, well, that song changed my life or something like that. And leaders like Dr. King have testified how important music has been in the movement. John L. Lewis said a sing movement is a winning movement."




もうひとつは、ピートの弟分?的に親交があった、ピーター・ポール・アンド・マリーのピーターの言葉。


ピート・シーガーは、僕たちを先導してくれた。彼がいたから、何をすればいいかわかったんだ。彼は自分自身の美学、良心を生きた。彼が考えていたことは、われわれの基盤になった。われわれは、運動の力になってくれと言われれば、いつでも音楽をたずさえて参加した。それは今でも変わらない。」


"He gave our life direction. He was our inspiration. He lived his ethic. And his whole perspective, which was that music was there to bring people's hearts together, was really the basis for Peter, Paul, and Mary's doing what we did, and always using the music when we were called upon to be a part of the March on Washington in '63, the Selma, Montgomery, march, the anti-war movement, and even through today."



やはり、人生で大事なのは、いかに自分を信じるか、そしてそのとおり実行するかどうかなのだ。










 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 50代の気持ち | 06:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
NHK新会長の「慰安婦」暴言は無知からきている BBCも報道
NHK新会長が、就任早々、しかも最初の記者会見で、早くも「窮地にいる is in deep trouble」と、BBCが報道している。



http://www.bbc.co.uk/podcasts/series/globalnews



従軍慰安婦、NHKと政府の関係、領土問題などについての彼の発言内容が紹介され、彼はビジネスマンだが、報道関係の経験はなく、安倍政権が「NHKを従わせるため to bring the national broadcaster to heel」に送り込んだ人物と理解されているとも述べている。

ところが、この記者会見での暴言で、NHKを従わせるというより、「かえって不首尾 backfire」な事態になってしまったと、BBCは述べている。

この問題がどこまで波紋を広げるかは、日本の民主主義の行方をうらなうものになるだろう。



※なお、日本軍の慰安所では売春が強制されたこと、すなわち組織的強姦であったことが、他にはない大きな特徴である。そこが広く理解されていないために、「軍関係の慰安所は他国にもあった」というようなピントはずれの発言が一定の「共感」を得つづけている。








 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 靖国神社 | 10:58 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
白湯(さゆ)パワーに注目!
国際線のフライト・アテンダントに聞いた話だが、中国人は機内で暖かい白湯(さゆ)を注文するという。

彼らの知恵で、冷えを防止し、腸をととのえ、乾燥した機内での水分補給になる。

じつは、コーヒー・紅茶を飲んでも、身体にとっては白湯ほどの水分補給にならないのだそうだ。



そういう話を聞くと、さっそくやってみることにしている。



朝起きて、コップにたっぷりの白湯を飲んでみた。そのあと食事(スムージーなどとくに良いらしい)。よくかんで、胃を刺激する。

二時間後、いい感じでトイレに行きたくなった。


飲んでみて気がついたのだが、白湯は意外においしい。コーヒーや紅茶より、湯気をかぐとホッとできる感じがある。


経済的だし、なによりシンプル。


これはつづけてみよう。











 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 50代の気持ち | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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